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最強格闘王女伝説綾香

 

一章・始動(44)

 

「はあ、極楽極楽」

「……さっきまで身動き一つ取れなかったやつの態度じゃねえなあ」

 修治はそう言いながらも、トランクス姿の浩之の脚をもんだ。

 何もあやしいことをしているのではない。何とか動けるようになった浩之にシャワーをあびさせて から、修治がマッサージをしてやっているのだ。

 ほとんど転げるようにしながら、指定されたまるで整体の病院にでも置いてあるような腰まである 人が一人やっと寝れるようなベットに浩之は寝たのだが、何をするかと思えば、マッサージだった。

 しかも、これが思いの他……

「修治、お前マッサージうまいな。委員長にもしてやってくれよ」

「誰だそれは」

「最近の肩のこった女子高生」

「俺のマッサージは肩こりを緩和させるものとは違うぜ」

「そうなのか?」

「ああ、これはスポーツで疲労した体にやるマッサージだ。肩こりみたいなうっ血した筋肉を ほぐすのとはまた違う」

 身体の末端から、心臓に向かって押し出すように手の平を使ってするこのマッサージは、スポーツ 後の疲労を残さないようにするためのマッサージだ。

 浩之にしてみれば、マッサージが気持ちいいなどと言うことは新鮮でさえあった。自分はそれなり に肩もみなどに自信があるが、自分の身体がこると言うことはないので、当然マッサージなど受けた ことがないのだ。

 硬直した筋肉をほぐすと言う点は普通のマッサージと同じ部分もあるが、基本的に違うマッサージ であり、初めて体験する感覚だった。

 しかも、浩之の身体は疲労で根をあげる寸前、というよりさっきまで根をあげるのを簡単に 通り過ぎた状態だった。肩こりで言うならガチガチに肩がかたまって頭が痛くなっているような 状態だ。当然、マッサージも気持ちいいなどと言うものではない。

 それより何より驚くのは、このマッサージを受けているだけで、息苦しささえ少しずつ消えて いくのだ。

 それもそのはず、息苦しくなるのは身体が酸素を求めているから。マッサージではその酸欠と なった血液を心臓の方に送り出して、手助けをしてやるのだ。

「とりあえずマッサージはしてやるし、柔軟は時間を短縮せずにやったから、かなり緩和される とは思うが、明日は地獄だぞ」

「筋肉痛ってやつか」

「もしかしたら関節も痛み出すかもな。そのときはなるべく早く整体や病院に行って検査する ことだな。練習中に身体を痛めて再起不能になった格闘家は思うより多いぜ」

 筋肉痛だけならまだよい。単なる筋肉が引き千切れているだけであるから、健全な肉体なら 回復するし、回復した後は一時的に筋力が増える。

 だが、腱や関節はそういうわけにはいかない。人間の身体もいくら自己再生能力があるとは 言え、所詮はひ弱なものだ。そこを痛めれば簡単には治らないし、治す間は動けないので当然 筋力も落ちる。

 それに有効な方法は一つ。早期発見して、早めに手を打っておくことだ。気をつけてさえいれば、 その部分に関してはかなり改善される。

「てことは、綾香みたいに身動き一つ取れない状態に?」

「……まあ、あそこまではならないだろうが。あれは無茶すぎる」

 三眼の名前は修治は知らないだろうが、少なくとも綾香のあの異常な強さは忘れることはない だろう。

「というか、やっぱり寝こんでるか」

「ああ、2、3日で学校行くぐらいは回復したみたいだけどな」

 そう言えばそれでもまだ綾香は身体を思うように動かせないふしがあるようだが、修治はダメージ が残っている風もない。

 対等かそれ以上にわたりあったのに、それは少し不公平ではないかと浩之は思った。

「修治はダメージ残ってないのか?」

「ん? ああ、あのときのダメージか? 俺は結局大きなダメージはじじいに蹴り飛ばされた ことだけだったからな」

 そう言えばとりあえず綾香の攻撃は一応ガードしていた。もっとも、ガードした程度でどれほど あの脅威的な打撃のダメージを消せたのかは謎であるが。

「ほれ、終ったぞ」

 全身にかまなくマッサージをし終えた修治は、さっさと浩之から離れる。

 浩之は置きあがって、身体を軽く動かしてみる。

「……すげえな、ほんとに疲労が抜けてるぜ」

 完全とは言わないが、少なくとも動くのがやっとと言う状態からは完全に復活していた。 当然だが、単なる素人のマッサージとはわけが違うようだ。

「浩之、お前も覚えておけよ。うちみたいなハードな練習をする場所では、テーピングとマッサージ は必修だぜ。まあ、わざわざ手を取って教えるわけじゃねえから、自分で見て覚えないとだめなんだ けどな」

「見て覚えるって言っても、俺マッサージ中は見れないんだけど……」

 と、そこで奥の扉が開いて、一人見知らぬ40代の女性が入ってくる。

「あらあら、君が浩之君?」

「え、はあ、そうですけど……」

「珍しいわねえ、お父さんが門下生取るなんて。あ、ごめんなさいね。自己紹介がまだだったわ。 私は武原美色。修治の母です」

「えーと、藤田浩之です。これからお世話になります」

 浩之は美色につられるように頭を下げた。

 小柄な身体で、ここから修治が生まれたとは信じがたい。性格も声を聞くかぎり温厚そうで、 浩之はあかりの母親、ひかりとイメージが似ていることに気がついた。

「こまったことがあったら言ってね。怪我とかに関することだったら私もそれなりに手助けでき ると思うから」

「あ、はい、そのときはよろしくお願いします」

 浩之は再度頭を下げた。

「で、何か用か、おふくろ?」

 少し冷たい言い方だったかもしれないが、まあ母親に対する男というのはだいたいこんなもの だろう。浩之にも覚えはある。

「お父さんが急に門下生を一人取るって聞いたから、顔を見に来たのよ。ほら、お父さんが門下生を 取るなんて、今までなかったことじゃない?」

「てことは、単なる見物か?」

「いいじゃない。どうせこれから色々会う機会もあるだろうから、今のうちに顔合わせしておい ても。ねえ、そう思うでしょ、浩之君?」

「え、ええ、まあ……」

 急に話をふられて、浩之は途惑いながら、自分が今トランクス一枚の姿だったことにはたと 気がついた。

 浩之があわててシャツを着ようとするのを、美色は笑いながら見ていた。

「そんなこと気にしなくても。男の子の上半身ぐらいいっつも見てるわよ」

 気にするって。

 浩之は、心の中でそう突っ込みを入れた。

「そうだ、もうそれなりに遅い時間だけど、晩ご飯はどうするの?」

「えーと、そこらで買って帰ろうかなと……」

「だったらうちで食べて帰ったらいいじゃない。親御さんには遅くなるって言ってあるんでしょ?」

「はあ、まああまり親は家にはいないので」

「だったら丁度いいわ。一緒に食べましょう」

 もちろん、こう言い出したおばさんの言葉を断り切れるほど、浩之も口はうまくなかった。

 後で聞いた話なのだが、彼女は医者で、だから上半身ぐらい見なれているというわけだった。

 

続く

 

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