作品選択に戻る

最強格闘王女伝説綾香

 

二章・修練(20)

 

 由香の身体が、まるで羽でもはえているかのように軽やかに相手の身体の上に飛び乗った。

 そして、素早く相手を巻き込むように倒れた。

 ワッ!

 観客から歓声があがったが、葵にも浩之にも何が起こったのか分からなかった。

 カンカンカンッ!

 まさに、気付いた瞬間にはゴングが鳴っていた。

 それと同時に、はじけるように由香は立ちあがって観客に手を振る。

「由香さん、何をやったんですか!」

 まわりの歓声にかき消されないように、大声で葵が浩之に訊ねる。

「分からん!」

 浩之も大きな声で、情けない返事しか返せなかった。

 しかし、本当に由香が何をやったのか、浩之にはさっぱり分からなかった。ゴングが鳴り、由香が 観客に手をふっているということから推測するに、由香が勝ったのだろう。そこまでは分かる。

 一体、何の技を使って勝ったのかが、さっぱり分からなかった。

 由香が相手の選手のラリアットを打とうとした腕をつかんだ、そこまでは浩之でも理解できる 動きだった。

 だが、その後がよく分からない。その腕に飛びつくようにして、由香は相手の上に飛び乗り、 そのまま自分ごと、相手を巻き込むように倒れた。

 しいて言えば、フランケンシュタイナーに似ている。ジャンプして相手の頭を正面から両脚で はさみ、まるでそこからバク転するように体重を乗せて相手の頭をマットに叩きつける。

 エクストリームでは絶対に見れない見せ技であるし、あまりにもアクロバティックすぎる動き なので、プロレス以外では使うことはできないだろう。

 しかし、それもしいて言えば似ているというだけで、どこか由香が使った技とは違った。浩之 もプロレスを見るのは久しぶりだが、その間に出てきた技なのだろうか?

「3カウント取られてないってことは、TKOかギブアップじゃないのか!」

 まだまったくやむことのない歓声の中で、浩之が大声で返す。あっという間に決着はついたが、 その間にカウントを取られる音は聞いていない。

「でも、私には何をやったのかさっぱり分かりませんでした」

 やっと観客が一息ついたので、声を大声から普通の声に戻して、葵は首をかしげた。

 もっとも、葵も研究はしているとは言え、あまり関節技や変則技には詳しくない。スタンダードに 攻めて、スタンダードに勝つ。葵が求めている「強さ」はそれであり、その選択はあながち間違って いないのだ。どんなに知識があろうとも、正攻法よりも有効かつ汎用性に富む技はない。

「とりあえず、TKOじゃないと思うんだけどなあ」

 相手選手がゆっくりと立ちあがろうとしているのを見て浩之はそう仮定した。

 TKOというのは、いわゆるレフェリーストップだ。これ以上やると危ないとレフェリーが判断 したとき、強制的に決着を決める方法だ。

 行くところまで行って欲しいというお客の考えも分かるが、レフェリーは選手の命を守る役割と 言ってもいい。そしてもしTKOがなければ命を落した選手は少なくないだろう。

 ただ、今回はTKOではないだろう。いくら何でも、TKOをくらった選手がすぐに立ちあがれる とは思わない。

「とりあえず、由香さんが勝ったんですよね」

 そこに今になって気付いた葵だったが、さすがに今から声を張り上げるのは躊躇したのか、うれし そうな顔をしただけで、声は出さなかった。

 と、由香がリングから降りようとしている端で、髪の長い方の相手選手が向かっていくのが浩之 の目に止まった。手には、何か持っている。

 由香はそれに気付いていないのか、のん気に観客に手をふりながらリングを降りていこうと している。

 ガシャーンッ!

「由香さんっ!」

 相手選手にパイプイスで殴られた由香は、派手な音をたててリングのまわりを囲うように取り つけてあったフェンスにぶつかった。

「お、凶器攻撃か」

「何落ちついているんですか、センパイ。もう試合終ってるんじゃないんですか!?」

「まあ、落ちつけって、葵ちゃん」

「でも……」

 浩之は、まっすぐな性格の葵に苦笑した。別にバカにしたわけではなく、かわいいなと思った だけだ。

「試合が終っての凶器を使っての場外乱闘ぐらい、プロレスじゃあよくあることさ」

「そうなんですか?」

「そうだんだよ。だから俺も他の観客もあわててないだろ?」

 さすがに場外乱闘をやっている場所の観客は逃げているが、その他の観客は、むしろ盛り上がって いるほどだ。

 まあ、浩之が慌てなかったのは、それをふまえた上で、由香が凶器攻撃程度でどうなる相手でも ないと判断したのだが。

 むしろ、誰か由香に痛い目見させてやらないかとさえ考えていた。確かに攻撃は受けているが、 どう見てもまいっているようには見えないのだ。

 2発、3発とパイプイスが由香を襲う。そのたびにバシッバシッと硬い物で肌を叩く音が響いた。

 葵は痛々しさに目を覆った。確かに殴られるのや蹴られるのは見なれてはいるが、物で殴ると いうことを葵は見なれていないのだ。

 しかし、浩之は葵が横で目を覆っているのに気付いても、何も言わず由香の方を見ていた。

 由香の反撃はない。だが、絶対に反撃の隙を狙っているはずだ。しかも、パイプイスでの攻撃は 浩之の目から見てもダメージが大きい。

 見れるかもしれない、由香の強さの端が。

 だが、それはかなえられることはなかった。

 由香の反撃を待たず、パイプイスを持った相手選手に向かって、リングからまるですべるように 姫立が飛んできたのだ。

 リングの中で勢いをつけ、そのまま丁度、スライディングをかけるような状態で、まるで空中を リングの上の延長のように、そのかっこうのまま相手を蹴りつけたのだ。

 やられた方は、当然勢いのついたその蹴りを受けてフェンスに叩きつけられ、パイプイスを 落す。

 姫立は、素早く立ちあがると、相手選手の首を脇に挟んだ。何か投げを狙っているようだった。

 浩之達は運がよかった。場外乱闘が、たまたまよく見れる場所で行われていたのだ。

 姫立は、首を脇にはさむように腕で持ったまま、もう片方の手で相手の脚をつかんだ。

 その体勢のまま、一気に垂直になるまで相手を持ち上げる。

 ゾクッと浩之の背中に悪寒が走る。

 そこはリングの上でないので、マットはしいていあるものの、その下は硬い床だ。その体勢は、 明らかに危険だった。

 ドゴッ!

 ほとんどためもなく、姫立はそのまま倒れるように、垂直に相手の頭を下に叩きつけた。

 鈍い音に、浩之も一瞬目をそらしそうになったほどだった。

 ばったりと、そのまま相手の選手はその場に倒れて動けないようだ。

 血は……出てないようだな。

 しかし、一歩間違えば相手を殺してしまうかもしれない投げ技だった。硬い場外のマットの上で、 相手を垂直に頭から落したのだ。

 その恐ろしさに気付かないのか、それともその恐ろしさからなのか、観客は一気に沸きあがった。

 由香は、何もなかったように立ちあがって姫立の腕をつかんであげている。もしかすると、由香 のことだから姫立が来るのを分かっていて反撃をしなかったのかも知れない。

 2人は、わきあがる観客の中を、一人は無言で、一人は大げさに手を振りながら下がっていった。

 

続く

 

前のページに戻る

次のページに進む