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最強格闘王女伝説綾香

 

二章・修練(9)

 

「ほんとにすごいです、感動しました!」

「すごい」を連発する葵にちょっと引きながらも、綾香は今日ここに来た理由を思い出した。

 というより、暴走ぎみの葵を止めたかったから違う話題をふったと言った方が正解だが。

「そうそう、浩之。浩之って、エクストリームのルールよく分かってる?」

「エクストリームのルール? そういや、葵ちゃんに最初に会ったときに説明されたような記憶は あるが……なあ、葵ちゃん、そうだったよな」

 浩之も、葵の暴走を止めるべく、葵に話をふった。別に悪い気はしないのだが、そこまで尊敬 されると、浩之もさすがに照れる。それに、自分がそこまですごいことをしたのではないので、 何か居心地が悪かったのだ。

「あ、はい、確か、一度は説明したと思います。」

 葵は、すぐに話にのってきたので、綾香も浩之も胸をなでおろした。

「確かあのときは、部員獲得のために説明をしてたところですね」

「ああ、女の子のまわりに何か人だかりができてたんで、気になって見にいったんだよな」

「へー、浩之と葵のなれそめね〜。ちょっと興味あるわね」

 綾香としては、とりあえず目の前のライバルである、もちろんこの場合はエクストリームのこと ではなく浩之のことでだが、葵の情報を知っておいても悪くないと思った。

「なれそめってほどのもんでもねえけどな。昼にパンを買いに走ってるときに、人だかりができて たんで、覗いてみたってのが現実だな。葵ちゃんが一生懸命演説してたんだよな」

「はい、今考えるとちょっと恥ずかしいです……」

 そう言って、葵はちょっと顔を赤らめた。

「へ〜、葵が演説ねえ。どんな話してたの?」

「やめてくださいよ、綾香さん」

 葵は顔を赤くして綾香を止めたが、浩之は当然面白がって話を始めた。

「いや〜、かなり雄弁だったんだけどさ、葵ちゃんしゃべってる途中に自分の世界入っちゃって、 まわりの人が俺しかいなくなったの気付いてなかったんだよな」

「まあ、葵はよくまわりが見えなくなるわよね」

「センパイ〜」

「葵には色々逸話があるのよ、昔同じ道場に通ってたときのことなんだけど……」

「だから綾香さん、やめてくださいよ〜」

 葵はあわてて葵を止めているが、葵には悪いが浩之はかなり聞きたかった。

「ふんふん、それで?」

「……」

 葵は、もう止めることもやめて、赤い顔でうらめしそうに綾香と浩之を睨んでいる。

 綾香も、そろそろ葵をからかうのもかわいそうになって、浩之に軽く犠牲者になってもらう ことにした。

「残念、エッチな話じゃないわよ」

「ちっ、残念……って何を言わせるんだ!」

「センパイ……」

 当然、葵のうらめしそうな目は浩之に向かうのだが、それも自業自得なので仕方ないと言える だろう。

「もう、センパイひどいです!」

 浩之は、少し怒った葵をなだめる。

「いや、悪い悪い。葵ちゃんがこまる姿が可愛くてついつい……」

「えっ……」

「ほんとはからかうのはいけないんだろうけどなあ、どうしても可愛い葵ちゃんが見たくて、 ついつい意地悪しちまうんだ」

「そ、そんな、センパイ……」

 綾香は、さっきとは違う意味で顔を赤らめた。

 葵は良くも悪くも単純なので、納得してくれるだろうが、とりあえず自分を棚にあげて全て 浩之にまわした綾香を、半眼で睨む。

 もちろん、そんなことで動じるような綾香ではない。

「じゃあ、改めてエクストリームのルールは聞いてないのね?」

 平然と話を戻す綾香を睨みながらも、このまま話を続ければ葵の怒りは自分に来るのは分かって いたので、浩之もしぶしぶその話にのった。

「ああ、でも、一応は知ってるぜ」

「じゃあ、私に説明してみてよ」

「えーと、確か何でもあり」

「……大雑把すぎるわよ。そんなこと言うと、練習中に何でもありって言いながら金的狙うわよ」

 かなり危険な条件だが、浩之もそう簡単に引き下がるつこりはなかった。

「それを言うなら、何でもありってことは胸をさわったり、あんなことやこんなことしても……」

「やれたらね」

 おそらく、相手が綾香であろうと葵であろうと、まあ、坂下に対してはあまりそんな気も起き ないが、どちらにしろ浩之が五体満足で終ることはなかろう。

「センパイのエッチ……」

 葵は、恥ずかしがりながらもまんざらでもない顔をしているが、それで鼻の下を伸ばしでも したら、綾香に殴られるのは火を見るより明らかな話だ。

「バカなこと言ってないで、知らないなら知らないってはっきり言いなさいよ」

「いや、実際ある程度は知ってるんだぜ。ただ、細かい部分はあのとき葵ちゃんからも聞いた わけじゃないからなあ」

「だから、今日はそれを教えてあげようと思ってパンフレットも持ってきたわよ」

 そう言って、綾香はリュックの中から一冊のパンフレットを取り出した。

「まあ、点数のつけ方とか、そういう細かい部分はいいと思うけど、使える技、使えない技とか ははっきりしとかないとね。特に浩之は柔術習ってるから、エクストリームでは使えない殺人技とか 教えてもらうかもしれないからね」

「いや、さすがに殺人技はそう簡単には教えてくれんと思うが……」

 むしろ、教えてもらったとしても、どうせ浩之には肉体的にまず使えない技ばかりだろう。

「例えば、浩之が練習してたラッシュの中に入れてたひじがまず禁止ね。ひじは危険だし、すぐに 肌を切っちゃうから、レフェリーストップがかかっちゃうしね。テレビで放映するためには、すぐに レフェリーストップがかかるような技は使えないしね」

「……なあ、確か倒れた相手に対する打撃も禁止じゃなかったのか?」

「そうだけど、それがどうかしたの?」

 浩之は、顔をひくつかせながら言った。

「確か昨日の組み手で、倒れた俺を蹴ったりなぐったりしなかったか?」

「……そうだったっけ?」

 綾香はてへっと笑ってごまかしたが、そんなことでごまかせるようなものではない。

「てめえエクストリームチャンプなら、エクストリームのルールぐらい守りやがれ!」

「何よ、ちゃんと金的と目潰し以外何でもありって言ったじゃない。だから浩之のひじだって 許してあげてたじゃない。だいたいもしひじが顔にあたったらどうするのよ。顔に傷がついたら 責任取ってくれるの?」

「綾香に俺のひじがあたるわけねえだろ。だいたい格闘技やってるんなら顔の傷ぐらい覚悟して るだろうが。俺に対するあてつけのためだけに……」

 葵がおろおろするのを横目に、綾香と浩之はしばらく言い合いを続けた。だいたいの場合は 綾香の勝ちで決着がつくのだが、浩之も負けてはいない。

 そうして、エクストリームのルールを話し終える前に、日は暮れていくのであった。

 

続く

 

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