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最強格闘王女伝説綾香

 

一章・始動(21)

 

「もちのろんって……」

 一体いつの生まれか聞きたかったが、取りあえずまずはそれよりも先に浩之は由香に問い ただした。

「お前、ほんとにプロレスラーなんだろ?」

「うん、そーだよ」

「だったら、そんなやつが高校一年生の、しかも女の子と戦ってもいいのか?」

 由香はキョトンとした顔で答えた。

「さっきは高校2年生とたたかったじゃない」

「それはそうだが……」

 浩之は、もちろん戦えば葵が負けるとは考えていない。しかし、この由香の非常識さに驚いて 文句を言わずにはおれなかったのだ。

 だが、由香にとってそれは非常識でも何でもなかったようだ。

「それに、葵ちゃんの方が君より強いだろうし」

「ぐっ……」

 さっき負けた手前、大きなことが浩之には言えない。

 むしろ、ここは葵ちゃんと戦わせて葵ちゃんの強さを分からせた方がいいんじゃないか?

 浩之は心の端でそう考えた。

 確かに浩之は相手にならなかったが、葵が勝てない相手ではないと浩之は思っていた。さっき 由香の実力はそれなりに見せてもらったが、それを言うなら、葵の強さはそれ以上に浩之の心に 印象づけられているのだ。

「……センパイ、私も、由香さんと試合がしてみたいです」

「葵ちゃん……」

 浩之は迷っていたが、その言葉で決断した。

「さっすが、葵ちゃん、話がわかる!」

 由香は無邪気に喜んでいる。今から戦う相手がかなりの強敵なのを、分かってやっているのだ ろうか?

