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最強格闘王女伝説綾香

 

一章・始動(27)

 

 怪物、その形容詞はよく使われるが、それが本当にあてはまるのはその中に何人いるだろう?

 浩之に分かっているのは、あのときの綾香が、確かに怪物と呼ばれるレベルだったということ だけだ。

「俺は今まで綾香は強い強いと感じてきたが、あれほどだとは少しも思っていなかったんだよ。 あんなのは、人間のレベルじゃない」

「一体、何があったんですか?」

「人の体に負荷をかけ続けると、ある一瞬から体が同じ運動をしても苦痛を訴えなくなることは 葵ちゃんは知ってるかい?」

「あ、はい。ランナーズハイとか、セカンドウインドとか言われるやつですね」

 とりあえず葵がその知識をどこで手に入れたかは別にして、あまり間違っていなかったようなので、 浩之は話を続けた。

「『三眼』ってのは、そのことらしい」

「ということは綾香さんがいつもよりも強くなるんですか?」

 葵にとっては想像もできない世界だった。葵から見れば、少しはひいき目な部分もあるものの 綾香とは違う世界に住む仙人みたいなものだ。どうあがいても、今は追いつける相手ではない。それが、 その葵の記憶の中の綾香より強くなるなんて、もう葵の想像力を超えていた。

「いや、正確には違う。綾香は……異常なぐらい強かったんだよ。多分、葵ちゃんが想像する以上に、 綾香は強かった」

 そう言われても、もちろん葵には想像がつかなかった。浩之がそこまで言う綾香の強さ、そんな ものを想像しろと言う方が無理なのだ。

「あの、センパイ。言える範囲でいいですからどれぐらいだったのか教えてくれませんか?」

「そうだな……」

 と言って浩之は葵から手を放すと3,4メートルほど離れた。

「葵ちゃん、ここは葵ちゃんの攻撃の射程範囲内かい?」

「はい、えーと、踏みこめばそんなに問題ある距離じゃないと思いますが、そうでないとそこは 完全に射程範囲外です」

 浩之もそう思う。というかこんな距離で打撃をとどかすことなど無理にきまっていた。

「……綾香は、この距離から攻撃していた」

「……はい?」

 葵は少し間の抜けた声をあげた。

「この距離って……この間合いからですか?」

「ああ、踏みこみも、時間差もなくな」

「それは……ちょっと想像できませんね」

 葵は真面目な顔でウンウンとうなりながら考えているようだが、答えは出てきそうになかった。 答えが出てくる方がどうかしているのだが。

「私の出した問題よりも難しいです」

「そりゃそうだろうなあ……何せ単純にこの距離を一瞬でつめただけだからな」

「あ、そうなんですか?」

 あまりの単純な答えに、葵は拍子抜けしたが、浩之は微妙な表情を崩さなかった。

「……ああ、まあ単純に言えばそうだな。この距離よりもっと広かったかもしれない。とにかく、 綾香はその距離をまったくタイムラグなしに飛び後ろ回し蹴りをしながらつめて、180センチは ある巨体の、しかも綾香と同等か、それ以上のレベルのやつを、まるで車にでもはねられたのかって ぐらい吹き飛ばしたんだけどな」

「……」

 浩之の言葉を聞いて、想像力のそんなに旺盛ではない葵は頭をひねらせて考えたが、どんな光景 だったのかが全然想像できずにいた。

「あの、その修治って人は綾香さんと同等のレベルなんですよね」

「ああ、俺は一瞬でやられたよ。それに一度は綾香を追い詰めたほどの実力だ。いや、あれは綾香に 勝っていたのかもしれないな。体も180センチはある巨体だ」

「その人が、車にひかれたようにふきとぶんですか?」

「……わかりやすいのかどうかはわからんが、例をあげると、距離を無視してまったくの隙なしに 葵ちゃんがいつでも崩拳を使える、そう考えてくれても全然おおおげさじゃない」

 浩之の例は、葵をよけいに混乱させたようだ。

「あの、私が言うのも何ですが、まがりなりにも好恵さんを一撃で倒した技ですよ、崩拳は。あれが いつでも使えるなんて……そんな無茶苦茶な」

 そう、それは無茶苦茶なことだったのだ。それを見ていた浩之にはそれが痛いほどわかっていた。 常識で考えていたら、納得などできない。

「しかも、葵ちゃんが崩拳をある一定の形でしか出せないのに対して、あのときの綾香はどんな 体勢からも、どんな攻撃にもそれだけの力をこめれる状態だった」

「……綾香さんは、今まで話私達の前でも実力を隠してたんですか?」

 葵の感じる疑問は当然のことであったろう。だが、浩之はそうでないことを知っていた。

「いや、そうじゃないだろう。綾香自身、自分があんなに強いわけががないと言ってたしな。つまり、 それが『三眼』ってわけだ。自分では力は引き出せないかもしれないが、その状態になればほぼ確実に 異常な強さを発揮する」

「でも……だったら、何をしても私は綾香さんに追いつけないんでしょうか?」

 葵は自分のことをどちらかと言うと卑下するタイプではあるが、自分の中でも少しずつではあるが 綾香に近づいている気でいたのだろう。しかし、浩之から聞いた綾香の強さは、そんな次元の話では なかった。例え血のにじむような努力を続けたとしても、追いつくことなど不可能な場所に綾香が いると宣告されたようなものだったのだ。

「いや、そうでもないと思うぞ。『三眼』には弊害もあったしな」

「そうなんですか?」

「ああ、体がその異常な負荷に耐え切れずに、後から体全体を筋肉痛が襲うらしい。綾香も、すぐに 動けなくなったぜ。まあ、セバスチャンの言うことにはそれは体の回復が異常に早いっていう格闘家と しての大きな財産とか言ってぜ」

「筋肉痛、ですか?」

「ああ、葵ちゃんはよく筋肉痛になったりするんだっけ?」

「はい、筋肉痛になるってことは、体に負担をかけて痛んだ筋肉を、体が治そうとする過程で起こる もので、筋肉痛が治ったとき、一時的に筋肉は前よりも強い力を得ます」

 ということは、綾香は前よりは確実に身体能力が上がるのかと浩之は考えたが、口には 出さなかった。これ以上葵の気持ちをそぐこともなかろう。

「一時的に、というのは放っておけば筋力はまた元の状態に戻ります。それを訓練で鍛え、また 筋肉痛にして、また回復をまって……そうやって体を鍛えていくんです」

「てことは、いつも葵ちゃんは筋肉痛なのかい?」

「いえ、回復する時間は必要なので、無理な訓練は日を置いてやっています。それにあまり無茶な 訓練をしているとセンパイにも止められちゃいますしね」

「はは、そうだな」

 最後の言葉は、葵なりの冗談のようだったので、浩之は笑って返した。

「まあ、てわけで今日は綾香は家でうんうんうなりがら筋肉痛と戦っていると思うぜ」

「そうなんですか……だったら、後から綾香さんを御見舞いに行きませんか?」

「……やめとこう、葵ちゃんに筋肉痛で痛がってる姿を見せるなんてあのプライドの高い綾香が 許すとも思えないからな」

「……そうかもしれませんね」

 浩之の皮肉に、性格上少し気付くのが送れて、葵はタイムラグを置いてから笑った。

 結局、その日は綾香は来ず、葵と浩之は2人で訓練を続けた。

 

続く

 

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