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最強格闘王女伝説綾香

 

二章・修練(17)

 

 試合が始まった瞬間、由香は対角線に相手に向かって走り出した。まだ後ろを向いてどちらが 先に出るかを相談していた相手の髪の短い方の選手は、由香のドロップキックの直撃を後頭部にくらい、コーナー ポストに身体をあずけるように倒れる。

 相手側の髪の長い方の選手はあわてて臨戦体勢を取るが、由香はそんな者にはまったく相手に せずに、追い討ちさえかけずに、素早く立ちあがるとバク転をしながらリング中央まで逃げ、 大きく腕を広げて笑顔でお客さんにアピールする。

 ワッと歓声があがり、すかされた相手側はその瞬間反撃できなかった。

「由香さんすごいっ!」

 単なる不意打ちなのだが、葵はかなり興奮して他の客と一緒に大声をあげている。

「ありゃ、由香らしいやり方だな」

 不意打ちを行ったのは、相手にダメージを当てるためではなく、自分がお客さんにアピールを 行うための時間かせぎとした思えない動きだ。

 いや、由香のことだ。実際そうなのだろうと浩之は相手を見てそう結論づけた。

 いかにも、相手の揚げ足を取り、そして半分天然ボケにも似た態度で相手の冷静さを奪い、自分の ペースに持っていく、由香らしい攻撃だ。

 そういう意味では、浩之はこの由香の行動で、またかなり由香の強さの秘密を確認できたような 気がした。おそらく、話術や行動、つまり格闘以外の部分で自分を相手よりも優位に立たせる。それが 由香の強さの秘密の一つなのだろうと。

 ドロップキックの不意打ちを受けた相手選手は、さすがはプロレスラーで、すぐに起き上がって 何か由香に吠えているが、お客さんの歓声で、由香には聞こえていないようで、由香はお客さんに 対するアピールを止めない。いや、聞こえているからこそ相手の神経を逆撫でするためにやっている 可能性は十分にあるが。

 相手選手は、髪の長い方が下がり、不意打ちを受けた髪の短い方の選手が出てくるようだ。 由香と比べれば身体はがっちりしており、下手をすれば由香など片手で振りまわされるのではないか という気さえする体格差だ。

 というより、由香は改めて見て、決してプロレスラーに向いた身体ではないということがよく 分かる。まず、細いのだ。どの部分を取っても、今日見た選手の中では、1、2番目に細い。

 背丈も、どちらかと言えば低い方だとは思うが、それよりもあの細さは技を、それもかなりの 威力のある技を受けないといけないプロレスでは致命的とも思える細さだ。

 だが、由香はそれでも相手選手と真っ向から組み合った。

「がんばれ〜っ!」

 葵が横で大きな声をあげている。しかし、由香は力で押されて膝をつく。あの体格差では仕方 ないところだろう。

 もちろん、細くても強い者はいる。筋肉には質というものがあり、太いから強いとは言えない 部分がある。だが、太い方が絶対的に有利でもあるのだ。

 由香は、力ではかなわないと思ったのか、素早く身体を回転させると、相手を腰投げの要領で 投げようとしたが、相手もそれを読んでそのまま由香を上から潰した。

 2人はそのまま寝技へと移行する。

 プロレスを見ていて、1番参考になると思ったのはこの寝技だ。エクストリームでは倒れている 相手への打撃は禁止されているのだが、案外プロレスでは寝技で打撃を使わない。動きに洗練さは 欠けるとは言え、寝技の応酬はあまり見れるものではないので、見ていて参考になる。

 由香も相手の選手も寝技、つまり関節技は苦手ではないようだ。どちらもかなり早い動きで 関節を取りあう。

 そして、2人は申し合わせたように、はじかれるように飛びのき、間を取る。

 ホウッと観客からざわめきにも似た声があがる。素早い動きで関節を取り合い、それにもまして はじかれるような素早い動きでどちらも間を取る。

 かなり格好いい動きだが、実を言うと浩之はこのプロレスのいかにも打ち合わせをしたような 動き方が鼻についた。やっているのが綾香なら本人自体はそれなりに格好いい動きもできるかも知れない が、2人が2人とも格好いい動きをするのには無理があり、真剣みが薄れてしまうのだ。

