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最強格闘王女伝説綾香

 

二章・修練(19)

 

 一瞬の加速、それだけで相手はタイミングを外された。

 だが、次の姫立の動きは、浩之には前のめりに倒れたようにしか見えなかった。

 しかしそれは違った。前のめりに倒れるのではなく、前転の勢いをそのままに、姫立のかかとが 相手を襲った。

 ズバシッィ!

 必殺の一撃、そのとき聞かれる音に少し遅れるように、二人がリングに倒れる音が響いた。

 そして、もう半瞬遅れて、歓声が沸き起こった。

 前転する回転力と体重を全て足に集中しての蹴り、浴びせ蹴りだ。

「っ……!」

 浩之の横で葵が硬直していた。そう、葵には硬直するだけの理由があった。

 あの打撃は、理想の威力がある。葵にはそう見えたのだ。

 理想の威力、つまり、相手を一撃で倒す威力だ。葵も一応は崩拳という一撃必殺があるが、それは 葵の望んだときに望んだように使えるわけではない不完全品。

 しかし、姫立が使った浴びせ蹴りは、どう見ても偶然のものではなかった。練りに練られた、 一撃必殺の打撃だ。

 確かにモーションは大きいし、外れればその後は倒れて無防備状態になる。しかし、それでも 葵にはほぼ出せないと言っていい威力の目の当たりにして、葵はうれしさのあまり硬直してしまった のだ。

 そう、葵はうれしかった。まさか、こんな完成に近い打撃を見れるとは、夢にも思っていなかった のだ。

 それに比べて、今は浩之の方が冷静だった。何せ、浩之は本当に強い打撃を人生で2回見たこと がある。それに比べれば、どうということのない技だ。

 一回は葵の崩拳。もう一回は、綾香の『三眼』。

 綾香が使った飛び蹴りに比べれば、姫立の使った浴びせ蹴りなど戯事にも等しい打撃だ。

 むしろ、浩之は他の部分で驚いていた。あれほどのダメージを受けておきながら、それでも 一撃必殺の反撃のできる姫立のタフネスさには、驚嘆するものがあった。

 歓声はそれこそわれんばかりに響いているが、姫立もその相手もリングの中央で倒れたまま 立ちあがれないようだ。

 今までダメージを受けすぎた姫立はまだしも、相手もその一撃だけで行動不能になったよう だった。それは、あのレベルの打撃を、カウンターでもろに受けて、立ちあがろうという方が無理 なのだが。それは、姫立にも言えることだ。

 しかし、浩之の考えとは裏腹に、2人ははいつくばるようにして自分のパートナーにタッチを しようとコーナーに近寄る。あれだけダメージを受けたというのに、まだ動く力が残っているとは、 浩之には信じられない光景だった。

 2人はほぼ同時にパートナーにタッチをして、二人は飛ぶようにリングに入っていく。

 そして、由香と相手選手は、また技の攻防をリングで始めた。

 しかし、とりあえず見せ場が過ぎたようなので、浩之は一息ついた。それは、横の葵も同じ ようだ。

「……さっきの蹴り、すごかったですね」

 葵は、今リングで繰り広げられている技の攻防を少し上の空のように見ながら独り言のように つぶやいた。

「そうか?」

「はい、私のハイキックでは、あれには全然及びません」

 葵の1番自信を持っている打撃はハイキックだ。スピードも威力も申し分ないし、ハイキックを 打っているわりに、バランスが崩れない。コンビネーションの最後は必ずと言っていいほどハイキック が来るのを見ても、その自信がうかがえるだろう。その葵のハイキックをして凄いと言わせるのだから、 かなりのものだ。

 しかし、その意見に関しては、浩之はあまり賛同できなかった。

「そりゃモーションも隙も大きな技だからなあ。あれじゃいくら威力があっても、エクストリームじゃ 使えないだろ」

「そんなことないですよ。あのスピードなら十分使えますし、倒れた相手には打撃を使っては いけないので、もしプロレスラーにやられたら苦戦すると思います」

 葵は打撃専門と言ってもいい。当然、寝技は苦手だ。もし相手に打撃戦をする気がないのなら、 かなり苦戦するのは目に見えていた。

 まあ、そのために浩之がわざわざ寝技の勉強をして葵に教えている。それにエクトリームでも わざと倒れて寝技を待つばかりしていると、注意されたりするので、打撃が不利とは決して言えない のだ。

「しかし、プロレスラーとか、エクストリームに出たりするのか?」

「今のところは聞いたことがないですけど……もし、由香さんが出てきたら、私なんてすぐ負け ちゃいますね」

 そう言って葵は苦笑した。

「いや、葵ちゃんなら優勝間違いなしだな」

 葵が謙遜するのはかまわないが、浩之は葵の実力を十分に理解していた。例え相手が由香で あろうと、今まで戦っていた姫立であろうと、そうそう負けるものではないと思えた。

 それは、あの綾香でさえ認めていることだ。葵が強い、ということを。

「駄目ですよ、もし運良く他の人に勝てても、綾香さんがいますから」

 浩之が葵を認めている以上に、葵は綾香の実力を信じ切っているのだ。

 しかし、浩之はさすがに無責任に綾香に勝てるとは言えなかった。浩之は一度見てしまっている のだ。綾香の『三眼』を。

 あの状態では、葵とか、そういう問題ではなく、人間では勝てないと思わせるのだ。

 ……ためしに、ヒグマとかと戦わせてみるか。もしかしたら綾香が勝つかもな。

 あながち冗談では済みそうにないところが恐いところでもある。

「お、由香押されてるぞ」

「えっ?」

 浩之は、まさか葵に「綾香には勝てないだろう」などと言うわけにもいかず、由香が押されている のをネタに話を切りあげた。

 葵が目をやると、丁度相手のキックを食らって由香が倒れたところだった。

「由香さ〜ん、がんばって〜っ!」

 葵はすぐに大きな声をあげて応援するが、どうも旗色は悪そうだった。

 姫立も、相手のパートナーもダメージが大きかったのか、まだリングから落ちたまま動かない。 あれで1、2分で動かれては、それこそバケモノのような気もするが。

 ズダァン!

 助走のないラリアットを受けて、由香が大きな音を立てながら倒れた。

 ……しかし、何かダメージ受けてるのかどうかさっぱりだな。

 相変わらず、由香は顔こそ痛がってはいるが、どこかのらりくらりとかわしているように浩之 には見えた。

 やはり、いまいちペースのつかめない相手だ。

 このまま負けてくれればある程度の実力はつかめるんだけどな。

 由香には悪いが、浩之としては負けてくれた方がよかった。葵との話で、一つ気がついたのだ。

 プロレスラーも、エクストリームに出る可能性があるのだ。しかも、お調子者である由香なら、 あんがい葵が出ているからという理由で出てくるのではないかという気さえした。

 由香の参加は一般になるので、対戦することはないだろうが、もしまかり間違って戦うことに なれば、葵が苦戦するのは目に見えている。

 だから、浩之としては由香の実力を見極めておきたいのだ。

 だが、そんな浩之の思いに、由香が答えるわけはなかった。

 もう一度、相手がショートラリアットを狙って腕を伸ばしたとき、由香は素早くその腕に 飛びついた。

 

続く

 

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