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最強格闘王女伝説綾香

 

一章・始動(16)

 

「本当、プロレスって楽しいですね」

 葵は息を弾ませながら言った。浩之は何か参考になるかなどと考えてみていたのであまり楽しんで はいなかったが、葵は素直に十分楽しんでいるようだった。

「あ、ああ」

 浩之は生返事を返すだけだった。さっきから見ていても、そんなにすごい選手がいたわけでも なかったので、いくらか失望していた。

 ま、確かに一般の女の子と比べればそれでもすごいけどなあ。

 浩之だって葵や綾香を見ていなければ、こんなことを思ったりしなかったろう。女子プロを見に 来る機会があったかどうかは別だが、見に来たとしたら、こんなひねた見方はしなかったはずだ。

 今はどうしても単純にプロレスを観て楽しむよりも、技の一つや、動きの方に目が行ってしまう のだ。

 段々うまくはなっていってるんだけどな……

 最初の試合に比べれば、段々と選手はうまい者が出てくるが、まだ浩之をうならせるほどの 者はいない。

 力はあるとは思える。綾香も葵も非力ではないが、単純に力という意味で平均を取れば、葵が 相手なら力勝ちできるだろうと思わせる。

 しかし、スピードが確実に足りなかった。相手の動きを見る目もあまりあるとは思えない。 もちろん、相手の攻撃を受けないといけないプロレスを前提にしてだ。

「やっぱ、参考にはならんなあ」

 浩之がそう評価すると、葵はちょっと意外そうな声を出した。

「さっきの選手なんか、なかなかよかったですよ」

「そうか?」

 浩之には、葵がどこを誉めているのか分からなかった。あの程度なら、葵なら10回やって 10回勝てる程度の相手だ。それを葵が評価する意味が分からなかった。

「あの打撃とか、すごく体重が乗ってそうです。まともに受けなくても、ガードを破ってきそう ですし」

「でもそれは当たればの話だろ?」

 そう、まずあの程度の攻撃では葵には当たらない。もし寝技に持っていこうとしたとしても、 葵には綾香直伝のタックル殺しがある。上から殴られるが、ひざを合わせられて終わりだ。

「避けきるのは難しいと思います。強い打撃にはその分強いプレッシャーがありますし、相手も 当てる瞬間はスピードを上げていますし」

 葵がそう評価するならそうなのだろう、と浩之は思った。

 それよりも驚くべきことは、ただ騒いで楽しんでいたはずの葵が、ちゃんと試合を見て選手の 力などを評価していることだ。

 浩之などは、試合を楽しむ気もなかったが、余裕がなかったのも確かだ。しかし、葵にはそれが 自然にできるのだ。

 そのとき、体育館の中が薄暗くなり、大きな音で音楽が流れた。

「あ、そろそろ入場みたいですよ」

「そうだな……て、あれ由香じゃないのか?」

 スポットライトを浴びながら、二人のレスラーが入場してくる。その片方は、間違いなく由香 だった。

「あ、ほんとですね。由香さ〜ん!」

 葵は大きな声を由香にかけるが、さすがに由香には届かなかったようだ。由香は、まわりのお客 さんに手をふったり握手をしながら入ってくる。片や、由香と一緒に入ってくる選手は由香とは対照的 に愛想悪く客の手を振り払いながら入場してくる。

「タッグ戦みたいだな」

「え、センパイ何ですか?」

 まわりの歓声が大きくて、葵には浩之が何を言っているのか分からなかったが、浩之にもやはり 葵が何を言っているのかわからなかった。

 しかし、一つだけはっきりしているのは、歓声の声は、さっきの試合とはまったくかけ離れた 大きさだということだった。

「人気あるみたいだな」

「だから、センパイ聞こえませんって!」

 由香はまだお客さんに愛想をふりまいているが、おそらくタッグパートナーなのだろうもう一人の 選手は、さっさとリングに上がっていった。

 そこで、葵も浩之も一瞬目を奪われた。

 セミロングに伸ばされた黒い髪、整った目鼻、引き締まって均整の取れた身体。そして、何とも 言えない一部の人間が持つ、普通ではない雰囲気。

 そこにいたのはまったく知らない一人の女性だったが、葵も浩之も、その女性を見て思い出す 人物がいた。

「綾香さん……?」

「綾香……?」

 確かに綾香に勝るとも劣らない美人ではあったが、まったく綾香とは別人だということは分かって いる。

 しかし、二人には共通して見えたのだ。彼女が、綾香に。

 二人があっけに取られている間に、由香もリングの上に上がってくる。

 二人がリングに上がると、次は違う曲が流れてきて、由香達の対戦相手が入ってくる。

「……驚きましたね」

「……ああ、あのレスラー、綾香そっくりだ」

 どうしても歓声で大きな声になるが、二人は会話に集中したので、なんとか会話が通じるほどには なっていた。

「そうですね、私なんて、一瞬本物の綾香さんかと思ってしまいました」

「顔は全然似てねえのになあ……ありゃ強えぜ」

 そう、由香のときはまったく感じなかったものが、あのレスラーからはびんびんと感じれた。 強いという雰囲気を持っていたのだ。

 しかも、二人が綾香と見間違うばかりの、強烈な何かを。

 対戦相手も入場して、アナウンスがかかる。

「島田由香〜!」

 ワッと観客から歓声があがる。由香はすぐにお客さんに愛想をふりまいている。

 明らかに、由香が人気のある選手だというのがわかる歓声だ。今までの若い選手と比べると、 その大きさは比較にならない。

 そして、次に由香のパートナーのコールがあった。

「姫立アヤ〜!」

 由香にも負けず劣らない歓声があがる。むしろ、このレスラーの方が歓声が多いのではないかと 思えるほどだ。

 しかし、姫立というレスラーは、別に由香のように愛想をふりまくでもなく、それどころか、 手さえあげなかった。由香と対照的な態度に、よけいにそれが目立つ。

 相手側のコールもあったが、浩之はそちらには注意を向けれなかった。由香はともかく、この 確実に強いだろう、浩之にそう評価させる雰囲気を持ったレスラーに気を取られたのだ。

 レフェリーのボディチェックが終わると、ゴングが鳴った。

 カァンッ!

 

続く

 

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