作品選択に戻る

最強格闘王女伝説綾香

 

二章・修練(4)

 

「でも、綾香でもひっかかったろ?」

「そう言われると何かむかつくけどね」

 綾香はそう言ってぐしゃぐしゃと浩之の髪をなでる。

「わっ、やめろよな。朝1分で済ますセットが崩れる」

「気にしない気にしない、朝1分って……そんなに短い時間でセットするの?」

「ま、男なんてそんなもんだろ」

 最近はそうとも言いきれないような気もしないでもないが、浩之も朝の貴重な時間をたかが髪の セットにまわす気はこれっぽっちもなかった。

「もっとお洒落に気をつかってもいいんじゃない?」

「面倒だぜ、そんなこと。それに綾香と一緒で素材がいいから、どんな格好しても似合うんだよ」

「自分のことを誉められると微妙に突っ込めないわね。でも私もちゃんとお洒落はしてるのよ。 自分のためにも、誰かさんのためにも」

「そいつはうれしいねえ」

「誰が浩之のためって言ったのよ」

 半眼の綾香に、浩之は平然と答えた。

「前後の会話とこの状況」

「否定はしないわ。で、あんなものどこで覚えたの?」

「1分セットの極意か?」

「違うわよ。さっきのリズムのずらしよ」

 このままいちゃいちゃしておきたかった浩之としてはちょっと残念だが、仕方なく話を戻した。

「綾香には、前にプロレスラーの由香の話をしたろ?」

「何、浮気?」

「……やり返しやがったな」

 綾香はにんまりと笑った。

「ま、一応はね。浩之が一撃で倒されて、葵も押され気味だったって話ね」

「いや、確かにそうなんだが、そう言われるとちょっとプライドが傷つくんだが……」

 綾香はカラカラと笑った。

「気にしない気にしない、女の子に負けるぐらいいつものことじゃない。ついさっきもKOされた ばっかりでしょ?」

「うう、それを言われると何も言い返せない……」

 浩之は胸を押さえる格好をしてついでに綾香のふとももに顔をすりつけた。

「……浩之、あんまりやってると殴るわよ」

「はい、もうしません」

 浩之は素直にあやまって動きを止めた。ついつい調子に乗ってしまったが、自分が今生死の境に ひざまくらをしてもらっていることを忘れたわけではないのだ。

「で、あの由香だが、よくよく考えてみると、打撃にリズムがなかったんだ」

「リズム、ね」

 普通はリズムのない打撃は、威力も上がらないし、コンビネーションとして使い物にならない もので、あまり役にたたないものだ。

「打撃には全然スピードがなかったが、葵ちゃんが避けずらそうにしてたのは当然なんだ。ダメージ を気にせずに攻撃してくる部分も確かに怖かったが、本当にやっかいだったのはそこじゃない。 攻撃が、単発単発だったってことだ」

「普通なら単発の打撃なんてそんなに怖くはないんだけどね」

「ああ、綾香だってほとんど一撃で決めれる試合なんてないだろ。やっぱり、打撃は連打してこそ のものだ。単発の一撃より、リズムある連打の方が強いのは当然だが、由香はそれを逆手に取ってた。 攻撃に、リズムがないんだ」

「リズムがあるのはいいけど、さっきの浩之のラッシュじゃないけど、見切られちゃうものね」

「まったく」

 浩之はさっきまったく役にたたなかったラッシュを思い出して苦笑した。

「攻撃にリズムがないと連打にはならない。だが、反対にそのリズムさえつかめれば、相手の攻撃の タイミングを取れるようになるから、避けやすい」

「さっきのラッシュみたいにね」

「何度も言うなよな。由香には、その読まれるリズムがなかった。だから葵ちゃんは苦戦したんだ。 俺もそれを真似ようとはしてみたんだが、さすがにいきなりそれは無理だ。だから、反対にリズムを 読ませることにしたんだ。発想の転換ってやつだな」

「で、浩之はわざとリズムを作ったってわけね」

「そういうことだ。同じリズムで手をたたきながら、同じリズムで攻撃する。綾香なら反対にリズム を簡単に読んでくると思ったからな。で、綾香にリズムを読ませてから、ほんのちょっと、ほんの半瞬 打撃を遅らせる」

「今回のは私もひっかかるかと思ったわ。実際きまりかけたしね」

「ああ、せっかく綾香に一泡ふかせれるかと思ったんだが、まあ問題は、綾香はそれでも反応 できたことなんだよなあ」

「でも、あれがいつも使えればかなり怖いわよ。いくら分かっていても、それとは勝手に体は 反応しちゃうこともあるしね」

「あ、そりゃ無理だ」

 浩之はひざまくらをしてもらった格好のまま手をひらひらさせた。

「一度リズムを取ると、自分でもそのリズムに飲み込まれて、なかなかリズムからずれた攻撃は できねえよ。さっきの前蹴りだって、かなり練習したんだぜ」

「ま、そりゃそうよね。かなり有効なフェイントだけど、なかなか使い手がいないのは当然難しい からに他ならないもんね」

「綾香はどうなんだ?」

「私? やればやれないこともないけど、あんまりやりたくないわね。どうしても打撃の威力や スピードは落ちちゃうし、私のファイトスタイルは、基本的には連打とフェイントで押し切るタイプ だから」

 綾香は天才だが、当然得意とする分野がある。いくらそれが有利だとわかっていても、それを することによって起こるリスクを考えると、手を出さないこともあるのだ。

「浩之も気をつけた方がいいわよ。基本的には打撃は練習しただけしか強くならないから、その リズムから外れると、ダメージもスピードも格段に落ちるから。それにそのリズムを外すリズムを 体に覚えこませれば、当然外したリズムが今度はリズムになって、対策をねられれば一発で使い物に ならなくなるしね」

「やっぱりあんまり使えねえか……」

「目の付け所はよかったけど、残念ねえ」

「仕方ない、今日はこの綾香の膝枕でよしとするか」

 すりすり

 これだけでもやはりまんざらでもない気のする浩之だった。

「だからすりつけないでって言ってるでしょ。殴るわよ」

「俺の意思とは反対に体が勝手に……」

 すりすり

「じゃあ私も勝手に拳が」

 ゴインッ!

 結局その一撃で、もうしばらく浩之は綾香の膝枕のお世話になることができたのだった。

 

続く

 

前のページに戻る

次のページに進む