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最強格闘王女伝説綾香

 

一章・始動(31)

 

 土曜日の放課後。この学校は今時土曜日も学校があり、半日の授業が終ればもちろん後には 部活もある。

 坂下にしてみれば、土曜日は夢のような日だ。半日しか授業がないのはどうでもいいが、その後 4,5時間も部活に時間を使えるのだ。

 裏を返せば、他の部員にとってはあまり好ましくない日ではあるが。いくら嫌いではないと言え、 坂下のしごきは4,5時間受けるにはいささかきつい。

 ただ、今日は少し状況が違っていた。いつもならすでに準備運動をすませている時間なのに、 みなまだ始めていなかった。もちろんサボっているわけではない。

「先輩、遅いですねえ」

「そうね、せめて準備運動ぐらいはするべきだったみたいね」

 田辺の言葉に、坂下は相づちをうつ。

 今日はその弱小らしい他校の空手部との合同訓練の日だ。だが、約束の時間はすでに30分も 過ぎているのに、合同練習の相手は一人も来ない。

「坂下のことを聞いて怖気づいたんじゃねーのか?」

 そうちゃちゃを入れる御木本だが、土曜日にサボる気配さえ見せないのは珍しいことであった。 いつもなら土曜日は7割でバックレようとして、3割で逃げ切る男なのだが。

「めずらしいね、御木本がサボらないなんて」

「いや、もしかしたら女子部員いないかな〜と。駅前にナンパしに行くよりは面白そうだしな。 後、坂下に挑戦状を叩きつけてくるなんて、どんな根性の座ったやつなのか見てみたくてな」

「挑戦状って、合同練習頼まれただけじゃない」

「いや、俺が向こうの主将なら絶対に合同練習なんて頼まないね」

「そりゃ御木本先輩なら合同練習の前に普通の練習だってしないかもしれませんけど」

 森近がそう苦笑しながら言うと、部員全員がうんうんとうなずく。

「何てめえら同意してやがる。てめえらだって向こうの主将だったら坂下とは合同練習なんてしたく ねーだろが!」

「それはそうだけど……ねえ」

「坂下先輩にボロクソにやられるのもかっこ悪いし……」

「あ、俺もなるべく避けて通りたいな」

「御木本先輩がよく部活サボるのも確かですし」

 ひそひそ話は、おおまかにまとめると、坂下とは戦いたくないが、御木本は真面目に部活に出ろ という内容だった。

「見てみろ、この俺の人徳を!」

「それのどこに人徳があるのよ」

「そうよ、サボらずにちゃんと部活には毎日出な。休みは日曜にあげてるじゃないか」

 池田の言葉を聞くとまるで普通は日曜もしごくという風に聞こえないこともないが、実際自主的 に坂下と池田、後数人が日曜日も学校に来て部活をしていたりする。

「ま、それはそうとしてほんとおせーなー」

 御木本が旗色が悪いと思ったのかわざとらしく話をそらす。

「集団で車にでもひかれたんじゃねーか?」

「んなわけないでしょ。せいぜい……道に迷ってる程度でしょ」

 そんな無駄口を坂下も一緒になってたたいていると、急に道場の入り口の辺りで聞きなれない 大きな声がした。

「ここは空手部の練習場所ですか?」

 胴着を持った知らない制服の高校生が、10人ほど道場の外に立っているのが見える。こちらに声を かけたのはその中の一人のようだ。

 胴着を持っているので見当はついているのだが、確認のために坂下は訊ねた。

「あなた達は」

「ああ、申し送れました!」

 その男子は、礼儀正しく頭を下げた。

「南渚高校空手部主将、二年、寺町昇です!」

 声はいささか大げさだが、礼儀正しい男だ。体格とかよりも先に坂下にはそれが目についた。

「それで、空手部の方……ですよね?」

 急にその男子、寺町の声が小さくなる。かなり途惑っているようだった。

「そうだけど?」

「ああ、よかった!」

 ほっと何故か寺町一同南渚高校空手部の面々は胸をなで下ろしたようだった。

「実は、途中で道に迷ってしまって、やっとのことでこの学校にはつきはしたんですが、今度は 練習場所がわからなくて」

「部長、んな恥ずかしいこと口にしないでくださいよ」

「だから僕のことは主将と呼べと言ってるだろう。あ、すみません。遅れてしまって!」

「い、いえ、かまいませんが……」

「それでは……時間を取り戻すためにもさっそく胴着に着替えて練習に入りたいのですが、更衣室 はありますか?」

「男子は部室をいつも使っています。案内しますよ」

 森近が坂下に命令される前に寺町達を部室の方へとつれていく。

「うん、後ろに女の子が一人いた!」

 ゴカッ!

 まだバカなことを言っている御木本を後頭部の一撃で黙らせる坂下に、池田が耳打ちした。

「ねえ、さっき寺町って名乗ったやつの体見た?」

「……一応ね」

 池田が話していなかったら、坂下は何を不謹慎なと文句の一つでも言っていたことだろう。 池田が言うのだから、いやらしいことでは絶対にない。

「あれ、かなりのものよ」

「……みたいね。いくら夏服だからって言っても服の上からでも分かったわ」

 かなり鍛えこまれた体をしていた。見たところ背は平均的だったが、腕を見るかぎりいい身体を していた。あれなら弱いということはなかろう。

 しばらくすると、胴着に着替えた南渚高校空手部の面々が姿を現す。

 数は寺町を合わせて11人。今年できたというならかなり多い方であろう。だいたい、普通空手 とかの部活は、人数が多くないのだ。11人もいれば十分と言えた。

 数はそろってるみたいだけど……

 平均の実力は、どうもあまり高そうではなかった。というか胴着もほとんど新品という者が ほとんどだ。

 そんな中、ただ一人主将の寺町だけは浮いた存在だった。

「いや、本当に申し訳ない。改めて遅刻をお詫びします」

「いえいえ、気になさらずに。道に迷ってたのなら仕方ない話ですし」

 いい身体だ。胴着ならよけいによく分かる。顔は体育会系だが、身体は超体育会系と言ったところ か。よく鍛えてあるように見うけられる。

 まあ、実力なんて戦ってみないと完全にははかれないけどね。

 外見をあまり重視しない坂下にとって、筋肉の量はは基準の一つではあるが、絶対ではない。

「それでは先生に挨拶をしておきたいのですが」

「ああ、先生はめったなことではここには来ませんよ」

「はあ、そうなんですか? ここの空手部は強いと聞いたのでてっきり先生が率先して練習に参加 しているものとばかり……それでは、主将の方は?」

「私です」

「……は?」

 寺町は、二秒ほど時間を置いてから間の抜けた声をあげた。

「あの、えーと、空手部の部長ですよ?」

「だから私がここの空手部の部長、つまり主将ね。二年、坂下好恵。よろしくね」

「坂下……」

 寺町は、じーっと坂下を観察する。

 空手や柔道では男か女かを判別するのはけっこう簡単である。胴着の下にシャツを着ていなかった ら男、着ていたら女だ。減量のために胴着の下に服を着込むこともあるが、そうでもないかぎりは だいたいそうだった。

 当然、坂下はシャツを着ている。

「お、女〜っ!?」

 寺町の上げた声は今までの中で一番大きかった。

 

続く

 

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