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最強格闘王女伝説綾香

 

二章・修練(3)

 

 浩之は、自分の頭が何か柔らかい物の上にのっかっているのに気付いた。

 何だこれは?

 とりあえず手でさわってみると、すべすべした暖かいものだった。ちょっと力を入れてやると、 ふにふにと柔らかい。

 ガインッ!

 頭に走った鈍い激痛に、浩之はたまらず頭を上げた。

「ってえな、何しやがる!」

「それはこっちのセリフよ」

 浩之の横には、冷たい床の上に腰を下ろした綾香がいた。

 浩之はきょろきょろとあたりを見回して、自分の状況を把握しようとした。

「えーと、綾香に連れ去られて監禁されていたんだっけか?」

「殴るわよ」

 綾香が笑顔でそう答えたので、浩之はあわてて自分の命の安全のためにふざけるのをやめた。

「またKOされちまったか」

「ほんと、よくもまあKOされ続けてもあきないわねえ。もしかしてマゾ?」

「勘弁してくれよ。だいたい、それを言うなら気絶してるやつの頭普通殴るか?」

 KOされたダメージも確かにかなりあるが、起こされるときにやられたやつの方が今ははるかに 痛い。

「私としては殺す気だったのよ」

「おいおい」

「浩之がいきなりふとももさすったりもんだりするからじゃない」

「なるほど、あれは綾香のふとももか、どうりで……」

 ほめようがけなそうがこれ以上言えば鉄拳は間違いなさそうだったので、浩之は口を押さえた。

「人がせっかくひざ枕をしてあげたのに、チカンに走るとはいい度胸ね」

「まあ待て、こっちにも言い分がある」

 浩之はしごくまじめに答えた。

「綾香のひざ枕がなかったら、何のためにKOなんかされなきゃならんのだ!」

「まじめに言いうことじゃないと思うけど」

 あきれ返っている綾香を置いていくように浩之は力説した。

「いーや、これだけは譲れんな。美少女にひざ枕をしてもらうのは男の夢なんだ」

「いっつもしてあげてるじゃない。安い夢ねえ」

「安いと言うな安いと。だいたい、今日びひざ枕なんかしてくれる女の子がどこにいると 言うんだ」

「浩之が頼めばやってくれそうな人は沢山いそうだけど」

 綾香の横目の皮肉に、浩之は力説していた言葉をとめ、しばらく考えこんだ。

「……思い当たるふしがあるようね」

「ま、まあ待て。今まで頼んだことがあるのは綾香にだけだから、本当のところは分からない…… って何故拳を握り締める!」

 浩之はあたふたと逃げようとしたが、ダメージが残っていて逃げることもままならないよう だった。

「いいわよねえ、もてる人は」

 浩之と綾香は付き合っているわけではないが、半分告白しているような微妙な関係だった。 しかし、それでも綾香は何かと言うと浩之を束縛しておきたいのだ。

 自分が浩之一筋なのは自信があるが、浩之のまわりには、自分ほどでなくとも、魅力的な女の子 は沢山いた。下手に気を抜けば、取られる可能性だってあるのだ。

 綾香がこうなると、浩之には選択肢は二つしかない。決死の覚悟で逃げるか、死を覚悟しても 綾香に反対に甘えて機嫌を取るか。

 どちらにしろ身の危険がなくなることがないのが悲しいところではあるが、そうも言っては いられない状況というものが、まさに今だったりするのだ。

 浩之は、今回は逃げられないと判断して、甘えることにした。

 まだ座ったままの綾香のふとももの上に頭を置いた。完全にまな板の上の鯉状態だが、 あんまり悪い気はしないのも確かだ。

「何、観念したの?」

「ああ、やられるならせめて綾香のふとももの上でやられたい」

 しかし、その柔らかいふとももに頭を乗せていると、このままやられてもいいかなと本当に 少しおもってしまったりもしていたりする。

「というか、ほんとにまだダメージが残っててろくに動けねえんだが……」

「まったく、いいわよ、もうちょっとそうしときなさいよ」

 綾香は少しどこかうれしそうにため息をついた。

 そして、自分のふとももの上にある浩之の髪を、ゆっくりとなでる。浩之はちょっとくすぐったい 気もしたが、これは綾香が完全に機嫌を治した証拠だ。

「にしても、浩之、あんな技、ううん、戦略どこで覚えたの?」

「何のことだ?」

 とぼけようとした浩之だったが、綾香は完全に気付いているようだった。

「私に前蹴りを当てるまでの経過よ」

「さすがは綾香。てか俺の必殺技をそんなに簡単に気がつくか?」

「まあね。あれをいきなりやられると、けっこう危なかったわよ。別に油断してたわけじゃない けど、あれは初めてやられた相手は戸惑うでしょうね」

 しかし、初めてやられたはずの綾香はとっさにはあってでも、防御はできているのだが、それは 綾香だからこそと言うしかあるまい。

「『リズムのズレ』とでも言ったらいいかな」

「ま、名前はどうでもいいや。綾香にも初めて使ったわりにはそれできめれなかったしな」

「当然じゃない、私はエクストリームチャンプよ。知らない技の一つや二つでやられてたんじゃあ、 話にならないわよ」

 もっともな意見に聞こえなくもないが、綾香にはそれだけの自信と実績がある。ついさっきも 浩之にとっては必殺技であった攻撃も少しはダメージをあてたかもしれないが、倒すことはできな かった。

「でも、面白いと思うわよ、あの攻撃は。その後にラッシュを持ってきたのはいただけないけど。 だいたいあのラッシュはひじを使ってるからエクストリームでは使えないって前も言ったじゃない」

「いや、綾香が倒せればいいかなと」

「無理よ、私は何度もアレを見てるもの。せっかく初めての技でかく乱しても、次に読める攻撃 してきたんじゃあ意味がないわよ」

「やってみるまではそうは思わなかったんだが、やってみると、やっぱだめだな」

「ね? まあ、あの戦略自体は、悪くないところに目をつけてると思うわよ」

 そんなに格闘技の経験年数の長くない浩之が、そこに目をつけるとは、なかなか綾香でも考えて いなかったのだ。

「まさか最初は私だってあの拍子に意味があるとは思わなかったわよ」

 

続く

 

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