「由香さんかっこいい〜っ!」

 しかし、そんな浩之の考えとは裏腹に、葵はその動きにえらく感動しているようだ。相手の技量を 浩之よりも分析していると思えば、単なるそこらのファンとまったく変わった様子のない葵、どちらが 本物の葵なのかは浩之にもよく分からなかった。

 それでも、浩之をあざ笑うかのように由香と相手の選手は素早く、そして格好よく動く。由香が 飛べば、相手はそれを避けて由香を捕まえようとする。が、由香もそれを読んでいたように相手の背中 を側転しながら避け、後ろに回って腰を取る。相手もそこから腰にまわされた由香の手を外し、自分が 由香のバックを取ろうとするが、由香はその瞬間に腰を落して、まるでブレイクダンスのように身体を 回転させて立ちあがり逃げる。

 バシッ!

 しかし、逃げた由香の行動を読んでいたかのような相手選手の蹴りが、由香の頭を捕らえた。 由香はガードも間に合わず、その一撃でぐらっとして膝に手をつく。

 今度は、その由香の胸めがけで、相手選手の蹴りが決まり、由香は大きな音をたてて後ろに 倒れた。音が大きいのはリングのせいと、受け身を取っているからのようで、頭は打っていない ようだ。

 相手選手はすぐに由香の足をつかむと、素早くアキレス腱固めに入る。

「あんっ!」

 由香の、少し色っぽい悲鳴があがり、がぜん観客は盛り上がった。相手選手は力まかせに由香の 足首をしめあげる。

 アキレス腱固めは、プロレスでしか見れない技だ。関節技には、実際プロレスでしか見れない技 が多い。つまり、それだけプロレスには使えない技が多いということなのだが。

 由香は痛がりながらも、ずりずりとロープに向かって動いている。姫立と紹介のあった由香の パートナーは、まったくカットに入る気配がない。

 プロレスでは、タッグというおかしなものがある。2対2で戦い、どちらかをフォールか ギブアップさせれば勝ちなのだが、ここでプロレスのおかしな部分が最大限に出てくる。

 片方の選手が出ているときは、もう片方の選手はリングに入ってはだめなのだが、プロレスでは そのルールのすぐに破り、カウントされているところを相手を蹴ってカットしたり、関節技を受けて いる仲間を助けたりする。

 もちろん反則なのだが、プロレスではよほどひどい反則でない限り、レフェリーには止められる ものの、誰もが黙認する。

 だから、この場合由香を助けにいっても誰も非難しないのだが、何故かその姫立という選手は、 まったく助けに入る様子がない。

 むしろ、浩之には無情とも思える冷たい表情で由香を見ているようにさえ見えた。

 だが、由香はギブアップをしない。おそらく、相手が手加減をしてるのか、由香がうまく技を 外しているのか、どちらにしろ、これで決まることはなさそうだった。

 由香は、少し時間はかかったが、何とかロープをつかむことに成功した。プロレスではロープを つかめばブレイク、つまり技を解いて引き離されるのだ。

 相手選手はすぐに技を解いた。由香は足を押さえて、すぐには立ちあがれない様子だった。

「由香さ〜んっ!」

 葵は、応援の声をいっそうはりあげた。おそらく心配なのだろうが、これを見ていると、本当に プロレス観戦向きの性格である。

 相手選手は、レフェリーに言われるまま距離を取ろうと、後ろを向いた。

 そして、後ろを向いた瞬間に、由香が動いた。

 まるでリングの上をすべるように動き、低空のドロップキックを相手の膝裏に叩きこんだのだ。

 それを期待していたかのようにワッとその瞬間観客は盛り上がった。

 由香は、素早く立ちあがって、パートナーにタッチする。相手選手も、自分のコーナーが近かった ので、パートナーにタッチした。

 ぞくりっと浩之の背中に悪寒が走る。

 由香のパートナー、姫立が、ゆっくりとリングの中に入ってきた。

 

続く

 

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