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最強格闘王女伝説綾香

 

一章・始動(13)

 

「そもそも、強い打撃技というのは何だと思うかね?」

「それは……やはり何度も練習した技です」

「そう、その通り」

 老師は、葵がそれぐらいは答えれるものだと十分に理解しているようだ。

「だが、一概にそれを言うことはできない。いくら直突きの練習をしたからと言っても、キックの 方がリーチが長い。同じ練習量ならば、キックの方が強くなる」

「でも、実際には懐に入ることもありますし、技の相性や、練習量にも色々差がありますから…… やはりどれが一番強いかなんて言えません」

 単純に強い技など実際には存在しないのだ。誰でも使えれば必殺技などという簡単なものでは ない。身を削って練習してきた技が、例えどんなに効率の悪い技でも必殺技となるのだ。

 それを葵は痛いはど理解している。だからこそ、同じ練習を何度も何度も繰り返して、一つでも 多くの技を『必殺技』にしようと努力しているのだ。

「松原君には説明の必要がないかもしれないがね、君が言う通り、技には相性もあれば、同じだけ 訓練しているということもない。懐にまったく入れなくすることも難しいし、懐に入るのも難しい。 強い技というものは現実にはない」

「形意拳には、それがあるのですか?」

 葵の知りたいのはその部分だ。前後の話からすると、それが「高等」という言葉の意味なのだ ろうが、葵にはそれが何のことなのか分からなかった。

「形意拳の理論としては……ある。それを実戦に活用できるかは別として、そのための鍛錬をやって いるからね。形意拳は確かに実戦のための拳法であり、日本の空手とは比べ物にならないほど実戦を 経験してきたが、下手をすると目指す場所は空手よりもよほど理想論の部分があるかもしれない。 だからこそ、それを体得していない者にとっては、無意味な鍛錬に見えるだろうね」

 筋トレもしなければ、ジョギングもしない。柔軟はいくらかするものの、それもそう多くはない。 やることは同じ技をずっと続けることだけ。むしろ、空手や他の格闘技を練習してきた者にとっては、 無意味にさえ見える練習だ。

「しかし、ちゃんとした訓練であれば、それは確かに実を結ぶ。崩拳もその一つに過ぎない。最終 的に目指している場所は、はるか高み。一撃必倒、それだけだ」

「一撃必倒……」

 何と魅力的な言葉だろうか。格闘技の世界を知っている葵でさえ、その魅力には抗えないものを 感じる。当然だ、格闘家で、それを目指さなかった者は誰一人としていないだろうから。

「高等な技、というのは、その前段階の技だ」

「一撃必倒の前段階ということは……当てれば必ず倒せるってことですか、それとも、必ず当てる ことができることですか?」

「さすが松原君はよく分かってるね。そう、一撃必倒に必要なのは、必ず倒せる一撃と、必ず 当てれる一撃だ。それが重なれば、一撃必倒は絵空事ではなくなる。崩拳はどちらかと言えば前者、 必ず倒せる一撃を育てる」

「はい、分かります」

 崩拳を、おそらく不完全とは言え、一度は打ったことのある葵には分かった。当てれば立つこと を許さない、一撃必殺の打撃。タフで通っている上に、ダメージのなかった坂下が、胸の一撃でKO されるほどの打撃だ。普通の空手から考えれば、無茶もいいところである。

「高等な技というのは、次の段階。必ず相手に打撃を当てるための鍛錬だ。構えなさい」

 老師に言われて、葵は何度も練習した型になる。そして老師は、その前に何も構えを取らずに 立った。

「松原君、君はその構えから私を突けるかい?」

「はい、距離は丁度いいです」

「では……これでは?」

 と言って老師は2歩後ろに下がる。

「遠いですが、一歩遠くに踏み込めば当てれます」

「ではこれは?」

 老師は突き出している腕よりも中に入ってきた。

「後ろに下がらない限り、拳は当てれません」

 崩拳は一歩前に出ないと出せない。この状況では、崩拳は封じられたも同然だ。

「では、後ろに下がる以外で、どうやったら当てれる?」

「それは、フックかアッパーなら何とか。ひじでも当てれます。ただ、崩拳は当てれないです。 崩拳を打つためには、距離を取らないと」

「松原君は距離を取りたい。しかし、当然相手はそんなことは待ってくれない。だからこそ、 高等な技というものが必要になってくるのだ」

 老師は、葵と同じように構える。当然、この距離では葵は老師の突き出した手よりも内側に おり、老師は崩拳を使えないはずだ。

「さて、君はこの態勢からは崩拳は打てないと言ったが……お腹をガードしなさい」

「は、はいっ!」

 葵はあわててお腹の位置で十字ガードをする。片手のガードなど、老師の打撃の前では紙に 等しいからだ。それを言うと十字ガードでさえ厚紙程度なのだが。

「では、行くよ」

「ど、どうぞ」

 老師の身体が一瞬沈んだと思うが先か、葵の腕とお腹に鈍い衝撃が走り、葵の身体は派手に後ろに 転げながら倒れた。

 あやういところで受身を取り、葵は何とか後頭部を打つのを免れるが、背中を打って一瞬息が できなくなった。

 老師の打撃を受けたのはこれが初めてではないが、やはりどうにかなるようなものではなかった。 まさに格が違うを素で行く打撃だ。

「大丈夫かね、松原君」

「は、はい、何とか」

 背中を強打して声が少し裏返っているが、葵は何とか立ちあがった。深刻なダメージは、少なく とも練習に支障があるほどは受けていないようだ。

 もっとも、それは老師が怪我をしないように手加減しただけなのだろうが。

「手加減はしておいたから、怪我はないと思うが、頭は打たなかったかい?」

「はい、受身は一応取ったので。背中は少し打ちましたけど」

「ならいいね。つまりは、これだ。同じ技でも、距離が違う。もちろん打撃が違えば、より広範囲 をカバーできるがね。そのために必要な練習が、相手との距離を想定して打つ練習だ。例え同じ崩拳 でも、相手が遠くにいるのと近くにいるのとを意識して、その相手に対する打点を意識することに よって、同じ技でも距離の変化ができる。これが高等な技というものだ」

「は、はい、すごいです」

 葵はその理論に非常に感動したいところなのだが、さすがにダメージが抜けきれずにふらふらして いた。強がってはみたものの、やはり根性だけではどうしようもない威力だった。

「君は打撃練習においても、ちゃんと相手がいることを想定して、その打点に打撃を打っていた。 それは高等な技の練習だ。私が教える間でもないようだったが、それを意識しているのか意識して いないのかでは威力に雲泥の差がでるからね。しかし……」

 ふらふらしている葵を見て、老師は笑った。

「今日はこれぐらいで終わりにしておくかね?」

「は、はい、すみません」

 そう言うと、葵はその場にへたり込んだ。

 

続く

 

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