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最強格闘王女伝説綾香

 

一章・始動(30)

 

「合同練習ですか?」

 職員室で、坂下は空手部の顧問の先生の言葉を確認した。

「ああ、あんまり空手じゃあ合同練習なんてしないだろう?」

「はい、まあそうですが。しかし、どこの学校と?」

 ここらの近くで女子の部員が多い空手部があるとは聞いたことがない。この学校は坂下が いるせいかもしれないが、女子の空手部員もけっこういる。

「もしかして、男子の空手部ですか?」

「女子の部員はいるかもしれんが、むこうはほとんど男のはずだぞ」

「……先生、それは問題なのでは?」

 坂下はともかく、男子の空手部員に勝てる女子はほとんどいない。はっきり言って、坂下が 特別なだけで、他はやはり女子は女子なのだ。

「先生、私はともかく、他の女子部員はほとんどが男子にはついていけません。男子部員が多い 空手部との合同訓練は無理があると思います」

「いや、そうでもないぞ。むこうは今年できたばかりの弱小部だ。そこの顧問と知り合いなんで 頼まれたが、お前どころか田辺だって勝てそうだぞ」

 田辺というのは、高校に入ってから空手を始めた一年生だ。それまで陸上をしていたらしく、 体はそこそこできているが、どちらかと言うと坂下のおっかけという感じが濃い。まったくの素人 というわけでもないが、それでもはっきり言って弱い。

「田辺にも負ける男子って……」

「なんか一人空手をやりたいって生徒がいて、そいつが無理に人を集めたらしい。だから、そいつ 以外はほとんど素人らしい」

「そうですか……まあ、別に試合をするわけでもないので、反対はしませんが」

「おお、そうか。まあ、適当に付き合ってやってくれ。うちよりもひどい鍛え方をしてるとは 思わんから、手加減してやれよ」

 空手部の練習は全て坂下が管理している。当然ながら、坂下のレベルに合わせてあるので、 練習は厳しい。あまり上下関係には厳しくないのと、不当にえらぶったりしないので、とりあえず 人望は厚いが、ついていけないとやめた部員もちらほらとはいる。

「まあ、練習の詳細はお前にまかすから、がんばってくれ」

「はい、分かりました」

 顧問の先生は日時と時間を説明すると、坂下を開放した。というかもう仕事は全て終ったと 言わんばかりだ。

 こういう顧問であってもこの学校の空手部が強いのは、ほぼ完全に坂下のおかげだった。

 坂下は、別にいつも通り、無責任な顧問に別に怒りも覚えず、ミーティングのために部室に 向かった。

 

「合同練習?」

 部員の反応も、だいたい坂下と同じだった。

「そう、合同練習」

「あのー、先輩、いいですか?」

 手をあげたのはさっき話題に出た田辺だ。髪をポニーテールにしていて、背は高くなく、体も 細身だ。空手には肉体的には向いていないのかもしれないが、それを言ってしまうと葵も同じような ものなのであまり問題ではないのかもしれない。

「はい、田辺」

「合同練習って、やっぱり相手は男子なんですか?」

「まあそうらしいみたいね。というかここらじゃうち以外にこんなに女子部員のいる空手部は ないだろうからね」

「ちぃ、それじゃあかわいい子と知り合える機会ないな」

 いきなり場違いなことを言いだしたのは御木本という坂下と同じ2年の男子部員だ。空手部の 中で一番性格が軽く、そして一番坂下に文句を言い、何故か一番男子部員の中では強い。はっきり 言って練習は嫌いだが、才能と言う面においては他の部員よりも一歩上らしい。

「御木本、だから合同練習って言ったろう、これは合コンじゃないのよ?」

 御木本は肩をすくめた。

「鬼の好恵アネゴともあろうお方が合コンなんて言葉知ってるとはねえ」

「……御木本、後から腕立て100回ね」

「ひでえ、体罰だ〜!」

 もちろんこの2人の掛け合いはなれたもので、今さら誰も止めない。強いのにこういうどこか アットホームな雰囲気がこの空手部の特質的な部分だった。

「でも、実際きついんじゃないですか? 男子と女子が混ざってやるのは。確かに坂下先輩は 大丈夫だと思いますけど」

 常識的なことを言うのは一年の森近だ。真面目ではあるが、体格に恵まれておらず、ついでに 空手の才能もあまりないようだが、人のいい、空手部の良心とさえ言われている。

「それに、僕もあんまり他の学校の人とは……」

 森近がそういうのは何も人見知りしているからではない。自分が弱いことを自覚しており、他校 の空手部員と一緒に練習すれば足をひっぱるだろうと思っているのだ。

「しかし、女子が多いからって練習中に手加減されるのもしゃくだしな」

 そう言うのは池田という坂下と同じ2年生の女子部員だ。体も恵まれており、本人は気にしている ようだがまるで男のような外見で、実力も空手部で二番目だ。その下に御木本と続く。

「だいたい、女子だからと言って手加減する気がしれんな。そういうやからにはあたしが手厚く 道理ってやつを教えてやるのに」

 言っていることは大げさだが、空手に関してとにかくまじめな部分を除けば、後輩に優しく、 友人としてもなかなか面白い子だ。

「そこらは大丈夫らしいよ。何でも今年できたばかりの弱小クラブらしいから。先生の話によると 一人以外ほとんど初心者らしいね」

「へー、でも、一年の女子部員じゃあさすがに相手にならないんじゃない?」

 池田の言うことはもっともだが、それを御木本が笑って返した。

「何言ってんだよ、あっちには人間凶器の好恵もいなけりゃ男女ブルドーザーの池田もいない だろうが」

「……御木本、今日の放課後が楽しみになってきたな」

 ふふふふと笑う池田に、御木本は体を震わせて森近の後ろに隠れた。

「きゃ〜、恐いわ〜、助けて森近く〜ん」

「嫌ですよ、犠牲者は御木本先輩だけで十分ですよ」

 体育系の、しかも強豪の部室とは思えないなごやかな雰囲気。こういう雰囲気だからこそ、 20人近い部員を集めれたのだ。

 しかし、ここには3年生は一人もいない。そこまで強くなかったこの空手部を強くしたのは、 坂下達の学年であり、坂下達が活躍するに反比例するように、先輩は来なくなった。後輩に負けて、 そのままでいられるような人はほとんどいなかったのだ。

 結局、受験勉強ということもあり、3年が来るのは週に1回一人来るだけで、 後は止めてしまった。

 いくら坂下が強いと言っても、先輩がおらずに部活をもりあげていくのは大変だった。今坂下を 囲むように座っている御木本と池田の助力がなければ、ここまで来れたとは坂下は思っていない。

 良くも悪くも、今この空手部は全盛期であり、坂下、御木本、池田の3人がそれをきりもりして いるのだ。

「さて、もうお昼休憩も終るだろうから、続きは放課後ね。各自午後の授業で居眠りなんかしない ようにね。文武両道とは言わないけど、赤点とか取ったら体罰よ」

 そういう冗談で坂下はミーティングを打ち切った。

 

続く

 

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