作品選択に戻る

最強格闘王女伝説綾香

 

一章・始動(20)

 

「あたた、葵ちゃん、もっとゆっくりやってくれよ」

「すみません、センパイ。でも、ほんとに大丈夫ですか?」

 浩之は服の前をあけて葵に湿布をはってもらっている。それぐらい自分でできると言ったのだが、 葵が自分がやるとどうしても聞かなかったのだ。

「ひゅーひゅーあついね」

 横では由香が2人をはやし立てているが、葵はともかく、それぐらいで顔を赤らめるような 浩之ではない。だいたい、赤らめようにも、お腹の打たれた場所が痛くでできないのだが。

「で、そのプロレスラーが何でこんな高校の場末の同好会なんか来たんだ?」

「センパイ、場末はひどいですよ」

「あ、ごめん葵ちゃん。他意はないんだ」

 確かに場末の同好会ではあるが、そう直に言われると傷つくものではある。と言っても、 浩之もその場末の同好会の一員ではあるのだが。

「うーん、まあ葵ちゃんと偶然知り合ったからなんだけど、葵ちゃんが高校レベルじゃなさそう だったから、どんな部活動なのかなって興味持ったのよ」

 場末の同好会という部分にはまったくフォローも入れずに由香は答えた。

「しかし、まがりなりにもプロなんだろ? もし素人に怪我でもさせたら……って、俺かなり怪我 させられたような気がするが」

「男の子が細かいこと気にしちゃだめだめ!」

 そう一言だけで由香は浩之の抗議を却下した。葵にいたっては、格闘技の練習中に怪我をするのは あたりまえだと思っているのか、それについては抗議もしない。

「しかしなあ、プロって普通は……」

「ま、他の人はそういうのよく言ってるけどね。私全然関係ないし。それに、プロが技術指導してる んだからありがたく思わなきゃ〜」

「技術指導って、俺ただ殴られただけだぞ」

「あ、やっぱそう思う?」

 由香はカラカラと笑った。憎めないというか気が許せないというか、何というか捕らえどころの ないヤツだ、浩之はそう思った。

「でも、けっこうびっくり。葵ちゃんあんなに強そうだったのに、大きな部活とかじゃなくて、 自分でそこまで鍛えたなんて。浩之君は見た目よりは強いし」

「そんな、私はそこまで強くありませんよ」

 葵のことだから、おそらく本気で言っているのだろうが、ひいきめなしに葵は強い。

 どうもその『見た目』の基準が浩之にはわからなかった。葵を一目見ただけで格闘技をやっている、 しかもかなり強いと見破るのは至難の技のように浩之には思えるのだが。

「お前、一体何の基準で強い弱い見分けてるんだ?」

「え? 手だけど?」

 由香はそれがさも当然そうに言った。

 手……ねえ。

 浩之は自分のさしてごつくもない手を見た。それは葵や由香よりは大きいが、さして強そうにも 見えない。

「なあ、葵ちゃん、ちょっと手を見せて?」

「はい、どうぞセンパイ」

 湿布をはり終えて、話を聞きながら自分の手をしげしげと見ていた葵はそう言われて浩之に向かって 両手を出す。

 浩之は葵の手を取るとしげしげと観察した。

 手は……どちらかと言うと小さい。まあ、男の浩之と比べるのも悪いのだが、それにしたってかわいい 手だ。細いとは思わないが、あまりぽっちゃりしているという感じはない。肌はスベスベだが、指の 付け根はやはり格闘技をやっているからなのか少し他の部分よりも荒れている。

 うーん、しかし……

 本当は葵が強いというのが手でわかるのか確かめたかったために葵の手を見せてもらっているの だが、思いの他手をなでるという行為がきもちいいのだ。

 とくにこんなかわいい女の子のスベスベとした手なら。

 スリスリ

「あの……センパイ」

「ん、何?」

「もういいでしょうか?」

「あ、ごめんごめん」

 浩之は内心で舌打ちしながらも葵の手を放す。もちろん少し上気した葵の顔はゆっくりと観察 しておいた。

 で、結局浩之にはまったくわからなかった。

「俺には手じゃあ判別がつかん。葵ちゃんが強いのは知ってるが、手だけ見れば男の俺の方が 強く見えるのは当然だろ」

「ちっちっちっ、甘いなあ」

 由香はさも得意げに浩之の手をガシッと持った。

「まずこの何の努力もしていないようなふやけた手!」

「おい」

 浩之は由香のその行動と発言に抗議の声をあげたが、簡単に無視された。

「これで格闘技やってるとか言うんだからびっくり!」

「こら」

「そりゃ私にも一撃で倒されて恥かくって!」

「……」

 浩之はみけんをおさえた。冗談ではなく頭が痛くなってくる。

「で、でも、予想よりは強かったんですよね、由香さん」

 葵は浩之をかばうが、何よりさっき由香に浩之がなすすべもなくやられたばっかりなので、 やはり声は少し小さい。

「うーん、ま、確かに思ったよりはね〜」

 嫌味を乗せていない分、浩之にはしゃくにさわったのだが、さっ負けた身としてはもちろん どうすることもできないのだが。

「うん、実際、高校生にしてはすごいよね。私のパンチお腹にもろくらっても吐いてないし」

「そうですよね!」

 葵は浩之が少しほめられたのがそんなに嬉しかったのか、声のトーンが少し上がった。

「動きも、素人とは思えなかったよ。それでもしほんとに一ヶ月ちょっとしかやってないって 言うんなら、すごい才能だね」

 浩之の予想に反して、由香はさらりと浩之をほめた。

「そうか?」

 ほめられるとつい調子に乗ってしまう浩之は、すぐにてれたように頭をかきながらたちなおる。

「うん、すごいすごい、負けたけど吐かなかったし。負けたけど」

「ぐっ!」

 どうも由香は自分で遊んでいるようにしか浩之には見えなかったというか、遊ばれているのは かなり確かそうだった。

「うんうん、でも、これならかなり葵ちゃんは期待だな」

「そ、そうですか?」

「うん、楽しみ!」

 浩之は、由香のその嬉しそうな声を聞いて、嫌な予感がした。

「由香、あんたもしかして……葵ちゃんと試合するつもりなのか?」

「え? もちのろんだよ」

 由香は、他のことと同じに、サラッとそれを口にした。

 

続く

前のページに戻る

次のページに進む