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最強格闘王女伝説綾香

 

一章・始動(15)

 

 最初に誰かの挨拶があるわけでもなく、音楽が鳴り響いたかと思うと、選手達が中央のリングに 入場してきた。

「何か相撲の立ち入りを見てるみたいだな」

「そうですね」

 選手達は、よくプロレスラーが着ている水着のような服の上に、だいたいの者がシャツを着て 入場して来る。お客さんに愛想を振り撒く者、黙々と歩く者、小走りに走る者とそれぞれだ。

「あ、由香さんいましたよ」

「お、どこだ?」

 ガタイのいい選手にはさまれるように、中でもかなり小柄な方に入り、そして中でも一番 お客さんに愛想のよい選手がいた。言うまでもない、由香だ。

 握手を求めるお客さんに握手をしては、後ろの選手に早く行けと急かされているようだ。もっとも それを聞く素振りはまったくなさそうだ。

「相変わらず人の話は聞いてないようだな」

「お客さんに愛想がいいのも仕事のうちなんですよ、きっと」

 葵は由香の行動をいい方に取っているが、浩之には由香に好意的になる理由もないので、協調性 のないやつだと心の中で思っておいた。

「由香さんはこっちに気づいてないようですけど、声かけてみましょうか?」

「いいけどさ、聞こえるか?」

 まわりはかなり盛り上がっている。目当ての選手を見ようと、入場口に人が集まって騒いでいる のだ。この距離から声が届くとは思えない。

「由香さ〜ん!」

 そんな浩之の言葉をよそに、葵は大きな声で由香を呼んだ。騒いでかなり大きな声をあげている ファン達と比べても、かなり大きな声だった。発声練習まではしていないとは言え、葵も格闘家の 一人だ。身体の鍛え方は並の人とは比べようもない。そしてその声も肺活量と気合いを入れるときの 声のおかげで、かなり大きな声があげれるようになっていた。

 しかも、どうも葵は天性的に通る声をしているようだった。

 その声が届いたのだろう、由香がこちらを向いて手をふってきた。ただし、まわりの目はこれっ ぽっちも気にしていないようだった。

 浩之は他人のふりをしようとしたのだが、葵は笑顔で手を振り返した。

「由香さん、がんばってくださいね〜!」

 それに、少し離れた場所から、由香はぴょんぴょんと飛び跳ねて答える。

 浩之は葵が答えているので他人のふりはできないが、どうしようかとまわりを見たが、そんなに まわりは好奇の目で見ている人はいなかった。もしかしたら、由香はこれが普通なのだろうか。それは 十二分にある話だ。

 由香は葵に手をふりながらも、後ろから押されてリングにあがる。さすがにリングの上にああがっ てまで手はふってはこなかった。

 リングの上にあがってきた選手は30人ほどいた。リングの下にもそれらしい人が何人かいるが、 まだ新人で試合にも出ていないのか。コスチュームに身を包んでもいない。

 選手達がリングの上にならぶと、アナウンサーが一人現れて、声をはりあげた。

「これから、ファイトドリーム公式試合を開催いたします!」

 体育館中に、歓声がわきあがった。

 

「しかし……これはちょっとついてけないな」

「そうですか?」

 少しまわりが落ち着いてから、浩之は葵に話しかけた。さっきまでは歓声でまったく声が聞こえ なかったのだ。

「まだ試合が始まったわけでもないのに、この歓声じゃあなあ」

「それだけ人気があるんじゃないですか?」

「まあ、そうなんだろうが、別に俺はファンってわけでもないしな」

「でも、私は楽しいですよ。こうやって盛り上がるの」

 そういう意味で葵ちゃんは単純にできてそうだしなあ、と浩之は心の中でひどいことを考え ながら、ジュースに口をつけた。

「まだ何もしてないのにのどが乾いたな」

「すごい熱気ですもんね」

 そう言っている間に、挨拶が終わったのだろう、選手達がリングから下りてくる。もちろん、 由香はこっちを向いてぶんぶんと大きく手をふっている。

「由香って、どっかのいなかの子供か何かか?」

 浩之がうんざりした表情をしていると、由香があっかんべーをしてきた。

「……訂正、バカな子供だ」

「センパイ、そんな事言ったら由香さんに失礼ですよ」

「失礼のかたまりのような由香には十分だと思うがなあ」

 浩之はそう毒づいた。

 

 いよいよ試合が始まったが、最初の方ははっきり言って興ざめだった。

 試合をしているのはまだデビューしたての新人のようだが、動きが何かにつけて重い。体重が のっているとかどうとかではなく、のろいのだ。

 そして、技一つ一つが雑だ。声をはりあげて相手を張り倒すが、その打撃だって、浩之の目から 見てあまりにものろい。

 浩之は確かに格闘技に関してはずぶの素人だ。それは自分で痛いほど自覚しているが、浩之と 比べても、今戦っている選手達は底が知れていた。

 いや、そう浩之に思わせるのは、綾香や葵の、綺麗な打撃を見てきたからなのかも知れなかった が、今戦っている選手のレベルが低いのは確かだと浩之は思った。

「これは……あんまり参考にはならねえなあ」

 今回、プロレスなんかを観戦に来たのは、それがエクストリームの参考になると思ったからだ。 もちろん葵と一緒に来たかったところはあるが、一番の理由は参考にするためだ。

 しかし、いくら新人とは言え、この程度のレベルでははっきり言って参考にならない。すでに エクストリームチャンプの綾香をいつも見ているのだから当然と言えば当然なのだが、そこまで気を まわしてやれるほどの技量は浩之にはない。

 しかし、そんな浩之の思惑とは別に、葵はかなり盛り上がっていた。

「いけ、そこっ!」

「……」

 おそらく、プロレスをほとんど見たことがないだろう葵の方がプロレスを楽しんで見ているよう だった。浩之のように、参考にしようという気持ちがないのかもしれない。

「……おーい、葵ちゃん」

「ああ、そこ、おしい!」

 葵は、技が外れたのを心底くやしがっているようだ。どうも、感情移入は完璧のようだ。

「……」

 とりあえず、浩之の言葉はまったく聞こえていないようなので、浩之はどうしたものかとリング に目をやった。

 そのとき、ワッと歓声があがる。片方の大技が決まったようだった。

 ……ま、仕方ないか。

 浩之もあきらめて、試合が終わるまで観戦に集中することにした。

 

続く

 

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