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最強格闘王女伝説綾香

 

二章・修練(6)

 

「あ、綾香さん!」

 突然後ろから声をかけられて、葵はびっくりしてその場から飛びのいた。だが、浩之の反応は かなり冷めていた。

「よう、綾香。後ろからとは、あんまり趣味がよくねえな」

「あら、浩之。驚かないんだ?」

 浩之は、突然後ろから声をかけられても、さして驚かなかった。もちろん気付いていたわけでは ない。むしろ、綾香が気配を消していたとして、それを自分が読める方が不自然だとさえ思っている。 つまりは、ある程度は予測していたのだ。

「噂話をしてたからな。筋肉痛にでもなって家で安静にしてでもないかぎりわいてくるだろ。それに 今日は暑いしな」

「人をボウフラか何かと一緒にしないで欲しいわね。手加減足りなかった?」

 そう言うと、綾香は掌打を下から突き上げる格好をしながらウインクを浩之に送った。

「ああ、全然足りねえよ。だいたい、単に組手をしてるだけなのに、何でKOする必要があるって 言うんだ」

「そうねえ……」

 綾香は、にんまりと笑って、葵の方に流し目を送る。

「人のふとももを心ゆくまでなでた上に、とても言葉じゃ言えないようなことをしたお返しって 所かしら?」

「そ、そうなんですか!?」

 葵が顔を真っ赤にして綾香に問いただす。普通に聞けば冗談ということぐらいは分かりそうな ものだが、相手が葵な上に、何故か葵は浩之が綾香に何かをしたと言うと、どんな冗談も本気で 捕らえてしまうのだ。

 しかし、それぐらいは綾香も分かっているはずだ。ようするに、これが昨日のひざまくら中の 浩之の無邪気とは言い難いふとももをさすったことに対する報復、というわけらしい。

 ……確か、その後に報復にもう一回KOされた記憶があるんだが。

 浩之は心の中でそう突っ込みたかったが、それをするにしても、先に葵だった。

「そ、そんな、センパイ、やっぱり綾香さんと……」

「ちょ、ちょっと待った葵ちゃん。いつもの綾香の嫌がらせだ。まじで取るなよ」

「あ、そうなんですか?」

 葵がそれを聞いて安心しようとしたが、そんな甘い気持ちが通じるほど、目の前の敵、まあ綾香の ことだが、甘い相手ではなかった。

「あら、口では言えないようなことしたのは本当じゃない」

「本当なのはふとももなでた方だ!」

「あら、そうだったっけ?」

 綾香は、にんまりと笑った。浩之は、綾香の表情を見て、3秒ほど考えてから、やっと自分の 失態に気付いた。だが、もちろん時すでに遅かった。

「ふ、ふとももをなでるなんて……やっぱり、あの、センパイ……」

「ま、待ってくれ、葵ちゃん!」

「見事に誘導尋問に引っかかったわね」

 にんまりと笑う綾香の顔が、浩之には鬼か悪魔に見えたことは言うまでもない。

「センパイの……」

 ザッ!

 浩之は、いいわけをして葵を落ちつかせる時間がないのを一瞬で判断し、回避体勢に入り、 葵は葵で、一瞬の間に攻撃体勢に入っていた。

「ヘンタイ〜ッ!」

 ブンッ!

 葵のハイキックを、浩之は横に飛びのくように避けた。もとから逃げる気なら、葵のハイキック でも、そうそう当たるつもりはなかった。が、このままでは自分の命が何度目、いや、何十度目の 危険にさらされるのは目に見えていたので、あわてていいわけをする。

「ほら、葵ちゃん。別にスケベな気持ちがあったとかそういうんじゃくて、えーと、あれだ、葵 ちゃんの脚をマッサージしたときだって触ってたじゃないか」

「それはそうですけど……」

 葵は、ちらっと綾香を見る。当然綾香はにんまりとして葵を見ていた。

「綾香さん、センパイが綾香さんのふとももさわったのって、マッサージだったんですか?」

「そうねえ……ひざまくらってやつかしら?」

「ひざまくら……」

「ま、待て綾香。何か余計誤解が大きくなっていきそうな……」

「やっぱり綾香さんとセンパイっってそういう関係……」

「あ〜、葵ちゃん。えーとだな、綾香にKOされて、気がつくと綾香にひざまくらをされててだな、 つまり不可抗力ってやつで……」

 浩之がそう説明すると、綾香はすかさず答えた。

「あら、最初の方はともかく、最後あたりはどう見てもわざとだったような気もするけど?」

「ひざまくら……」

 何故か葵はそれを聞いて何か考えているようだ。ちらちらと浩之の方を盗み見ている。

「……葵、もしかして浩之KOしたら自分もひざまくらできるとか考えてない?」

 ビクッ

「い、いえ、そんなことは考えてません、もちろん……」

 そう言いながら、葵が拳に力をこめるのを浩之は確かに見た。葵にひざまくらをしてもらう、 これはかなり美味しい気もするが、いかんせんそのためにはKOされなくてはならないという非常に 危険な誘惑だ。

 なおかつ、KOされた後に葵にひざまくらをしてもらったとして、その後綾香から何か されないという保証はどこにもない。どちらにしろ、選べという方が酷な条件だ。

「葵ちゃんにひざまくらをしてもらうのはすごく魅力的だけど、KOは勘弁してくれよ」

 浩之は笑ってそう言った。何としてもここは冗談で流してしまわなければ、危険すぎる。このさい 綾香に後から何か言われるのは覚悟していた。

「そんなことしませんよ、センパイ」

 ちょっと声が渇いているような気もしないでもなかったが、葵も笑いながらそう答える。このまま 行くと、自分が浩之をKOしようとするのは、葵にも分かっていたのだろう。

 予定調和を取り戻そうとしている二人を見て、綾香はちょっと残念そうな顔をしたが、冗談は 終らせるつもりのようだった。いくら綾香でも冗談で浩之を死の危険にさらせるのは気が引けたのか、 それとも飽きたのかは別だが。

「そうだ、綾香。昨日の俺のやったフェイント葵ちゃんに教えてやってくれよ」

 かなりわざとらしくはあったが、浩之は話を格闘技の方に持っていった。綾香はまだしも、葵は 格闘技の話になれば完全にそちらに注意が行くだろう。

 ただ、ここで自分が教えると言わなかったのは、やはり少し不安があったからに他なら なかった。

 もし葵が本気でKOするつもりなら……と思うとその役を綾香に譲るのも仕方のないことだ。

「まあ……一回ぐらいなら私にもやれるかな。葵、準備運動は終ってる?」

「あ、はい」

「だったら、一回体験してみるのがいいわね」

 そう言うと、綾香は鞄の中からウレタンナックルを取りだし、手につけた。

「じゃあ、昨日の浩之のやったこと、やって見せてあげるわ」

 

続く

 

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