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最強格闘王女伝説綾香

 

一章・始動(29)

 

「何よ、その正直よく分からないって」

「しかたねーだろうが、本当によく分からないんだよ」

「葵を押してたんじゃないの、そのプロレスラー」

「いや、押されたようなそうでないような……」

 浩之は、説明するのに少し途惑った。確かに、由香は葵を押していた。それは確かなのだが、 結局由香の攻撃は一撃も葵に当たらなかったのだ。

「とりあえず1から説明してよ」

「あ、ああ。えーと、試合がはじまって最初は葵ちゃんのフェイントから始まったと思う。ただ、 由香の方は全然反応しなかったから、ほんとにフェイントだったのかどうかもいまいちわからん」

「それぐらい分かりなさいよ」

「仕方ねーだろ、葵ちゃんも由香も俺とはどーやったってレベル違うんだからな」

 綾香の文句に、浩之はなさけないことを言い返す。

 しかし、浩之は葵にも由香にも勝てないことをあまり恥ずかしいとは思っていなかった。確かに やられたそのときは悔しかったが、考えてみれば葵も由香もきっと血のにじむような努力を続けて きたはずだ。それに勝てないのは、自分の訓練の時間が二人よりも短いからなのだから、恥ずかしがる ことはない。

 このさい、女の子と男という差は、ごく小さいものと浩之の中ではなっていた。ここにも、浩之 など、いや、男など全然話にならない強さを持った女の子はいるのだから。

 その男より確実に強いだろう綾香は、その浩之の情けない言葉にため息をついた。

「私や葵や好恵にやられてるうちにとうとうプライドまで捨てたんだ」

「えーい、お前ら相手にどうプライドを保てって言うんだ!」

 綾香は自分の強さをたなにあげて、ひどい言いようである。

「私達相手にしてるから気付かないだろうけど、けっこう浩之も強いんだけどなあ」

「おだてても何も出ないぜ」

「まじよ、今の浩之なら空手の県大会出てもけっこういいところまで行けるはずよ」

「それを聞くと……空手の県大会ってそんなにすごいことじゃないように聞こえるな」

「それは私達が強いからだって」

 綾香は平然と「強い」という言葉を口にする。それが、もしかしたら浩之と綾香の違いなのかも しれない。しかも、綾香のそれは、本当のことなのだ。

「じゃあ、試合の続きお願い」

「ああ、で、次は由香のパンチを葵ちゃんが避けて、反撃の葵ちゃんのパンチはガードされてたな。 どっちも相手の動きは見れてたようだぜ」

「ふーん、でも、葵にもちゃんと相手の攻撃は見えてたんでしょ?」

「ああ、由香は打撃のスピードに関してはそんなに速くなかったからな」

「浩之がそう言うんなら、葵にかすらせることも難しいと思うけど、それで?」

「しばらくどっちとも動きがなかったんだが、素早く葵ちゃんが飛び込んでラッシュをかけたな」

「ラッシュって、まだ相手にダメージを当ててもないのに?」

「ああ、俺もちょっと早急すぎないかとは思ったが、フェイントも効いてなかったようだしさなあ、 葵ちゃんにもそれ以外攻撃する方法がなかったんじゃないのか?」

「……それで?」

「葵ちゃんの左ジャブが一発由香の顔面に入った。だけど、その瞬間から由香は反撃に移って たな。ラリアートと前蹴り、どっちも葵ちゃんは避けたりガードしたりしてダメージは受けてなかった ようだけどな」

「クリーンヒット?」

「ああ、ちゃんと入ってたと思うぜ。別に手打ちのパンチでもなかったし、俺が受けたらちょっと 動きが鈍りそうなもんだが、由香は全然ダメージを受けた様子はなかったな」

「……ねえ、もしかして試合ってずっとそんな感じ?」

「とりあえずほとんど動かなかったのと、後はバリエージョンがあるが、ずっと打撃戦だったし、 その後は葵ちゃんも由香も一撃も受けてないぜ」

「で、それでどうして葵が押されてるのよ。どう聞いても引き分けか、または葵が押してるように 聞こえるけど」

 打撃しかしていないのなら、打撃の速さははっきり勝敗につながる。とくに、浩之が見れると 言うのだ、よほどのことがないかぎり葵には当たるとは思えない。実際、葵は序盤からラッシュを かけるなど戦術的におかしな部分もあるが一撃を当てている。

 しかし、浩之は首をひねった。

「そう言われると自信をなくすんだが……やっぱり、葵ちゃんが押されてたと思う」

「何で?」

「何でって言うか……由香は強いよ。俺も試合してみてそれは分かった。だが、強いと言っても、 何か綾香とかとは違う部類の強さを感じたな」

「私と違う部類ねえ」

「まず、全然外見上は強くは見えなかったな。試合になればあの葵ちゃんだってどこか強そうな 雰囲気をもつが、由香にはそういうのがなかった」

 というかどちらかと言うと気楽そうに見えたのだが、これは浩之の主観が混ざっていそうなので 言うのはやめておいた。

「打撃も、確かにカウンターでくらっちまった俺には効いたが、スピードがそこまでじゃないから 葵ちゃんには当たらないと思う」

「ふんふん」

「唯一打たれ強さはかなりのものだと思うが、葵ちゃんのハイキックとかを受けても平気だとは 思えない」

「……何よ、やっぱり葵に勝てる要素少ないじゃない」

「ああ……だけど、何か知らないけど、恐い相手だったな。対戦した葵ちゃんも同じ意見 じゃないのか?」

 浩之の言葉は綾香にはどうもふに落ちなかった。

「一体どこが強いのよ、その由香っていうプロレスラー」

「それがよくわかんねーからお前に聞いてるんじゃねーか」

 浩之にはその正体がつかめないのだ。葵もそう言っていた。まったく戦術もつかめないと。

「葵はどう言ってたの?」

「俺と同じだ。戦術もつかめなかったし、どこがどう強いかというのも分からなかった。ただし、 強いってのだけは葵ちゃんも感じたみたいだぜ」

「葵が間違うとも思えないから……変な相手にあたったのね」

「ああ、まったくな」

 そこで、浩之はちょっとあることに思い立った。

「……なあ、エクストリームってそんなやつがうじゃうじゃ出てくるのか?」

「男子の方は知らないけど、まあ、中でも数人は私でも強いと感じる相手は出てくるわよ。まあ、 私なら勝てるけど」

 綾香は確信を持って言うが、考えてみれば戦うのは綾香もそうであるが、浩之も同じなのだ。

「嫌だぜ、俺は。あんなやつらばっかしと戦うなんて」

「観念しなさいって。格闘家としては強い相手と戦うのは本望でしょ?」

「もう毎日その欲求は満たされてるよ。葵ちゃんや綾香にも勝る格闘家なんて男子にだって そうそういないからな」

「よく分かってるじゃない」

 綾香と浩之は笑いあった。

 結局、しばらく2人は無駄な会話を続け、浩之は帰途についた。

 言うまでもないが、浩之は綾香に手は出さなかった。ちょっとひかれるものはあるが、ここで 命を投げ出す必要性を感じなかったのだ。

 

続く

 

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