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最強格闘王女伝説綾香

 

一章・始動(34)

 

 それからも、いつもろよりも少し軽いぐらいの練習が続いたが、当然のように南渚高校の空手部 員達は2人を除いてへたばっていた。

 今は丁度きりのいいところなので休憩に入っているが、ほとんどあっちの部員達は虫の息と いうか、極限まで息が荒い。

「ええい、情けない!」

 まだ元気そうに寺町はそう叫んでいるが、寺町がどう言ったところで、いつもこなしている以上の 練習をすぐにこなせるわけもなく、部員達の反応は悪い。

 坂下も、だからと言ってあからさまに練習を簡単にするわけにもいかず、結局いつもよりは軽い とは言え向こうの部員も練習に付き合せるしかなかった。

 しかし……このまま練習させるのも……

 というか、今までついてきたことだけでも結構なものだと坂下は思っていた。どう見ても無理を しているのがよく分かるからだ。それは、やはり寺町の怒鳴り声を恐れてというわけではなさそう だった。

 部員一人一人が、口ではどうあれ自分の技術や肉体の向上を目的にしている、坂下はそう感じた。 つまり、部員全員が真面目に取り組んでいるのだ。

 これが、今まで空手をやってきた人が、などと言われればそれなりに納得できそうなものだが、 どう見ても寺町と中谷を除いた南渚高校の空手部員はこの春から始めたのだろうと思えるような素人 だった。

 空手は楽しいものだ、そう坂下は声を大にして言える。確かに練習は厳しい、もとい、厳しく しているが、それを考えても空手は楽しいと断言できる。

 しかしそれだけに、それをまったくの素人に、しかも高校にもなってわからせるのにどれだけの 苦労が必要かも分かっているつもりだった。

 ここまで部員達の気持ちを空手に動かしたのだ。この寺町と言う男、見た目とおりのバカではない のかも知れない。坂下はそう思った。

 つまりそれは、結局見た目にはバカみたいなのだが。

 しかし、少しぐらいは休憩の時間を入れないと、どうしようもないのではないかと坂下も思って いた。ただ、頻繁に休憩を取るのもアレであるし、少し困っていたのだ。

 そこで、坂下にはまだ元気な寺町と中谷に目をつけたのだ。

 坂下は、また何かを大きな声で言っている寺町に気付かないように中谷を手招きする。中谷は、 ちらっと寺町の方を見て、こちらに気付いてないのを確認してから坂下に近づいた。

「何ですか、坂下さん?」

 どうも人当たりだけでなく、考え方も柔軟のようだ。

「ねえ、そっちの部員まだやれそう?」

「えーと……」

 中谷は回りを見渡した。もちろん目につくのは、汗だくでへたばっている自分達の部員と、それを 少し心配そうに見ている坂下達だ。

「無理そうですよねえ、やっぱり。すみません、足をひっぱるような状態になってしまって」

「まあ、それはかまわないんだけど……ねえ、中谷でいいかな?」

「あ、はい、かまいません」

「中谷はまだ全然平気みたいね?」

「あ、ええ、はい、僕はまだ大丈夫です。これでも一応道場とかにもかよってますから」

 言葉通り、中谷はあまり汗もかいていないし、息もあがっていない。これならば坂下の方の 部員よりも体力があるのかもしれない。

「ねえ、中谷は試合はしたことあるの?」

「はい、何度か。もっとも、だいたい1、2回戦で敗退してますけどね」

「じゃあ、この休憩が終ったら試合ね」

「試合……って、そっちの人達とですか?」

 中谷はその坂下のいきなりの言葉に驚いたようだった。

「そう、相手はそうねえ……池田あたりがいいかもね」

「で、でも、僕は全然強くないし、そんな人に見せるような試合は……」

 中谷はしどろもどろに答える。そのどこか冷静そうな顔とは似ても似つかない反応で、坂下は かわいそうだが笑ってしまいそうになった。

「時間かせぎよ、時間かせぎ。少しでも部員達を休ませた方がいいでしょ。それなりに戦って くれれば、私が後から説明入れたりしてなるべく時間をかせいで、休む時間を延ばせるのよ。中谷に とっても、他の部員にとっても勉強にもなるだろうし、悪い手じゃないと思うよ」

「そう言われると断りづらいんですが……本当に僕は試合はからっきしで」

「大丈夫よ、ちゃんと池田ならそこらも考えてやってくれるから。それに、休憩は取らせたい でしょ?」

「そ、それはそうですが……」

 もちろん、坂下の時間をかせぐという言葉に嘘はない。ただ、正直に言うと目的はそれだけ ではなかった。この中谷の、そして寺町の実力を知りたかったのだ。

 とりあえず、中谷の相手には池田にやってもらい、自分は寺町の相手をするつもりだった。

 まだ空手を始めたばかりの素人に何かを要求するつもりは坂下にはなかった。それどころか ここまで真面目に空手に取り組んでくれている姿がうれしいぐらいだった。

 しかし、当然ながら坂下はそれだけでは満足できない。いや、全員がそうならそれで満足して いたのかもしれないが、寺町と中谷は強そうなのだ。それを見逃すには坂下は好戦的すぎた。

 せめてこの合同練習実りあるもにするためには、この2人とは戦ってみないとね。

 それはもちろん坂下のいいわけだが、このさいそれは問題なかった。どちらにしろ中谷はOK するしかないはずだ。残念ながら、休憩の時間を延ばすにはそれしかないのだから。

 中谷は何度かへたばっている部員と、何か言っている寺町を見比べてから、答えた。

「……はい、相手になります」

「そう、ごめんね無理言って」

「いえ、こちらも勉強にもなりますし」

 少し青ざめた中谷の顔を見て、坂下も少し悪い気がしたが、それでも試合を中止する気は少しも 坂下にはなかった。

「ちょっと、池田」

 坂下はすぐに池田を呼ぶ。池田はまるで体がなまって仕方ないという風に体を動かしていたが、 坂下に呼ばれてすぐに近づいてくる。

「何、坂下?」

「池田、試合できる?」

「私は全然かまわないけど、相手は?」

「この、中谷よ」

「よ、よろしくお願いします」

 中谷は、少しおどおどしながら池田に頭を下げた。身長は中谷の方が大きかったが、態度も、 そして筋肉質な体もどう見ても池田の方が上だった。

 やっぱり、少し酷かなあ?

 相手に池田を選んだことを、少しばかりかわいそうに思う坂下であった。

 

続く

 

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