 しかし、これは考えてみれば葵にとっても有益なことかもしれなかった。

 もともと、この格闘同好会は総合格闘大会エクストリームを葵が目指したことによって作られた 同好会だ。もちろんその最終目的はエクストリームにある。

 総合格闘と言うからには、色々な種類の格闘技をしている人を相手にしなくてはならない。 そこで不安になってくるのが、やはり練習相手の不足だ。

 綾香はよく一緒に練習をしているし、坂下も積極的に相手になってはいるが、やはり相手が 固定されることによる弊害は避けることができない。

 そういう意味で、由香は格好の練習相手だ。どうしても練習不足になる組み技系を使える相手、 それを由香に望んでも問題はなかろう。

 何より、強い相手との練習は、葵の強さをさらに高めることができるはずだ。

「……そうだな、葵ちゃん。いっちょこいつをもんでやりな!」

「そんな、由香さんをもむなんて私……」

 葵はいつも通り謙虚ではあったが、その瞳に気合いが入るのを浩之は確かに見て取った。

「へへーん、負けないんだから」

 由香はプウとほほをふくらませながら葵から距離を取った。

「えーと、5分間一本勝負でいいかな?」

「はい、かまいません」

「んじゃあ、ルールはさっきと同じ、TKOかギブアップでいいよね。そこの負け犬君、レフェリー ぐらいできるよね?」

 負け犬と呼ばれてほほがひきつった浩之だったが、とりあえず怒りを押さえて由香に訊ねた。

「ちょっと聞くんだが、さっきは時間もTKOとかギブアップとかもきめなかったような気が するんだが……」

「あ、そっか。でも必要なかったじゃん」

「……」

 確かに葵に止められたのでそんなことを決める必要もなかったし、5分どころか3分もったのか どうかさえ怪しいところだ。浩之は返す言葉がなかった。

「浩之君には全然必要ないけど、葵ちゃん相手なら必要かもしれないしね〜」

 浩之は、その言葉ではたと思いたった。

 由香は手がどうとか何とか言っているが、それの真偽は別にして、確かに葵の実力を見極めて いるのだ。浩之がそうでもないというのも含めて。

 葵の実力をその外見から見て取るのは何度も言うように困難だ。最近は空手の大会とかにも 出ていなかったらしいので、名が知れ渡っているわけでもない。

 純粋に、由香は葵の実力をみきわめている。

 その一種ふざけたような表情、態度だが、その目は確かと言うことだ。

 そして、対じした浩之なら分かる。その実力も本物であろうと言うことが。葵であろうとも、 決して油断して勝てる相手ではない。

 浩之が葵に注意をうながそうと葵に目をやった浩之は、葵の肩が気刻みに震えているのに 気がついた。

「ちょっと作戦タイムだ!」

 浩之は一方的にそう言って由香の視線から葵を隠した。

「いいけど、浩之君がアドバイスできることなんてあるのかな〜?」

 いちいちむかつくやつではあったが、今は由香に文句を言うことよりも葵を落ちつかせる方が 先決だったので無視した。

「葵ちゃん、もしかしてまた緊張してるのか?」

 由香には聞こえないように小声で浩之は葵に訊ねた。

「は、はい、少しは……」

 あちゃ〜と浩之は顔を押さえた。最近はそういうこともなく、葵のあがり癖を忘れていたのだ。 いくら葵に実力があっても、これでは実力の半分も出せないだろう。

「で、でも、やれます」

「やれますっても、緊張してんじゃないのか?」

「はい、もちろん緊張はしてるんですが……由香さんは強そうだし、プロの方ってことは経験も 沢山つんでるだろうし……」

 しかし、そこで浩之は今までの葵の、あの緊張してちじこまってしまっていた葵とは違うことに 気がついた。

 確かに、肩は小刻みに震えてはいるが、その目つきには闘志がみなぎっていた。萎縮して、 動きの鈍くなったあのときとは明らかに違う。

「でも、それだからこそ、戦ってみたいんです。もちろん、勝てるとは思いませんけど、でも、 いい経験にはなると思うんです。それに……」

 葵の目は、死ぬどころか、生き生きとしていた。強い者と戦いたいという、単純で、意味が あるとも思えない動機が、今葵を動かしているのだ。

 ……これは、まじで由香も勝てる見こみがないな……

 普通でさえ強い葵だ、今の気合いが乗っている状態で戦ったなら、綾香や坂下でも勝てるか どうか……

 もちろん、浩之はまったく相手にならないのは確かなのだが。

「じゃあ、いけるんだな、葵ちゃん」

「はいっ!」

「よし、じゃあ俺の仇も取ってくれよ!」

「はいっ!」

 浩之も心得たもので、こういうときは葵の背中を力いっぱい押してやればいいことを分かって いるのだ。それだけで、葵は走りだすのだから。

「よし、待たせたな、由香」

「あらら、もういいんだ」

 由香は拍子抜けたように言った。まさか長い時間をかけて作戦をねってくると思っていたわけでも なかろうに。

「んじゃ、葵ちゃんは準備運動はいいのかな?」

「あ、はい。ちょっとだけやらせてください」

 葵は軽く柔軟をする。

「葵ちゃん……相変わらず体かたいな」

 このかたい体からあのしなやかな打点の高いハイキックが繰り出されるとは、あまり想像がつかない。 しかし、それは由香も同じことを考えるのではないだろうか?

 葵ちゃんが由香に自分の得意技などを説明しているかどうかは別として……見た目かなりかたい 葵ちゃんの体から、あのハイキックが出るとは由香も思うまい。

 ……と言うことは、体がかたいのを見せるのは有利じゃないのか?

 由香はおそらく関節をねらってくるだろう。しかし、どんなに早いタックルでも……失礼、修治 が使うほどのタックルは別にして、かなり早いタックルであろうとも、葵ちゃんなら迎撃できるはずだ。 もちろん、パンチかもしれないが、おそらくは狙いすましたそのキックがカウンターで入るはずだ。 タックルのカウンターの取り方は綾香が何度も葵ちゃんに教えていた。

 ……一撃できまるかもしれない。

 由香が葵の実力を分かるほどの手合いなら、葵が体がかたいのを見逃すはずがない。そして、 おそらくは蹴りよりもパンチの方を警戒するはずだ。

 そうなれば、葵ちゃんのあのキックがきまる。いくらプロレスラーで打たれ強いと言っても、 まさか葵の打撃を直に受けてまで耐えれるほど人間離れはしていないだろう。

 葵は一通りの柔軟をこなすと、2,3発軽くジャブを打つ。体の調子を見ているようだ。

「お待たせしました、由香さん」

「よーし、んじゃあ、いっちょやりますか。浩之君ジャッジお願いね〜」

「はいはい……じゃあ、いいか?」

「OK!」

「はい、いいです」

「それじゃあ……レディー」

 2人はそれぞれに構える。

「ファイット!」

 

続く

 

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