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最強格闘王女伝説綾香

 

二章・修練(21)

 

「由香、お客さんだよ!」

「はーい!」

 先輩レスラーに呼ばれ、由香はスタスタとまったく試合のダメージを引きずっていないような 動きで扉の方に向かった。

「あんたにお客なんてめずらしいね。しかも男つきで」

 先輩のレスラーが由香をからかうが、由香としてはどこふく風だ。そんなことを気にするタイプ では、どういう意味かは別にして、ない。

「先輩ちょっと仕事お願いしますね」

「……あんた、私に仕事を頼むとはいい根性してるな」

「お客さんですから、仕方ないですよ」

 そう言うと、さっさと由香は部屋を出ていった。そして、そのお客とやらを確認してから、大きな 声をあげた。

「葵ちゃん、来てくれたんだ!」

「あ、はい」

 もっとも、由香は葵に気がついていたのだから、わざわざ控え室の方まで来てくれたことに対する 言葉なのだろう。

「由香さんからもらった手紙のおかげ、すぐ入れました」

 普通なら、試合が終わった後の控え室などに部外者を入れるわけはないのだが、チケットを送って きたのと一緒に、試合が終わったら自分を呼んで欲しいという手紙を渡していたのだ。

「しかし……由香」

 横でうさんくさげな表情をする浩之は、居心地悪そうに言った。

「この手紙見せた人は、あからさまに嫌そうな顔してたぞ。てめえのことだ、まわりにわがまま 言って入れるようにしてたんだろ」

「金魚の糞は入らなくてもよかったのに」

「誰が金魚の糞だ、誰が」

 もっとも、浩之としてはあまり由香と言い合いをする気にもなれなかった。だいたい、口喧嘩で 勝てる相手ではないのだ。色々な意味で。

 それに、わざわざ葵についてここまで来たのは、ただ由香に会いに来たわけではない。れっきと した理由があった。

「で、由香。葵ちゃんを呼ぶからには、何か用事でもあるのか?」

「友達と会って悪い?」

「友達って……葵ちゃんと、お前がか?」

「お前なんて言わないで欲しいな。これでも私の方がおねーさんなんだから」

 浩之の神経を逆なでするつもりなのか、「おねーさん」という言葉はいかにも舌足らずな口調で 由香は言った。

 ……やはり、こいつは苦手だ。

 どうもバカっぽい姿の裏に打算が隠れているようで、浩之は心を許せる気になならない。まあ、 別にねこをかぶっているというわけでもなさそうだが……

「試合見てくれたんだよね?」

「はい、すごくよかったです!」

 葵は、本当に感動しているのだろう、目をキラキラさせて答えた。

「あんな動きをできるなんて、やっぱり由香さんすごいです」

「葵ちゃんに言ってもらえるとうれしいな」

 葵にほめられた由香は、ニヘニヘと照れる。でれでれしている浩之と比べても劣らないかも しれないぐらいの喜びようだ。

「それで、ちょっと聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

「何?」

「最後の技、あれって何だったんですか?」

 浩之もそこが気になって葵についてきたのだ。でなければ、極力由香とは顔を合わせたくない。

「最後というと……ああ、姫ちゃんのフィッシャーマンズバスターね」

「姫ちゃん?」

「姫立アヤちゃん、私の今日のタッグパートナーだよ」

「いえ、その技の方じゃなくて……」

「姫ちゃんも危ないことするよね〜。場外でフィッシャーマンズバスターなんて、下手したら怪我 じゃすまないもんね。ま〜、向こうの先輩が場外乱闘なんて仕掛けてきたから、こっちに非はないけど、 先輩もかわいそうに」

 由香は葵の言葉に耳を貸す様子もなくぺらぺらとしゃべる。浩之には、わざとはぐらかしている ようにさえ見えたが、それは被害妄想なのだろうか。

「フィッシャーマンズバスター?」

 しかし、葵は由香の技だけでなく、由香のいう最後に使われた技にも興味を持った。

「うん、フィッシャーマンズバスター。姫ちゃんの得意技だよ。相手の首と片足を持って、持ち上げて から頭から落とすの。かなり危険な技だよ。今日はほとんど私のサポートに回ってたから、試合中は 使う暇なかったけどね」

 いくらいつもはマットの上からとは言え、あんな技を何度も受けなくてはならないことを考える と、プロレスラーはかなり厳しい職業だな、と浩之は心の中で思った。

「で、由香。それはいいからお前が最後に使った技がなんだったのか教えてくれ」

 しかし、ほっとくとこのまま話を続けてしまいそうだったので、浩之は横槍を入れた。

「私の使った最後の技?」

「ああ、お前が試合を決めた技が何だったのか、俺らにはよくわからなかったんだ」

 バカにされるかとも思ったが、浩之は正直に言った。葵も分からないのだから、まずバカにされる ことはないだろうが、由香のことだから、あまり油断はできない。

「ああ、あれね。腕十字だよ、腕十字」

「腕十字って、関節技のあれか?」

 最近の総合格闘技では有名な技だ。相手の腕を両脚ではさむようにして固定し、相手のひじを逆に 曲げることによって行う関節技で、総合格闘技の世界では、必殺技と呼ばれる技の一つだ。

「プロレスだと腕ひしぎ逆十字って言うんだけどね」

「しかし、お前が関節技をかけたモーションはなかったが……」

「はい、私にもさっぱり分かりませんでした」

 相手を巻き込むようにして倒れたが、浩之には、その動きの中に関節技の入るスペースが 思いつかなかった。その動きの中にあるはずなのにだ。

「飛びつき腕十字だよ、私が使ったのは」

「何だそれ?」

「あらら、知らないんだ。格闘技やってるから、知ってると思ってたんだけどなあ」

「いいから、説明しろよ」

「読んで字のことくだよ。相手に飛びついて、相手を倒しながら腕ひしぎ逆十字に持っていくの。 私のスペシャルホールド」

「立ったまま、関節技に行くんですか?」

 それは、相手を倒してからでないとかけるのが難しい関節技の弱点を、かなりカバーできること になる。自分が倒れながらという技はいくらか知っているが、同時に相手を倒しながらという技は 葵は知らなかった。

「すごい技が使えるんですね、由香さん」

「もっとほめてほめて」

 由香は得意げに胸をはった。

「まあ、どうせプロレスでしか使えない技だと思うけどな」

 その言葉に反応して、由香が有無を言わさず浩之の手を取った。

「何なら、ためしに受けてみる?」

「は?」

 浩之が間抜けな声をあげたのは、言うまでもない。

 

続く

 

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