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最強格闘王女伝説綾香

 

二章・修練(22)

 

「あのなあ、由香……」

「何?」

 別にまったく悪びれる様子のない由香の態度が、いっそう浩之には白々しく思えた。

「お前、仮にもプロだよな?」

「うん、そうだけど?」

「それが、純真な高校生を捕まえて危険そうな技をかけようとしてもいいのか?」

「前も同じこと聞いたような気がするな」

 つまり、言ってもまったく無駄だということだろう。浩之だってそれぐらい言わなくても分かって いる。ただ、どうしても言わずにはおれなかっただけだ。

「てめえの場合、技をかけるついでに俺の腕を折っちまいそうだからな」

 まさに、ついでにとばかりにやりそうな雰囲気を由香は持っている。つまり、どんなことでも 冗談でやってしまいそうな、そして冗談ですましてしまいそうな雰囲気だ。

 しかし、かけられる方にとってはたまったものではない。

「ついでなんかじゃなく、そっちが本命だって」

「マジで折る気かこいつは……」

 その冗談とも思えない言葉を聞いて、葵がおずおずと発言する。

「あの、由香さん。あんまりセンパイをいじめないでくださいね」

「やっぱりいじめられてるのか俺……」

 葵が気付くのだから、あからさまと言えばあからさますぎるのだろう。

「んー、まあ、腕の骨を折るのは冗談としても、一回ぐらい技とかかかっていかない?」

「行きがけの駄賃みたいな言い方するな。てめえに技かけられたら、生きてるやつが死ぬぜ」

 それは由香に殺す気があるとしか思えない発言だが、あながち間違ってもいない気がしていた。 むしろ、こいつならするだろうと、浩之は半ば本気で信じていた。

「いいからいいから、技をかけられるのも、参考になるよ」

「いいよ、てめえに技をかけられるぐらいなら、綾香にかけられるか道場で修治に頼んでやって もらった方が断然安全だ」

「修治……?」

 由香は、その名前に、何かぴんと来るものがあったらしい。

「ねえ……ちょっと聞くけど、修治って、どこの修治さん?」

「あ? 俺の通ってる道場の師範代だが?」

「ふーん……まあ、あそこが門下生なんて取るわけないし、同じ名前なだけか……」

 由香は珍しく一人でぶつぶつと何か言っている。由香が独り言をつぶやくのを初めて聞いたような 気がした。いつもは、他人に聞かせることを前提としてしゃべっているように見えたから、余計に珍しく 感じた。

「何一人でごちゃごちゃ言ってるんだよ」

「こっちの話こっちの話。でも、飛びつき腕十字はそうそう使える人はいないと思うよ」

 まあ、確かに浩之も見たことがない技であるが、その心配はあまりかなかった。

「大丈夫だ、こっちには無茶な怪物が二人ほどいる」

 天才の綾香に、おそらく組み技を得意とする修治だ。教えてもらうのにこれほど適した相手も いないだろう。

 だいたい、あれが使える技なら、あそこが網羅してないわけないしな。

 ドロップキックさえ「使える」と判断して使う雄三がいるのだ。たかがプロレスで使われている 技ぐらい、網羅して当然だ。

「まあまあ、そう言わずにさあ。サービスするから〜」

「……お前が今言った台詞と言うやつが知り合いにいるんだけどさ」

「うん」

「そいつがむかつくから、その物言いはむかつく」

「そんな子供みたいな事言わずに、せっかくここまで来たんだから技かけられてみようよ」

「だから、んな危険なことできるか!」

 由香は何が何でも浩之の腕を折りたいのか、ねばってくるが、浩之としては当然黙って折られる 気はなかった。

 しかし、葵の一言が、浩之の行動を決めた。

「あの、センパイ。センパイが嫌なら、私一度かけられてみたいんですけど……」

「あ、葵ちゃん!? 命を粗末にすることないって」

「そこまで言わないでもいいと思うけど」

「由香は黙ってやがれ。なあ葵ちゃん、この由香のことだ、下手したら本気で腕折ってくるかも しれねえしさ、んな危険なことはやめといた方が」

「まさか、由香さんが腕を折ったりしませんって」

 ……いや、由香だからこそ危険なんだが……

 浩之はそう思ったが、確かに、葵なら折られることもないかもしれない。しかし、ここで1%で も危険があることを葵にさせるわけにはいかない、と浩之は思った。

 葵が由香に技を受けようとしているのは、単純にあの技がもう一度見てみたいのだ。

 それはもちろんその技を見て、対策を練りたいという意味も含まれている。由香と戦うことは なくとも、同じ技を使う選手は他にもいるかもしれないからだ。

 となると、その危険な仕事をかって出るのは、組み技担当の浩之しかない。もっとも、今は組み技 担当とは言え、何かできるわけでもないのだが。

「仕方がない、葵ちゃんが由香の毒牙にかけられるぐらいならこの俺が犠牲になって……」

「ちょっとちょっと、浩之君。人を変態みたいに言うのはどうかと思うよ」

「命の保証があるだけ変態の方がましだ」

 浩之は由香の言葉を一言で却下した。いつもは却下される方だが、葵の身の危険があるとなると 負けてばかりもいられない。

「しかし、どこで技かけるんだ? いっとくが、こんな硬い場所でかけられるのは嫌だぜ」

 一応関節技なので、硬い場所でも関係ないように見えるが、一度相手を引き倒す動作も含まれて いるのだ。下手をすれば、頭から落とされることだってあるし、背中から落ちても、硬い場所では 威力が違う。

「もうちょっとしたらお客さんが全部外に出るから、そしたらリングでやろうよ、スパーリング 形式で」

「……なあ、由香よ。そんなことしても怒られないのか?」

「うーん、多分怒られると思う」

「おいおい」

 由香の相変わらず無責任な言葉に、浩之は半眼で睨む。

「まあまあ、だいじょーぶだいじょーぶ。話のわかる人もいるからためしに言ってみよ」

「で、それで駄目だったらどーすんだ?」

「それはもちろん」

 由香は、何を当然のことを聞くのかとばかりに言った。

「ここでするに決まってるよ」

「……」

 浩之は、心から話の通じる相手がいることを祈った。

 

続く

 

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