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最強格闘王女伝説綾香

 

一章・始動(47)

 

「いたた、痛いです! センパイ、もっと優しく……」

「……聞き様によっては怪しいセリフね……」

「そのセリフを横で言ってるかぎりは怪しくねえよ。よっと」

「いたたたたたっ!」

 葵はかなり切羽詰った声をあげた。

「しかし……ほんと、葵ちゃん身体硬いなあ」

 浩之は葵を背中から押しながら言った。

「すみません……」

 しゅんとなった葵を見て、浩之はあわててフォローを入れる。

「いや、別に責めてるわけじゃないが……この身体であのハイキックが打てるのも不思議だな と思って」

「ハイキックだけはすごく練習しましたから」

 葵はそれだけは自信があるようで、実にうれしそうに言った。

「だめだぜ、葵ちゃん。硬いと身体痛めやすいんだから」

「へえ、浩之。よくそんなこと知ってたわね」

 浩之は今では綾香や葵の言うことが正しければそれなりの技術があるが、元来格闘のことに 関しては素人であり、そんなことを知っているのが不思議だったのだろう。

「修治の受け売りだけどな」

「あ、なるほど。てことは昨日は柔軟に関しても厳しかったの?」

「ああ、いきなり股裂きさせられたよ」

「それはご愁傷様ね」

 綾香は手を合わせて拝むまねをする。

「股裂きって、センパイ股裂きできるんですか?」

 綾香と浩之が話しだしたので解放された葵は、逃げるように開いていた脚を閉じた。

「いや、もちろんできないんだが、無理やりやらされた。でもおかげで前よりは脚が開くように なったんだぜ」

「でもちょっと痛そうですね。私は180度までは開かないですけど、開脚ならけっこうできます よ。ほら、これだけはできないとハイキック打てないですから」

 と言って一度閉じた脚を座ったまま開いた。確かに、そこだけはかなり開いている。

「でも、これに前屈とかが入るとまるでだめなんです」

 葵は少してらながら開脚をしたまま前屈をするが、腰はほとんど曲がらなかった。

「ほんとにハイキックだけの専用の関節だなあ、葵ちゃんは」

「一応柔軟はやってはいるんですけど、どうもハイキック打つ以外に必要と思えなくて……」

 綾香はポンと手をたたいた。

「なるほど、だから今まであんまり柔軟に力こめなかったんだ」

「なるほどって、俺には何のことかさっぱりわからんぞ」

 浩之が横で抗議の声をあげる。

「つまり、この努力家の葵が何で今まで柔軟に力を入れてこなかったかと言うと、努力して得られる 結果がないと思ったからよ」

「そんな、努力家だなんて……」

 葵はそっちの言葉でてれているようだ。

「葵、今まで大きな怪我とかしたことなかったわよねえ?」

「はい、おかげさまで」

「だからどうしても柔軟の重要性がわかんなかったのかもねえ」

「……なるほどな」

 浩之も葵が何故柔軟をしていなかったのか分かってきた。

 葵は、浩之もよく知っていることだが、非常に努力家だ。それにハイキックを見るかぎりでは、 練習しさえすればそれなりの柔軟性を得ることも可能だろう。しかし、葵の身体は硬い。

 簡単な話だ。葵は柔軟に必要性を見出せなかっただけなのだ。筋力を鍛えることや、スタミナを 増やすことは強くなるために必要だと思っても、柔軟にそういう部分を見つけられなかったのだ。

 しかし、なら簡単な話である。

「葵ちゃん、柔軟はすごく大切だから、今度からするようにしたらいい。身体がやわらかくなった ら、もう一段階レベルアップすると思ってもいいぐらいだよ」

「は、はい、分かりました。今日からやります!」

 葵は努力家でもあり、そしてバカがつくぐらい素直な性格でもある。ここで尊敬する浩之に 重要だと言われれば、それを素直に受け入れ、おそらく努力してそれを身につけるだろうことは 疑いようもないことだ。

「よし、よく言った。じゃあこれから股裂きだ!」

「はいっ! ……て、ええっ!」

 葵は元気よく返事はしたものの、その言葉の意味を理解してあわてて浩之から逃げる。

「セ、センパイ、いきなりそれはちょっと……」

「善は急げって言うだろ」

「でも、ほら、いきなりやると痛めたりしますし……」

 ジリジリと距離をつめる浩之に対して、葵もそれと同じスピードで後ろに下がる。

「それとも今さっきの返事は嘘だったのかな?」

「そ、そういうわけじゃないんですけど……」

 そう言われて動きの止まったのを見て、浩之はゆっくりと葵に近づく。

「ほら、脚開いて」

「こ、恐いですセンパイ……」

 おびえる葵に近づいていく浩之だが、次の瞬間ゴンッと後頭部をたたかれた。

「何趣味の悪いことしてるのよ、浩之」

 地面につっぷした浩之を綾香はちょんちょんとつっつく。反応はない。

「あ、綾香さん、恐かったです」

 葵は浩之を避けるようにして綾香の後ろに隠れる。

「セリフだけ聞いてるとどう見ても怪しいことしてるようにしか聞こえないわよ」

 まだ浩之の反応はない。相変わらず地面につっぷしたままピクリとも動かないようだ。

「あの〜、綾香さん。後頭部、殴りませんでした?」

「大丈夫大丈夫、浩之はこれぐらいじゃ死なないって」

 しかし、それでも浩之に反応はない。

「もしも〜し、浩之、生きてる?」

「……人を殺す気か!」

 浩之は後頭部を押さえながら立ちあがった。

「殺す気も何も、浩之が変態毛出すからかわいい後輩助けただけじゃない」

「い〜や、今のは絶対殺す気だった。俺にはわかる!」

 その真剣な浩之の表情を見て、綾香はプッと吹き出した。

「ふふふ、ほんと、浩之って……」

「お、おい、綾香?」

 どこかいつもと違う綾香に、浩之だけでなく、葵も不思議そうな顔をした。

「綾香、頭でも打ったか?」

「ほんと……」

 その言葉に呼応するかのように、綾香は正拳を放った。切れはまったく衰えた様子もなく、浩之 は寸前のところでガ―ドするのが精一杯だった。

 もちろん、筋肉痛で痛む身体は悲鳴をあげるが、綾香はそんなことおかまいなしのようだ。

「ほんと、バカねぇ」

 綾香は、嬉しそうに笑った。

 

続く

 

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