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最強格闘王女伝説綾香

 

一章・始動(50)

 

 綾香は浩之と2人きりで、土手の草むらの上に座っていた。

「ああ、いい汗かいた」

 そう言いながら、綾香は汗ばんだシャツの胸元をつまんで、パタパタと動かす。

「おいおい、綾香。お前恥ずかしくないのか?」

 その仕草に横に座っている浩之は赤面した。

「何よ、このぐらい見慣れてるじゃない」

「誤解をまねくようないい方はやめて欲しいんだがな」

「あ、今変な想像したでしょ」

 綾香は、してやったりと言わんばかりに、にやぁと笑った。

「してねえよ」

 浩之は目をそらしてぶっきらぼうに言った。あながち間違いでもないのが悲しいところだが。

「ま、浩之も健全な高校生の男の子だから、こんなかわいい女の子が横に座ってたらエッチな ことの一つや二つぐらい考えるわよねえ」

「……自分で言うか、普通?」

 自分で自分のことをかわいいと言っておきながら、綾香にはまったくてれもなかった。それだけの 絶対の自信が、自分にあるのだ。それに、今は浩之をからかって楽しんでいるところ、恥ずかしがる のは浩之であって自分ではないと思っているのだ。

 綾香は、さらにからかっているのかずいと顔を近づける。

「それとも何、私かわいくない?」

 バランスの取れた身体、整った顔立ち、長いやわらかそうな髪、そして、光り輝いているその 表情。どれを取っても、まさに一級品の綾香。

「……ああ、お前はかわいいよ、それは認めてやる」

 からかわれていることを知っていても、浩之は冗談でも綾香に「かわいくない」とは 言えなかった。

 むしろ、そう言えない理由は、浩之自身にあるのかもしれなかったが。

「ほら、やっぱりそうじゃない」

 綾香は、んふふっ、と浩之を笑った。

「浩之もかっこいいよ」

「なっ!」

 二の次のつげない浩之に綾香は満面の笑みを浮かべたが、何故か浩之に顔を近づけた ままだった。

「……」

「……」

 しばらく2人は無言で見詰め合い、浩之が何もしないのを見て綾香はため息をついた。

「……ここは、男の方からキスするべきじゃない?」

「何の話してやがる!」

 浩之は、自分にもたれかかるように身体をあずけていた綾香を、押し返した。正直に言うと、 汗ばんだ綾香の身体は非常に刺激的過ぎて、これ以上このままでいると理性を保てそうになかった からだ。

「ふん、せっかくいい雰囲気だと思ったのに」

 何故かだだをこねる綾香に、浩之はただ黙ってやられるわけもなかった。

「どこがだ。だいたい、キスなんかしようもんなら、お前手加減なしに暴力ふるってくるに きまってるだろうが」

 浩之の言うことはかなり真実に近いようにも思えた。実際、冗談で葵にそういう仕草をしようと しただけで、今まで張り倒されたことも何度もある。その半分は葵本人にやられたものではあるが。

「葵ちゃんに冗談としてやったことで、何度死ぬような目にあったことか」

「浩之が鼻の下のばして葵に悪戯しようとするからでしょ」

「……おっしゃる通りで」

 そのまま見事に言い返されてしまったので、浩之は素直に自分の負けを認めた。

「……それに、私にするんなら、わざわざ蹴飛ばしたりしないわよ」

「へ?」

「葵になんか手を出すからそういうことに……」

 綾香は、珍しく口の中で何かぶつぶつと言っている。

「綾香、それって……」

「何よ?」

 綾香は、いつも自信で満ち溢れている。例えそれが少し恥ずかしかったとしても、その自信は 揺らがないし、まして言葉を濁すことなどしない。

「……」

「……」

「……えーと、そら、あれだ」

「何気後れしてるのよ」

 ゴインッ

 赤面した綾香に、浩之は後頭部から殴られて地面に突っ伏した。もしかしたら、それがてれてる 綾香の行動なのかもしれない。

「で、何?」

「……いえ、何でもございません」

 浩之は後頭部を押さえながらのろのろと頭をあげる。

「いいから、続きを言いなさいよ。それとも、もう一回殴られたい?」

「……何で俺が脅されるんだ」

「私から言うのが恥ずかしいからにきまってるでしょ」

 そう言うと、綾香は立ちあがってゆっくりと土手を下りていく。浩之は仕方なく、頭を押さえた まま立ちあがってその後を追った。

「ったく、恥ずかしいぐらいで人の後頭部ぽんぽん殴るなよな」

「だって、浩之って頑丈そうじゃない。実際頑丈じゃない、私のパンチ後頭部に受けても平気で 動けるんだし」

 当然本気で後頭部を殴られれば、その後生きているかどうかさえ怪しいところではあるが。

「それに、言っちゃうと何か興がないじゃない?」

「興って……そういう問題は関係なく、俺を殴ってないか」

「それはもちろん関係ないわよ」

「こいつ……」

 浩之は、ガバッと綾香に後ろからタックルをかけた、と言うよりも、抱きすくめた。

 実は、冷や汗モノだったのだが、綾香は反撃してくる様子もなかった。

「今私汗かいてるわよ」

「気にするな。俺も筋肉痛が悲鳴あげてるよ」

「全然関係ないじゃない」

 そしてしばらく、綾香を後ろから抱きすくめた格好のまま止まっていた浩之だが、何とか次の 言葉をひねり出した。

「……殴らないんだな」

「言ったじゃない、私にやるんだったら何も言わないって」

 そう言うと、綾香はスルッと浩之の腕の中で半回転した。

「でも、女の子を後ろから襲うのはあんまり誉められないわよ」

「ぬかせ、こっちは命がけだったんだぜ」

 そう言うと、浩之は不意打ちに綾香の唇に軽くキスをした。ほんの少し、唇が触れる程度だが、 それだけでも綾香のほほがパッと赤くなる。

「お、綾香ほほ真っ赤」

「何言ってるのよ、浩之なんて顔ごと真っ赤よ」

 今度は、やはり不意打ちのように、綾香の方からキスをした。少し時間をかけて、ゆっくり。

 唇が離れるのに合わせるように、綾香と浩之は離れた。

「あはっ」

 綾香は、嬉しそうにくるくるとその場で回った。そして、ぴたりと止まって、少し神妙な顔で 浩之を見た。

「実わね、この数日間、すごく嫌だったの。家でじっとしてないといけないし、浩之も1回しか 来てくれないし」

「悪かったな」

「ま、いいわよ。だから今日はちょっといつもより色々はりきっちゃったわよ」

 そう言うと、綾香は人差し指で唇を押さえた。

「ごちそうさま」

 何とも言えない含みのある表情でそう言うと、綾香は浩之に手をふった。

「じゃ、今日は帰るから。浩之、また明日ね」

「ああ、気をつけて帰れ……ってお前にそんな言葉は必要ないな」

「まね、じゃ、ばいば〜い」

「じゃあな」

 歩き出した綾香は、ふと思い出したように浩之の方に振り返った。

「浩之、エクストリーム、がんばろうね」

「まかせとけよ」

「そういう言葉は私に勝てるようになってから言うことね」

 綾香はそう皮肉を言ってから、今度こそ浩之に背を向けて歩き出した。

 ま、始まったばっかだから、浩之が私に勝てるなんてまだまだ先の話だけどね。

 そう思って、綾香は一人小さく笑った。

 

一章・終り

 

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