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最強格闘王女伝説綾香

 

一章・始動(33)

 

 何と言うか……弱い。

 坂下は、南渚高校の空手部員を見ながらそう思った。

 せっかくの合同練習なのだ。せめて相手の実力を見てからでも切れるのは遅くないだろうと 思って一応練習を始めたのだが……

 ……へたくそだ……

 南渚高校の空手部員達は、素人に産毛がはえた程度だった。正拳突き一つとっても、中段蹴り 一つとっても、まったく体に安定感というものがない。

 これでは切れる気もおきなくなってしまう。

 坂下としては、いつもより厳しくしてこちらの部の力を見せつけるつもりぐらいはあったのだが、 そんな必要もないぐらいに相手の方が簡単にへたばってしまった。

「な、なあ、坂下。ちょっとやりすぎなんじゃないか?」

 汗だくでへたり込む南渚高校の空手部員達を見て、いつもなら男は助けることもない御木本が そう言ってきた。いや、同じように汗だくになっている一人の女子部員に目が行っているのかも しれないが。

 坂下も仕方ないかと思い、大きな声で言った。

「各自10分休憩!」

 いつもよりはかなり休憩を取る時間が早いが、仕方ないだろう。毎日坂下のしごきについてきて いるここの部員ならともかく、まだできたばかりのような弱小クラブが練習についてこられるとは 思えない。

 実際、まだこちらの部員は疲れてもいない。どちらかというと今日は土曜日にしては楽だと考え ているふしさえある。それに比べ、相手方はほとんどが汗だくで道場の中にころがっている。

 ただ、そんな中2人だけまだ平気な人物がいた。

「ええい、お前らなさけないぞ!」

「部長、そんなこと言っても仕方ないですよ。僕達いつもこんなきつい練習なんてしてないんです から」

「そこは根性で切りぬけろ!」

「そんな無茶な〜」

 南渚高校空手部主将、寺町と、その部下と言ったらいいのか、とにかく後輩らしい部員、中谷 である。2人とも、簡単に練習についてきて、そして技の型も安定していて綺麗だ。

 特に、主将の寺町は技の型を見たかぎりではかなりの実力だと思われる。特に、その中段正拳 突きは、形も、スピードも申し分なかった。体全体の力がその一点に集中されていくのが見えて、 思わずみとれてしまいそうなぐらいだった。

「だから主将と呼べといつも言っているだろうが!」

「どっちでもいいですからはずかしいので叫ばないでくださいよ、部長」

 ……そんな掛け合いを見ていると少しも強くは見えないが、確かにこの男だけは強い。

 まだ手合わせもしていないが、おそらくは県でもそれなりの成績を収めることができるであろう ことは、坂下にもすぐに分かった。

 この男が、おそらくこの人数を集めて、空手部を作ったのであろう。ということは、11人も ちゃんと練習しそうな人数を集めるのだから、それなりの人徳はあるのかもしれない。

「俺がもっとお前らを鍛え上げとけばこんな恥もかかないですんだのになあ……」

「ちょ、部長。もしかして帰ったら練習きつくするつもりじゃあ……」

「当たり前だろうが、こんな女子の多い空手部でも行える練習を行えなくてどうする!」

 ピキッ

 つまり、この言葉はかなり素だということだ。

「でも、相手は県大会でも屈指の空手部ですよ?」

「そんなことがいいわけになるわけないだろう。うちは確かにまだ1年目だが、女子中心の空手部 に負けるようでは駄目だ!」

 ピキピキッ

 確かに正論ではあるようだが、その正論とやらがどれだけ坂下の血管を切れさせるのかが寺町には 分かっていないようだった。

「だからって、部員のほとんどがついてきてないんですから、言っててむなしくありませんか?」

「た、確かにそだうが……だからこそ帰ってからはきつくするぞ!」

 部員達は一斉に「え〜っ」と不満の声をあげている。

 しかし意外にこういうことではこの空手部は部員を減らさないのではないだろうかという感じも した。それは、ちょうど坂下達と同じ雰囲気がただよっているからだ。

「まずは怪我を無くすために柔軟の時間を2倍にして……」

 その練習の案を急に話し始めた寺町を置いて、その部下というか、寺町と同じくここの練習に 苦もなくついてきた中谷が坂下に頭を下げて、小声で話してくる。

「すみません、坂下さん。部長も悪い人じゃないんですけど、こと部活のことになると人が変わって しまって。悪気はないんです」

 タイプ的にはこちらの森近に似ているだろうか。ただ、背もそれなりにあるし、体も細いながら よく鍛えられているようだった。それなりの美形で、少し冷たい感じも受けるが、顔には薄い愛想笑い をはりつけている。

 秀才タイプで、まるで参謀のような外見だが、どうも人あたりはよさそうだ。

「あ、僕は中谷栄次郎といいます。南渚高校一年、部長、寺町先輩の中学の後輩で、空手も部長 ほどではないですが小学校5年からずっとやっています」

「なるほどね、さっきも型が綺麗だと思ったのよ」

 はははっと中谷は軽くてれながら笑う。

「僕なんてまだまだですけどね。それに型の方はそうでもないんですが、試合となると僕は からっきしだめで……本当は部長に誘われたときも一度は断ったんですけど……」

 そう言ってから何故か中谷は嬉しそうに笑った。

「自分一人じゃあ他の部員を指導できないから、お願いだから入ってくれって土下座されたんですよ、 部長に。あの人、えらく時代ががってますから、今どきそんなことする人いないでしょう?」

 そう言いながらも、中谷もまんざらではなさそうだった。

「でも、あんな部長の人柄に惹かれたみんなが、こうやって集まって空手部になったんですよ。 だからみんなほとんど素人ばっかりで、ここの練習にも全然ついていけませんけどね」

 しかし、それに対する劣等感は中谷にはないようだった。それどころか、真面目な顔をして 再度坂下に頭を下げた。

「僕達じゃあ邪魔になるだけかもしれませんが、今日1日だけ我慢してくれませんか。強い高校の 空手部との合同練習は、部長の願いの一つなんです」

「もちろん、断る理由もないわ」

 坂下は、その言葉を快く承諾した。もし寺町が本当に嫌なやつであったとしても、中谷のように 真剣に頼まれたら、断る気は起きないだろう。

「ありがとうございます、さすがは坂下さんですね」

「私のこと知ってるの?」

「あ、はい、僕は部長と違って有名な選手の名前は覚えているので。うちの部長、強い人と試合 するのは好きなくせに全然名前覚えないんですよ」

 寺町を見ていると、それもありそうな話だと坂下にも思えた。

「時間は限られているから練習量は増やせないが濃くすることは可能だ。つまり……」

 結局、その10分の休憩の間寺町の話は続き、無駄に部員達の神経をすり減らしたようだった。

 

続く

 

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