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最強格闘王女伝説綾香

 

一章・始動(23)

 

 攻めるんだ、私!

 葵は、何かに急き立てられるように由香に向かって飛びこんだ。作戦とかそんなものではなく、 ただそれをしなければいけないという衝動で。

 守ってたら、勝てない!

 葵を動かすのは、その言葉だ。例えどんな実力があっても、攻めないと勝てない。

 いや、どんな実力差があっても、攻めれば勝てる!

 浩之が驚くほどの速さで葵は由香に向かって飛びこんだ。由香は、不敵と言うよりふぬけた 笑顔で構えたままそれに応じる。

 葵の考えは衝動だったが、動きは衝動ではなかった。何度も練習した、素早く、そして重い パンチを繰り出す。

 バシッ!

 葵の目のさめるような右ストレートを、由香は当然のようにガードする。が、その攻撃を受けて 目を見開いた。

 そのとき、葵ははっきりと見た。由香の目が、まるで得物を狙うように葵を観察していたことを。 その殺気など感じられない目から、異様なほどの重圧を感じたのだ。

 ゾッと葵の背筋に悪寒が走る。

 相手に反撃の隙をあたえないぐらい、素早く強い打撃!

 葵はその寒気に押されるようにパンチを連打した。

 バシバシバシバシッ!

 葵は、コンビネ―ションを駆使して由香を攻めたてるが、由香はそれをどうにかという感じだが 全て腕や肩でガードする。

 バシイッ!

 由香がガードし損ねた葵の左ジャブが、由香の顔面を直撃した。

 入った!

 十分すぎる手応えを感じ、葵は状況がこちらに向いたと思った。ここから、一気に攻めれば、 勝てるとさえ思った。

 そう思った瞬間、由香の肩が動いた。

 来るっ!

 ブウンッ!

 由香の横殴りにふった腕を、葵は何とかしゃがんでかわす。

 ドカッ!

 さらに、由香の前蹴りを、葵はとっさに両腕でガードする。

 葵は、そのまま由香の蹴りの力にまかせて体を後ろに逃がした。そしてそのまま由香との距離を 取る。

「いった〜い」

 由香はのん気そうにパンチのあたったほほをさすっているが、ダメージがあるようには見えない。

 葵は、大きく息をはいた。

 手応えはあった、十分すぎるほどあった。むしろ、ジャブにしては不自然なぐらいにあった。 まるで硬めの重いサンドバックを殴ったような感覚だった。

 しかも、その左ジャブが入ったと思った瞬間に反撃をされた。

 少しモーションが大きかったので回避が間にあったが、もし打撃がもう少し速かったら、 避け切れなかったかもしれない。

 反対に言えば、そこまで由香の打撃は速くない。綾香や坂下を相手にしてきた葵にして見れば、 止まって見えるというのは誇張だが、見えないことはなかった。

 ……でも、攻撃は何とか避けれるとして、由香さんにダメージを当てることができるの?

 あの手応えで、ほとんどダメージを受けた様子のない由香を見ていると、そんな不安に襲われ そうになる。

 それもそうだ。ダメージを受けた様子のない由香に比べ、葵の方は由香の前蹴りを完全に ガードした上、体を後ろに流しても完全にはダメージを殺せなかったのだから。

 持ってきたと思った流れを、簡単に返された気分だった。一撃が入って自分が油断したことは 認めるが、それにしたってあの反撃の早さは異常だった。

「やっぱ葵ちゃんはそこの浩之君とは違うなあ」

 由香がまるで浩之を挑発するようなことを言っているが、浩之はほほがピクピクと動いている だけで何も言い返さなかった。

 というか、浩之から見れば由香は浩之を挑発しているように見せかけて葵の平常心を乱そうと しているようにしか見えないのだが。

「これじゃあダメージ受けてもいいから反撃するってのは使えないかな。私痛いの嫌だし〜」

 由香はそう言ってカラカラと笑う。本気なのか冗談なのか、いまいち判別がつかない。

 葵は、由香の考えが読めずにいた。確かに由香が反撃を狙っているのは葵には分かっていたが、 それを狙っていることを口にして、警戒を強める必要は由香にはないはずなのだ。

 それともそれ自体が陽動で、やはり反撃を狙うつもりなのだろうか?

 葵はまるで自分が由香の張り巡らした心理戦の網にひっかかっているような気がした。それで なくても、自分が頭がいいとは思ってはいないのに、心理戦などやってしまったら勝てるわけがない。

 だめ、考えても分からない。私は、考えて戦うタイプじゃないはずだ。

 葵は、同道めぐりになるのを回避するために、もう一度由香に向かって踏みこもうとした。

 しかし、攻撃する方法がなかった。今さっきジャブを簡単に受けられてしまったばかりなのだ。 由香にダメージを与える方法が、思いつかない。

 威力を上げようとすれば、当然隙が大きくなる。そしたら今度は反撃を避けることができない かもしれない。

 威力が高くて、隙の少ない打撃。そんな都合のよいものはない。

 崩拳に関して言えば、その条件を満たしているかもしれないが、残念ながら、葵にはそれを 完璧に出せる自信がなかった。何度も何度も練習はしているが、崩拳を試合中に出せたのは坂下と ここで試合をした、あの一回だけなのだ。

 もし、うまく打てなかったら、その後は隙だらけだ。葵には、そのリスクを背負ってまで 崩拳を打つ自信がない。

 しかし、崩拳を除くと、葵に残った威力の高い技というのは、ハイキックしかない。

 隙は確かにあるが、ハイキックの威力はパンチの比ではない。ガード上から直撃したとしても、 いくら由香がタフだとしても反撃などはできない威力のはずだ。

 そして、そうやってスタミナを減らしてから、スピ―ドで押し切る。

 葵はどうしても由香から主導権を取りたかったのだ。そうしないと、彼女には勝てない気が していた。

 幸い、まだハイキックは見せていない。由香さんも、まだ私のハイキックの間合いはつかんで いないはずだ。

 ジリッと葵が由香との距離をせばめる。

 このままゆっくり距離をせばめて、間合いに入ったら一気にハイキックで押すつもりだった。

 しかし、由香はその作戦をも裏切る。

「待ってるばかりもなんだしね〜」

 由香はいきなりそう言うとバッと葵との距離を縮める。おそらく、葵の隙をつこうとしたのだろう が、言ってしまっては何も意味がないと思われた。

 しかし、スピードは速くない。これなら、カウンターに取れる。

 葵はそう一瞬で判断し、由香が間合いに入ってくるのを待つ。

 飛びこんでくる由香がハイキックの射程内に入る寸前、葵はハイキックを放った。

 

続く

 

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