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最強格闘王女伝説綾香

 

一章・始動(38)

 

 寺町は、坂下の渾身の中段回し蹴りを腕でガードしていた。

 だが、たかが腕でガードしたぐらいでどうにかなる威力ではない。寺町の大柄な身体が、 蹴りの進行方向にずれる。

 身体が横にずれても、寺町は拳をかまえていた。

 坂下はまだ寺町に反撃の意志が残っていることを見て取ると、坂下はすぐにバランスを取って から寺町との距離を開ける。

 寺町は、待っているのか、それともその回し蹴りの威力のせいなのか、すぐには坂下を追わなか った。

 もし、反撃を受けても坂下は別にかまわなかった。反撃されればただではすまないことを 分かっていてもだ。

 坂下は、反撃覚悟であの渾身の中段回し蹴りを放っていた。フルコンタクトでやることを承諾 したにも関わらず、自分が気のない攻撃をしたことに対するせめてもの償いだった。

 完全に、ノックアウトで倒す。それの意思表示だった。

 坂下はゆっくりと息を吸い、そして吐く。力を、身体にためているのだ。それを爆発させ、 目の前の強敵を殴り倒すために。

 おそらく、目の前にいる強敵も、同じことを考えているのが、坂下には手に取るように 分かった。

 2人は似ていた。ポイント制の空手になどは全然興味がない、相手を倒す空手に本当の興味を 持っていることを。

 坂下は、もちろん空手は『道』ではあると思っている。だが、そこには自分を鍛え、精進する ことによる成長。それには、強い相手と戦い、勝つことが必修であると言ってもよかった。

「すごい蹴りだな、こんな蹴りは初めてだよ」

 試合中にも関わらず、寺町はごく自然にそう話しかけてきた。構えはどちらも解いていない。 それは休戦を意味するものではないからだ。

「空手の公式の方には、こんなすごい人ばっかりなのかい?」

「高校の空手はポイント制よ」

「それもそうか。でも、強い蹴りを出せる人はいるんだろう?」

「そうね……少なくとも、私と同じ年ほどで私の渾身の中段回し蹴りと同等の技があるのは、 知ってるのはせいぜい手の指で数えられるぐらいね」

 誇張ではない。坂下が空手で優勝できないのは、今までは綾香がいたことと、ノックアウト 制でなかったからだ。そうでなければ、県大会と言わず、もっと上まで行っているはずであった。

 少なくとも、威力で完全に負けるのは、綾香と、葵の崩拳ぐらいだ。男子と比べても、それが 目おとりするとは坂下は思っていない。

「なるほど。もし坂下さんほどの人が沢山いるんだったら俺なんてどうしようもないと思ったが…… まあ安心しましたよ」

「そのわりには、残念って顔してるわね」

 それは坂下の単なるいいがかりだった。しかし、きっとこの男は残念で仕方ないはずだった。 強い者が少ないということは、強い者と戦える可能性が少なくなるということだからだ。

「それは確かに強い人が多いのにこしたことはないですが……」

「……まあ、何を言うにしても、まずは……」

 坂下の眼光が鋭くなった。

「私を倒してからにするのね!」

 坂下はまずは軽くインステップする。これはフェイントで、すぐにアウトに飛んで相手の誘発を 誘うのだ。

 話していた次の瞬間で反射的に手が出たのか、寺町の突き出した左ジャブが空を切った。

 ただ、この程度では相手を崩したことにはならない。

 坂下は自分の気持ちを一新しはしたが、完全なフルコンタクトになったとしても、戦い方は そう変わっているわけではなかった。

 むしろ、それがいつもの坂下の戦いなのだ。フェイントなどを攻撃に織り交ぜ、相手の隙を ついて打撃を与える。そんな根気がいり、神経が磨り減る行為を何度も何度も行って初めて勝利が 得れるのだ。

 どんなに熟練しても、単なる大ぶりの打撃では格闘家は倒せない。それを坂下は嫌と言うほど よく分かっていた。

 そう、そんな大ぶりの打撃などではどうにもならない相手と坂下はずっと戦ってきたのだ。

 エクストリームチャンピオン、来栖川綾香と。

 威力のある打撃と、素早い打撃と、フェイントと、足運びと、身体のひねり方まで、全てを 総動員して戦うのが打撃格闘。つまり、空手。

 坂下は、そんな土俵の中で戦ってきたのだ。

 バシュッと空気の壁を突きぬけるかのような寺町の打ち下ろしの正拳を、坂下は冷静に上半身を ひねって避ける。

 この拳が上空から一直線に落ちてくるような打ち下ろし正拳突きは素晴らしい打撃ではある と坂下も認めていた。しかし、打つ前と打った後に数瞬のためがある。あれではコンビネーションに 組みこむことは難しく、出会い頭ならともかく、乱戦となると非常に使いづらくなる。

 坂下はその打ち下ろしの正拳を避けた位置からさらに一歩前に出て寺町に向かってジャブを突き 出す。

 1,2発目までは手ではじかれたが、3発目がボディに入った。

 鍛え上げられた腹筋をなぐる重い感触に、坂下は自分の打撃があまりダメージを当てれないこと に気がついた。

 しかし、まったく効いていないわけでもないだろうに、寺町は素早く裏拳で反撃する。

 それを至近距離で腕を押すことによって封殺すると、坂下の膝蹴りがもう一度寺町のその 分厚い腹筋を叩いた。

 硬い手応えとともに、今度は寺町の身体がくの字に曲がる。

 ドガッ!

 ボディに膝蹴りをくらったばかりの寺町のまさしく力まかせのパンチが、坂下にガードを通して 打ちこまれた。

 その勢いに押され、坂下は距離を取るしかなかった。もちろん、打ち下ろし正拳突きの射程 範囲外まで距離を取る。

 ……簡単にはきめさせてくれないね。

 ビリビリとしびれる腕をふりながら、坂下は一つの思いに囚われていた。

 こいつ、最高!

 空手家である坂下の血が、わきあがるように力を生み出す。相手が強敵であればあるほど、 身体が活性化されていく。

 この男は楽しめそうだった。技がうまいとかなによりも、勝とうとする気持ちが圧倒的に大きい ことが、坂下の身体をさらに活性化させた。

 さあ、行くか!

 坂下は、カッと、今度はフェイントでなく寺町に向かって飛びこんだ。

 

続く

 

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