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最強格闘王女伝説綾香

 

二章・修練(14)

 

「でも、いいんでしょうか? 綾香さんも好恵さんも誘わなくて」

 葵が申し訳なさそうにチケットを見ていたので、浩之は笑って言った。

「大丈夫だって。坂下はこんなものには興味ないだろうし、綾香は今日は何か家の方である パーティーか何かに出席しないといけないらしいからな。それに、由香が送ってきたチケットは2枚 だけなんだろ?」

「はい、それはそうなんですけど……」

 葵は珍しく私服だった。白いシャツに、上から青いノースリーブのワンピースを着て、下には スパッツをはいているようだ。普段の葵は体操着か制服のかっこうでしかいないので、新鮮だった。

「それに、ここまで来てから呼ぶってのも変だろ?」

「はい、でも、やっぱり……」

 少し前に知り合った由香と言うプロレスラーが、プロレス観戦のチケットを2枚葵に送ってきた のだ。

 葵は、とりあえずそのチケットを持って部活に行ったら、浩之がすぐに2人で行くことに決めた のだ。葵は、それを断る気はなかったが、そのときはついつい綾香や坂下のことを忘れていたのだ。

 後からそのことに気付き、葵はここに来るまでずっと気にしていた。

 しかし、結局呼ばなかったのは、浩之が止めたせいもあるが、浩之と2人で行けることを心の底 で望んでいたせいもあった。

「それに葵ちゃんと2人っきりのデートってのも、なかなか体験できないしな」

「そ、そんな……」

 葵は真っ赤になって、それ以上何も言えなかった。例えそれを計画的にしていたとしても、 そう浩之から言われれば、葵は赤くなっていただろう。葵は非常にうぶなのだ。

 ただ、浩之としては、葵と2人でのデートだと言うのに、プロレス観戦とは色気がないものだ と思っていたりする。

 というか、浩之はプロレスは嫌いではない。いや、むしろ好きな方かも知れない。昔はよく雅史 に見よう見真似でプロレスの技をかけていた記憶もある。

 しかし、プロレスは嫌いではないが、このチケットを送ってきた由香に関しては、どちらかと 言うと苦手だった。いや、かなり苦手だ。

 浩之は女の子に対してはかなり寛容であるし、苦手とするタイプも別になかったが、由香だけは 別だった。どうもつかみどころがなく、しかも自分を笑いのたねにしてくる一歩上手の相手に、苦手 意識を持つなという方が無理なのかもしれないが。

「それに、プロレスも一応格闘技だからな。何かの参考になる……かどうかは別だが、総合格闘技 って意味ならそれなりに見る場所もあるんじゃないのか?」

 結局、浩之が1も2もなく葵と行くことを決めたのはここにつきる。

 由香はいけすかなかったし、苦手ではあったが、その強さは本物だった……と浩之は思っている。 自分は簡単に倒されたが、葵と戦ってもまだ底を見せない不透明さがそう思わせているだけなのかも 知れないが、少なくとも実力者だ。

 由香がチャンピオンでもないかぎり、そのレベルの人間がプロレスにはごろごろいるということ だ。強い相手には事欠かない葵の環境ではあるが、それでもなるべく種類は多く見ておいて損はない だろう、と浩之は思っていた。

「そうですね、由香さんの戦い方なら、参考に……なるでしょうか?」

 そう言って葵は苦笑した。

 無理もなかった。葵も、前は由香にうまくあしらわれた口だ。健闘はしたものの、どうも押され ぎみだったのだ。由香の実力は浩之以上に評価しているのかもしれない。

 しかし、その強さは不透明だった。浩之は由香の強さの一因がタイミングをずらすフェイントで あることに気付き、それをちゃんと葵にも教えたが、それがどれだけ葵の中に吸収されているかは 難しいところだ。

 もともと、葵は考えて戦うタイプではないので、そういう不透明な理論には弱い。だから、由香 の戦いは参考になりにくいのだ。

「ま、プロレスラーがあんなんばっかじゃないだろうしな。参考になるやつはけっこういるんじゃ ないのか?」

「そうですね、みなさん強いでしょうし」

「そうそう、エクストリームのための見学だと思えば、綾香も坂下も文句を言ってきたりしない って」

 ただ、綾香が2人で行ったことに関して文句を言って来る可能性は高いが、そこはそれだ。 ここは葵の成長のために犠牲になろう、と浩之は勝手に考えていた。

 いつもは体育の大会などが開かれる市民体育館が、今回の興行の場所だった。

 ファイトドリーム

 それがこのプロレス団体の名前だった。女子プロ団体としては、1、2を争う規模の団体で、 浩之も何度かテレビでやっているのを見たことがある。

 実を言うと、浩之は由香がどこか弱小チームのトップレスラーなのかと思っていたので、少し 驚いていた。あの性格で上下関係はきついと思っていたのだ。

「どうします、センパイ。普通に入りますか?」

「ああ、別にチケット渡されただけで、由香に特別呼んでもらったわけでもないしな。話がした かったら試合が終ってからでもいいんじゃないのか?」

「そうですよね、準備とか忙しそうですし、後から会いに行きましょう」

「……っていうか、この人をかきわけて行くのはちょっとな」

 けっこう人が来ていて、今もどちらかと言うと流されている状態だ。今はプロレスは人気のある 方ではないが、それでもそれなりの動員人数を確保できているようだ。

「とりあえず、前の方の指定席みたいだから、そこまで辛いことはないだろうな」

「由香さん太っ腹ですね」

 そう話しながらも、浩之と葵は人に流されるように動いて、結局席につくまでこれ以上話が できなかった。

「ふう、見る前からつかれちまったぜ」

「仕方ないですよ、けっこう人気あるみたいですし」

「でもなあ、俺人ごみは慣れてない……って葵ちゃんも慣れてないか」

「はい、私人が多い場所にはあまり行かないので。でも、今はすごくうれしいです。プロレスを 見るなんて初めてですから」

「俺も生で見るのは初めてだな。というか、由香と知り合ってなかったら、一生なかっただろう から、そういう意味では貴重な体験かな?」

「そうですよ、私もう楽しみで、胸がどきどきしてます」

 じゃあ調べてみるかと言いながら胸に手を伸ばすのを自分の命のためと理性で押さえて、浩之は 先に買ってきておいたジュースの缶を開けた。

「んじゃ、始まるまでここでくつろいどくか」

「はい、そうしましょう」

 2人はどうでもいいような話、葵がいるので主に格闘技の話だが、をしていたが、しばらく すると選手達が入場してきた。

 

続く

 

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