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最強格闘王女伝説綾香

 

一章・始動(22)

 

「ファイット!」

 浩之の合図があっても、2人はすぐには動かなかった。

 まずは様子見って所か……

 浩之は、2人をじっと観察する。

 葵は、いつもとおりの左半身のかまえ。手は軽くにぎり、腰をあまり下には落さない。なるべく 素早く、しかも軽く動けるように考えているのであろう。

 それに対して由香は、浩之と戦ったときと同じ、ボクシングスタイルの軽いフットワークを 使っている。

 得意技は打撃系なのか?

 そういえば、必要はなかっただけかもしれないが、俺と戦ったときは打撃しか使わなかった。 それどころか、組むそぶりさえ見せなかった。

 構えも、それはあきらかに打撃系のかまえだ。組み技なら、構えた前の方の手がもっと前に なっているはずだ。

 ……それではあまり意味がないのだが……

 浩之はあくまで由香が組み技を使ってきて、葵の練習になるだろうと思っていたのだが、 これでは意味がない。

 打撃系なら、威力は確かにあったが、綾香の方が断然に早いし、そもそもあのスピードでは カウンターでさえ葵に当たるとは浩之には思えなかった。

 そう、結局浩之が由香に当てられたのは、攻撃をして隙ができた瞬間しかない。葵はもとから 打撃系なので、その隙ができることを熟知し、そんな技はまずしかけないはずだ。

 打たれてもいいから打ち返す、などというものは葵には通用しない。そんな中途半端な攻撃を 葵がするわけがないのだ。葵は決めるときは、必ず全力の一撃を打ってくる。それに耐えるだけなら まだしも、反撃するなどできるわけがない。

 ジリッと葵が少しだけ距離をせばめる。

 浩之の目から見れば警戒しすぎなような気もしたが、葵には由香に油断する気はかけらもないのだ。 浩之がどう思っているかは別として、浩之は強い。その浩之が簡単に手玉に取られる相手に、油断 などできなかった。

「あっれ〜、来ないのかな〜?」

 由香は試合中にもかかわらずその表情をまったく変えずにニコニコしている。

 余裕、ということも考えられないでもない。葵をまったく強敵と見ていないのかもしれない。

 どちらにしろ、葵には油断する理由などなかったし、由香が余裕の相手と感じていたとしても それに何か言う気はなかった。

 ただ、この強敵と戦いたかった。そして、できることなら勝ちたかった。

 まずは、相手の力量を見ないと……

 葵は、由香の攻撃を誘発するように大きくインステップする。もちろん攻撃する気はない、 どうやっても攻撃すれば隙ができる。これは単なるフェイントだ。

 葵は相手の攻撃を誘発する気で距離を縮めたのだが、由香はそのフェイントに引っかからなかった。 それどころか、動きもしなかった。

 攻撃の届く範囲で、数瞬の空白時間ができる。どちらも攻撃しないのだ。

 葵はあわてて距離を取る。もちろん、それを追ってくれば反撃するつもりだった。

 しかし、ここでも由香は動かなかった。まるで葵の存在を忘れたかのような反応のなさだった。

 フェイントは完全に見破られてる……

 自分に攻撃をする意志がないことが、由香には分かっていたのだ。その読みは、綾香にさえ 匹敵する。

 ……私は、すごい相手と戦おうとしているのかも……

 葵は、背筋にゾクッと悪寒が走るのを感じた。もし、綾香にさえ匹敵する実力を持っていたなら、 葵は自分が対抗できるとは思っていなかった。

「うーん、攻撃してこないんだ。じゃあ、こっちから行くね」

 由香は軽くそう言い放つと、ザッと葵との距離を縮めた。

 まずは軽い左ジャブ、葵はそれを次に右ジャブが来ると読んで自分から見て右側に避ける。

 ここっ!

 由香の横にまわある体制になった葵は、ワンツーで由香の頭を狙う。

 バシバシッ!

 確かな手応えはあったが、それはとっさに由香は引いた左腕でガードしたようだ。

 ……硬い。

 ガードの上から由香を打った葵は、そう考えた。

 すぐに反撃しようとする由香から、葵は素早く距離を取る。

 ガードが硬い。葵はそう感じた。手応えは確かにあるが、それがダメージとなっている風が 由香から見うけられない。

 普通、ガードというのはその攻撃の衝撃を逃がすために攻撃を受けた反対方向に力を逃がす。 これがダメージを残さないガードの方法だ。

 つまりは攻撃された方向とは逆に体を逃がすのだが、これはダメージは消せるが、反撃のチャンス は体を逃がした分やはり少なくなる。

 普通、攻撃を完全に避けるだけというのは不可能なので、当然このガード、「受け」と呼ばれる ものは打撃格闘では多用される。

 しかし、由香は受けなどしていない。完全に、相手の攻撃をガードしている。それはつまり、 ダメージを残しやすいかわりに、反撃をきめやすいと言うことだ。

 さっきは葵はただ逃げる前に一応手を出そうとした程度で、たいした威力もこめておらず、 単なるフェイントだったのだが、もうそんな中途半端な攻撃はできそうになかった。

 次にそんな気のない攻撃をしたなら、おそらく確実に由香さんは反撃してくる。

 葵はそれが手に取るように分かった。あのガードはそれの現れなのだ。

 ダメージを受けても、相手を倒しきる。

 それは格闘技の目指していることとは正反対に見えるが、だから余計に相手にしたなら恐い。

 自爆覚悟? 違う。

 葵は、ゆっくりと由香の間合いを同じに保ったまま横に動く。

 下手をすれば、皮一枚犠牲にしただけで、こちらの命が絶たれる。

 葵は自分で警戒のしすぎなのは分かっていたが、その思いから由香との距離をつめれないでいた。

「葵ちゃん待ちに入るんだ? だったら、私から行くよ」

 由香はやはり今戦っているのが嘘のように親しげに話しかけてくる。誘われているのだろうが、 葵にももちろんそんな誘いにのるつもりはない。

 でも……

 葵は自分に言い聞かせる。

 でも、攻めないと勝てない。実力が由香さんの方が上なら上なだけ、離れていたら勝てない。

 近づけ、近づけ、私。

 葵には分かっているのだ。守りだけでは勝てない、攻めて、相手を倒さないと勝ちはない。

 何度も、その師匠についても、どんな高名な格闘家も、そして、綾香も、いつもそう言うのだ。

 攻めろ、私!

 葵は、由香に向かって飛びこんだ。

 

続く

 

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