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最強格闘王女伝説綾香

 

一章・始動(41)

 

「さて、何から教えたものか……」

 正座をして目の前に座っている浩之を目の前にして、雄三は今になってそんなことを 言い出した。

 あの綾香と修治の対戦からはや一週間が過ぎていた。今日は浩之がこの道場に来て初めて教えを こう日だった。

 だったはずなのだが、雄三は浩之を教育することについては何も考えていないようだった。 意気込んできた浩之にしてみれば拍子抜けもいいところだ。

 相変わらずこの小さな道場には雄三と修治の2人しかいなかった。雄三は一応袴のような道着を 着ているが、修治の方は上はシャツに下は膝までのタイツだ。さすがに前のようにジーンズでは汗を かいたときに面倒なのだろう。

「おお、浩之君、別に正座はしなくてもいい。礼儀に関しては非常にいいかげんな流派でな」

「は、はあ」

 そう言われて、とりあえず体操服の浩之は脚をくずした。

「礼儀にうるさいならこんなボンクラは教えてもらえんだろうしな」

 雄三はそう言いながら修治を指差して笑った。

 ……何と言うか……

 浩之の考える「強い格闘家」とはえらくかけ離れた印象だった。

 もっとも、浩之はずっと綾香や葵をみてきているので、今更という気もしないでもなかったが、 だからこそもっと厳しい練習なのだろうと半分期待というのも変ではあるが、期待している部分も あったのだが、簡単にそれは裏切られた。

「浩之君、君は格闘技に礼儀は必要だと思うかね?」

「あ、えーと、正直別に必要だとは思いませんけど……」

 急にそんな話をふられたので、浩之は正直に答えた。葵は礼儀正しいが、綾香は決して礼儀 正しそうには見えなかったからだ。

「ふむ、元来格闘技が往々において礼儀に厳しいのにはいくつかの理由がある。修治、 分かるか?」

「俺に話をふらないでくれ」

「いいから答えんか」

「へいへい、仕方ねえなあ。格闘技が礼儀にうるさいのは格闘家やってるやつが性根が腐ってる からだよ」

「……当たらずも遠からずというところか」

 修治の暴言にも聞こえる言葉を、雄三は簡単に肯定してみせた。

「浩之君は分かるかい?」

「いえ……」

「では説明しよう。格闘技が何故礼儀正しいか。それには理由が二つある。一つは、格闘技が 暴力だということだ。自分が強くなれば当然その力を誇示したくなるものだ。それを押さえるために、 表面上だけでも礼儀正しくしているのだ。もう一つの理由は、根性がないからに他ならない」

「根性が?」

「左様、礼儀正しいというのは、つまり目上の者の言うことは聞くということだ。つらい練習を するならば、自分でやり遂げるよりも、厳しい目上の者に怒鳴られてやる方がやり遂げる可能性は 後者の方が高いであろう。つまりはそういうことだ」

「精神修行とかには格闘技はならないんですか?」

「辛い練習をやり遂げるということでは意味もあろうし、他の他人の迷惑になりそうな刺激の多い 趣味にまで時間をさけなくなることを考えれば、結果的にそれが良い方向に進むことはあるが、 別に格闘技自体が精神修行になるわけではない。もし格闘技がやっただけで精神修行になるのなら ば……」

 雄三はまるでおきまりかのように修治を指差した。

「こんなできの悪い弟子はいないよ」

「じじい、さっきから人を指差してひでーこと言いやがるな」

「何を、単なる事実だ」

 そう言ってまた雄三は笑った。

「さて、浩之君に一つだけ言っておかなければならないことがある。この流派は、と言うよりも わし自身が、礼儀にはうるさくない。つまり、練習をしないからと言っても尻をひっぱたいて やらすようなことはしない。放っておくから、そのつもりで自覚してやって欲しい」

「はい!」

 浩之は元気よく返事をしたが、本当にやる気があるのだ。だいたいにおいていいかげんな浩之に は珍しいことだが、今は本当にやる気に満ち溢れていた。

「それでは実際に訓練に入りたいのだが……まずは軽く修治の準備運動についていってもらおうか。 修治、よろしく頼んだぞ」

「頼まれてはやるけど……いつも通りでいいのか?」

「かまわん、それぐらいのことはできないと話にならんだろう」

 その言葉だけでも、どれだけ修治の準備運動というのがきついかが伺えると言うものだ。

「よし、てわけでまずは軽く俺の準備運動に付き合うわけだが……浩之、お前股裂きできるか?」

「股裂きって、あの相撲とかでやってるやつか?」

「そうだ、相撲はあの体重で投げられたりするからな。身体はやわらかくないとすぐ怪我をしち まうしな。で、どうなんだ?」

「できるわけないだろ、こっちは普通の高校生なんだからな」

「そうか……」

 それを聞いて、修治がニヤリと笑うのが見えた。

「それは駄目だな。格闘技をするなら、身体がやわらかくないといけねえなあ。まず打撃で身体を 痛める可能性も高いし、投げられたときや関節技をかけられたときに怪我をする可能性も高い。何より。 身体がやわらかいのは無理な体勢も取れるので寝技で非常に有利だ」

「言ってることは正論ぽいんだが、何故顔がにやけてるんだ?」

 じりじりと浩之は修治と距離を取りながらそう訊ねてみたが、修治が何をしようとしているのか は一目瞭然だった。

「大丈夫だ、痛いのは始めだけだから」

「気持ち悪いこと言いながら近寄ってこないで欲しいんだが……」

 浩之は修治からじりじりと距離を取る。今なら修治のタックルでさえ避けるつもりだった。 と言うか避けれなければ待っているのは地獄だ。

 だが、そんな必死の浩之を横目に、ポンと浩之の肩を雄三が叩いた。

「ふむ、そうか。まだ股裂きがまだか……それでは、手伝ってやるとしよう」

「え、遠慮したいんですが……」

「まあそう言うな。これも師匠としての暖かい支援だ」

 浩之は雄三の手を振りはらおうとしたが、時すでに遅かった。だいたい達人であろう雄三と、 綾香と同等の実力を持つ修治から逃げれるわけはなかったのだが。

 しばらくして、浩之のなかなか聞くに耐えない悲鳴があがったのは言うまでもない。

 

続く

 

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