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最強格闘王女伝説綾香

 

二章・修練(5)

 

 ズバンッ!

 今日も神社からは大きな打撃音が響いていた。

 言わずと知れた葵のサンドバックを蹴る音だ。打撃だけでなく色々な練習もしている葵だが、 それでもこのサンドバックを打つ打撃練習はかかすず行っていた。

 浩之は、葵がサンドバックを蹴る姿を見ながら、ゆっくりと柔軟を続けていた。

 連打の練習のときはサンドバックを後ろで支える役が必要だが、今はただハイキックを練習して いるだけなので、浩之の助けは必要としなかった。

 ズバンッ!

 葵のその細く小さい身体から、これだけの力がどこから出てくるかやはり謎ではあった。綾香は ああ見えてもかなり均整の取れた筋肉質の体だし、上背も低い方ではないが、葵は本当に格闘技を やっていることが不思議なぐらい小さい。

 ズバンッ!

 しかし、その小さな身体から繰り出される打撃は、浩之程度なら一撃で沈めてしまうほどの 威力を誇るのだ。特に今練習しているハイキックと、そして一度しか見せたことがないが、必殺と 呼べる崩拳。

「いつ見ても綺麗だねえ、葵ちゃん」

 浩之はぼーとしながらあごをさすって言った。

「えっ?」

 葵の顔がカッと赤くなる。

「え、そんな、私なんて……」

「あ、いや、ハイキックのモーションだよ」

 浩之はすぐに葵の思い違いを訂正した。まあ、確かに葵が誤解するように言ったのは確かだが。

「あ、そうなんですか」

 葵はちょっと残念そうなそぶりもしたが、それでも誉められたのはうれしいようだった。

「スピードもあるし、打点も高いし、安定感もある。いいハイキックだよ、本当に」

「ありがとうございます、前も言いましたけど、ハイキックだけには自信があるんです」

 葵はそう言ってサンドバックを蹴った。

 ズバンッ!

 まさに快音とどろくと言うやつだった。打撃音は重く、歯切れもいい。パワーだけでなくスナップ も効いている証拠だ。

「ほんと、格闘技をやればやるほど分かってくるんだよな。葵ちゃんのハイキックのよさだとか、 綾香の強さだとか」

「そうですね、やっぱり見るとやるのじゃあ大きな違いがありますからねえ」

「いやまったく、きついとは思っていたが、これほどとはなあ。ってて!」

 浩之はアゴを押さえた。

「どうしたんですか、センパイ?」

 練習中にずっと浩之がアゴを押さえながらカクカクと動かしていたので、葵は不思議に 思って浩之に訊ねてみた。

「ああ、実は綾香を襲ったら返り討ちにあってな」

「え……」

 と、ここでまた葵の想像力が羽ばたきそうになったので浩之はあわてて言った。

「一度手合わせを頼んだんだよ。見事に返り討ちにあったけどな」

「あ、そうなんですか」

 葵は素直だが、だからと言うわけでもないだろうが少し冗談が通じない部分がある。おいそれと 冗談を言えないことを、浩之もよく忘れるのだ。

「それで、どうでした?」

「言った通り返り討ち。綾香も手加減すりゃいいのに、アゴに下から掌打だぜ。まったく、おかげで まだ痛いぜ」

 そう言いながら浩之はアゴをカクカクと動かした。

「あ、だが一応綾香を少しだけ驚かせるのに成功したぜ」

「驚かせるって、何をしたんですか?」

「フェイント」

「フェイント、ですか? 綾香さんにそう簡単にフェイントが決まるわけないと思うんですけど…… あ、別にセンパイがどうこうって言うんじゃあないんですけど」

 葵は、浩之の実力を低く言ったように思えて慌てて否定したが、それぐらいのことを浩之が気に するわけはなかった。むしろ、浩之は自分の実力をよく分かっているつもりだった。

「実際、普通のフェイントは綾香には効かないけどな」

 綾香が手加減しているときならまだしも、普通に対戦すれば、浩之程度のフェイントは、目で 見てさえ追いつかれてしまう。

 綾香の恐ろしいところは、並のフェイントには動体視力だけで反応しきるほどの能力を持ち ながら、冷静に状況を判断し、相手の動きを読んでくることにある。

 綾香にとっては、並の相手は詰め将棋よりも簡単な相手なのだ。

 確かに綾香の連打はすごい。だが、それを支えるのは、確かな勝負感と、反応速度、読み、 それらが一体となってこそのものなのだ。

「前、由香と葵ちゃんが対戦したろ?」

「あ、はい」

「あれから葵ちゃんと由香の対戦を何度も自分で考えてみたんだが、一つ由香の強い部分に気が ついたんだ」

「そうなんですか?」

 葵はそれを聞いて身を乗り出した。

 由香の強さは、葵は経験はしても、理解はできていないのだ。それが少しでもわかったと聞けば 当然身を乗り出しもするだろう。

「ああ、一応だけどな。葵ちゃん、由香の打撃は、そんなに速くもないのに避けにくくなかった か?」

「あ、はい。スピードはそんなにないはずなのに、避けるのはどうしてもギリギリになりました。 あのときは気押されてたのかなとか思ったんですけど」

 打撃のスピードの程度がわかるほどの実力ぐらいは葵にはある。だからこそ、余計に不思議で 仕方なかったはずだ。

「由香には打撃のリズムがなかったからだと俺は思うんだが」

「打撃にリズムですか? まあ、確かに単発がほとんどだったので、リズムがあるようには見え ませんでしたけど」

「いや、一応リズムはつけてたんだろうな。身体の動きとか、そういうもので。だから、その リズムからタイミングをずらして攻撃されると、避けにくいってわけだ」

「でも、リズムのない打撃は威力もスピードも落ちてしまいますし……」

 葵も打撃を練習してきた身だ。どれだけリズムが大切かをよく知っている。だからこそ葵には そのフェイントが有効に働いたのだろうが。

「由香はスピードはともかく、威力はリズムから外しても殺さないことができるんだろうな。 だからこそ、葵ちゃんがリズムがずれているのに気付かなかったんだろうけどな」

「言われても、あんまり実感がないです、やっぱりでも、そのリズムをずらすのは、綾香さんにも 有効だったんですか?」

「ああ、一応はな」

 そう言って浩之はアゴをさすった。

「そのお返しが、これってわけだ」

「あら、私はかなり手加減してあげたつもりなんだけど?」

 2人の後ろから、聞きなれた声がした。

 

続く

 

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