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最強格闘王女伝説綾香

 

二章・修練(24)

 

「お〜い、浩之、動けるか?」

 ペシペシと修治は倒れたまま動くこともできない浩之のほほをたたいた。

「……無理だ」

 浩之は、完結に修治の言葉に答えた。

「まったく、だらしないぞ、いつもながら」

 修治は笑いながらそう言ったが、浩之は自分ではそうは思っていなかった。むしろ、受け身まで 付き合えたことは賞賛に値すると言ってもいいと思った。

 だが、それを口にして反論するだけの体力は、すでに浩之の身体の中に残っていない。

「これじゃいつになったら技を教えれるのか分からんぜ」

「まあそう言ってやるな、修治よ。浩之は浩之で十分によくやっておるよ。今日びの自堕落な生活 を送っておる若者にはできん量の運動だ」

 雄三は、一応浩之をフォローしているようにも見えるが、だいたいにおいてその後に下に叩き 落すタイプなので、油断はできない。

 そういえば君づけじゃなくなったな。

 修治はともかく、雄三は今まで浩之のことを君づけで呼んでいたのだが、いつの間にか呼び流し になっていた。これも、お客から弟子になった変化なのだろうか。

「もっとも、さっさとついて来れるようにならなければ、そのエクストリームとか言うものにまで に技を教えることもできんがな」

 ほら来た。浩之は心の中でそうつぶやいた。雄三と修治はよく似ているのだ。この性格の悪さ とか、相手の貶め方とか。

「ま、そこでちゃんと修治の動きでも見ておくのだな。もちろん身体を動かすのが1番良いのだが、 あまり無理をして死なれても困るからのう」

 冗談に容赦がないのには、少なくともこのきつ過ぎる練習よりは慣れた。

「これぐらいで死ぬことはないって。いつもの練習量の今日は3分の2ほどにしてやったしさ。 それぐらいで死んでたら、俺が何度も死んでることになるぜ」

「何を言うか。人間には体質というものがある。浩之の虚弱体質では、それも冗談では済まされん かも知れんぞ」

 この2人は……死人に鞭打って、何が楽しいと言うんだ。

 しかし、2人が浩之をけなしているときの表情は、かなり嬉しそうなのは間違いようのない真実で ある。

 浩之も、ここで練習をつんで強くなるという目的がなければ、さっさと逃げ出したい場所だ。 どちらも悪意はないのだろうが、悪気に関してはかなりありそうだ。

「さて、しかし、せっかく来ているのだ。せめて、わしからありがたい戦術理論でも教わっていく が良い」

「戦術って、油断してる弟子を横からドロップキックで吹き飛ばすことがか?」

「まだあのときのことを根持っておるようじゃのう。言っておくが、わしは他の流派の者に奥義を 見せてもいいとは一度も言っておらんぞ」

 修治は、へいへいと肩をすくめて、道場の端にある何か木の棒の固まりのような物に近寄った。

 バドドドンッ!

 風を切る音と、修治がその木の棒でできた変な固まりを叩く音が重なる。

「だいたい俺が、そんなに簡単に奥義使うとでも思ったのかよ?」

 と雄三と話をしながらも、その木の固まりに打撃を止めずに打ちこむ。打撃練習用の木のようだ。

「そんなものわしが見て分からんと思ったか?」

「おっかしいなあ、あのときはちゃんと重心をばらけさせてたつもりだったんだがなあ」

 ズドンッ

 修治の後ろ蹴りが、その木の固まりと言うよりは、木の幹のような胴体に打ちこまれ、一際大きな 音をたてる。

「重心とかの問題ではないわ。あのとき、お主にあの来栖川のお嬢さんに対抗する、奥義以外の どんな手が残っておったと言うのだ」

「けっ、悪かったな、弱くてよ」

 すねているような口調のわりには、打撃の連打は止むことなくその、おそらく人間を模してある のであろう木の固まりに打ちこまれる。

「それよりも、修治。少しは集中してやったらどうだ? そんなしゃべりながらでは一撃必殺の 力も出まい」

「はいはい、そいつはうっかりしてました。以後気をつけます、じじい」

「じじいと言うなど何度も言っておろうに」

 しかし、修治はその言葉に耳を傾けることなく、単に無視したのだが、打撃練習に集中した。

 実にフレンドリーな会話だった。内容に奥義とか一撃必殺とか危険な単語が含まれる以外は。

「しっかし……見事に安定してるよな」

「おお、浩之。今日は復活が早いの」

 浩之は上体を起こして、修治の打撃を見ていた。まだ息は荒いし、脈も元には戻っていないが、 とりあえずまったく身体が動かないということはない。

 俺も俺でタフだよな。

 すでに少しずつこの無茶苦茶な練習にもついていけるようになってきているこの身体は、浩之 本人も驚嘆に値すると思っている。

「いっつも基礎練習で倒れてたら先に進めないですからね」

 浩之は、がらではないが、雄三には敬語をなるべく使うようにしていた。一応師匠に当たる相手で あるし、雄三相手には敬語を使った方がしっくりいくからだ。

「いい心がけではあるが、しかし、練習はできるほど回復してはおるまい?」

「残念ながら」

 雄三には、浩之の残り体力など、某カウンターを見ているよりも分かりやすく見て取れるの だろう。修治にはそこまで見えているのかどうかは分からないが、浩之の限界ギリギリをちゃんと 超えた加減で練習をしているあたり、作為的な物を感じないでもない。

「それで、どうして修治はあんなに打撃を打っても安定してるんですか?」

 浩之から見ると、修治が本気で打つ打撃は、威力的には全力を込めて打っているように見える。 しかし、普通ならバランスを無くしそうなその打撃を、修治は連打して打てるのだ。

「何、あんな手打ちの打撃、打撃のうちに入るまいて」

「手打ちって、あの打撃がですよ?」

 浩之には、どう見ても腰を入れて威力を最大限に引き出しているようにしか見えない。

「本物の打撃というものは、あんなものではない。今は単に連打のスピードを上げる練習をして いるだけだ。おい、修治!」

「あん、何だ、じじい?」

 修治は、一度打撃の連打を止めて、雄三の方をふり返った。

「じじいではなく師匠と呼べと言っておろうが。まあ、それはいい。修治、少しお前の全力の打撃 を浩之に見せてやれ」

「いいけどさ、あんまり無茶すると、またコレが壊れるぜ」

 そう言いながら、修治はコンコンと自分の打撃をさっきまで受けていた木の固まりを叩く。

「ためし打ち用の板がまだ残っていたろう、あれを使ってもいいぞ」

「お、いいね。アレやらせてくれるんなら、やってやるよ」

 そう言うと、修治は何故か嬉々として道場の物置部屋に入っていった。

「まあ、見ておれ。わしから見ればまだまだだが、真の打撃というものを見せてやるからの」

 そう言う雄三の顔は、どこかいたずらっぽく笑っていた。

 

続く

 

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