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最強格闘王女伝説綾香

 

二章・修練(2)

 

 パンッ

 浩之は、まるで拍子でも取るように手をたたきながら、綾香に右のミドルキックを打つ。

 技術は綾香と比べれば、まったく相手にはならないほど劣っているが、リーチの長さだけで 言えば浩之の方が長い。距離さえ取れば、一応は先制攻撃も可能なのだ。

 しかし、普通に打ったのでは当然避けられたり流されたりするのは目に見えている。

 ここからが、浩之の作戦だった。

 そのミドルキックは、ギリギリで綾香には届かない。そういう一撃なのだ。

 綾香は、それを見切ってそのミドルキックには手を出さず、蹴りは空を切った。もちろん 綾香なら受け流すのは簡単だろうが、蹴りには重量がかかる。遠くからふりのついた蹴りに手を 出すことはしないだろうと、浩之は読んだ。

 そして、浩之としても、そのミドルキックは、見せ技でしかないのだ。

 パンッ

 またリズムを取るように、浩之は手を叩きながら、そのミドルキックのふりをそのまま回転力に 変えて、左の後ろ回し蹴りを放つ。

 これは綾香に届く距離。しかも、踏みこむにはまだ遠い距離。

 これは綾香がまだ後ろに下がってよける距離、そう読んだ通り、綾香は一歩下がって距離を 取る。

 ただし、この二つは当てる気のない打撃だというのは綾香には読まれるはずだ。すぐに一歩 踏みこんで、バランスを崩した浩之に反撃してくるのまでは読めていた。

 ダンッ

 浩之は床に手をついて、後ろ蹴りを放ち、一歩踏みこもうとする綾香を牽制する。

 その数瞬の隙をついて、浩之は素早く立ちあがり、振り向きざまに大きく踏みこむ。

 ダンッ!

 大きな踏みこみの音が、部屋の中に響いた。

 踏みこみと同時に突き出した右ストレートを、綾香は横に避ける。と同時に打ちこんできた 左ジャブを、浩之は読んでガードした。

 ここっ!

 浩之は、右脚を上げた。前蹴りに移行するモーションだ。綾香はそれに反応するようにガード のために腕を動かす。もうフェイントには付き合わないつもりなのだ。次は確実に威力もスピードも 高い打撃を打ってくるはずだった。

 浩之の読みは、完全にあたっていた。少しの読み違いもなく、事が進んだ。

 浩之の脚が、ほんの判瞬、動きを止めた。

 浩之の前蹴りを受け流して反撃を狙っていた綾香の腕が、空を切った。

「っ!」

 綾香の表情に一瞬驚きの表情が浮かぶ。

 ドンッ!

 綾香はガ−ドごしではあったが、浩之の前蹴りの直撃を受けて、後ろに飛んだ。浩之にも、今の 打撃が綾香にダメージを与えたことが理解できた。

 浩之は、ここぞとばかりに、綾香に追い討ちをかける。この、自分の読みと作戦によって 生まれたチャンスを他に置いて、綾香に対抗できる時間はないと理解していたからだ。

 ワンツーからの右ひざ、左ひじから裏拳につなげ、次は右、左の順のワンツーから右ひじ、 左右のワンツー、左ひざ、右ストレート。

 浩之が、何度も練習したラッシュのパターンだ。一応左右の順に打つことによって効率は よくしてはあるが、これだけのラッシュはとっさには打てない。何度も練習して身体に動きを覚えさせ るしかないのだ。

 身体が覚えてしまえば、ラッシュは大きな効果を生む。これだけの連打を対応するのは まず不可能のはずだ。それを分かっているから、浩之はラッシュを考えて、練習していたのだ。

 だが、綾香はその連打に対応するという荒業を、難なくやってのけた。

 後ろに素早く後退しながら、避け、受け、かわしながら、浩之のラッシュをさばいていく。 まったく今さっきのダメージでパニックを受けた様子はなかった。むしろ、今の方が冷静でさえ あった。

 駄目だ、ラッシュ自体を読まれている。

 浩之は遅まきながら、すぐに自分の作戦がここに来て何の意味もなさないことに気がついた。

 綾香の前で何度も練習している動きだ、綾香動きを覚えられていても不思議ではなかった。 しかし、浩之はさすがにラッシュの動きをとっさに変えることはできなかった。

 もし変えることができたとしても、どうしても動きがぎこちなくなり、絶対に隙を作ってしまう。 そうなれば、綾香の思うつぼだ。

 しかし、ここで手を休めるわけにはいかなかった。手を止めれば、次に待つのは綾香の強烈 な反撃なのは明らかだった。

 威力のない打撃ならば、当然軽くはじかれて、反撃されるだろうし、スピードを落せばカウンター の餌食だ。読まれていると分かっていても、浩之はラッシュを続ける以外の手がないのだ。

 このままでは、すぐにスタミナが切れる。

 そう浩之が考えたときには、もう綾香は待ってくれていなかった。

 浩之のワンツーを避けながらしゃがみ、水平蹴りで浩之の脚を払う。

 浩之は倒れながらも、何とか綾香から距離を取って体勢を立てなおそうとしたのは、ある意味 かなりよくやった方だろう。

 もちろん、そんなことを綾香が許してくれるわけがなかった。

 受け身を取りながら、浩之が距離を取ろうとする前に、綾香のサッカーキックが倒れた浩之を 襲った。

 バシィッ!

 とっさに腕でガードはしたが、腕がしばらくは使い物にならないだろうほどのダメージを受けて、 浩之は思わず「ぐっ!」と声をもらした。

 パパンッ

 それでも何とかもう片方の手をついて半身を起こした浩之の顔面を、綾香のワンツーが襲った。

 バシィンッ!

 なすすべもなくパンチを食らいながらも立ちあがった浩之の側頭部を、綾香の上段回し蹴りが とらえた。ぎりぎりガードしたが、直撃を免れた程度で、気休めにもならなかった。

 綾香は返す刀で浩之の肝臓のあたりにボディーブローを入れる。もうダメージの受けすぎで 反応速度も落ちてしまった浩之は、直撃を受けることとなった。

 内臓が飛び出すのではないかという衝撃が身体中をかけめぐり、浩之は奇跡的に倒れなかったが、 動きを止めた。

 浩之の目に写ったのは、自分の前で腰を落す綾香の姿だった。

 ……ズドンッ!

 一瞬のタイムラグの後、浩之は綾香の下から身体ごと突き上げる掌打のアッパーを受けて、 宙を飛んだ。

 

続く

 

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