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最強格闘王女伝説綾香

 

二章・修練(25)

 

 修治が用意したものは、看板のような木の板だった。

 下に重りがついており、そう簡単には倒れなくしてある。棒の先についた看板のような板は、 かなり厚い。

「ためし打ちって、もしかして、あの木の板を割るんですか?」

「そうだ」

 雄三の答えは簡潔だった。

 まあ、あの程度の木の板なら……

 浩之には無理としても、もしかしたら葵ならいけるし、綾香なら平気で割るだろうことは予測が つく。もちろん、修治にも余裕のはずだ。

 せいぜい人間が持つのではなく、重しという不安定な台座であの木の板を割るのが難しいかも しれないと思える程度で、浩之が驚くほどのことでもない。

「俺にはできませんが、そんなにすごいことだとは思わないんですが……」

 真の打撃と言われたので、もっとすごいことをやってくるのだろうと浩之は思っていたので、 正直言うと期待はずれだった。

「感想は見てから聞くことにするわい」

 雄三はどこか楽しげに言った。その表情が、あきらかに浩之が驚くのを見たがっている、そして 予測している表情だったので、浩之も少し警戒する。

 しかし、あの板を割る以外に、何かするのか?

 恐らく正拳突きか蹴りで割るのだろうが、それぐらいでは浩之も驚かない。せいぜい、手刀で 割られれば、さすがと思う程度だ。

 修治は、何故かかなり近い間合いで腰を落とす。あれでは拳の間合いよりも近い。

 ハァ〜ッ!

 修治が、大きく息を吐きながら、ゆっくりと肘を上げる。

 そして、2、3秒動きを止めた。

「ハッ!」

 ベキッ!

 修治のかけ声とともに振り下ろされた肘が木の板を斜めに打ちぬいた。

 少しのタイムラグを置いて、割れたというより、完全にたたき折られ、引き千切られた板が 床に落ちる。

「ま、ざっとこんなもんかな」

 修治は、そう言いながら、折れた板を拾い上げると、浩之に向かって投げた。

 浩之が受け取った板は、板の木目とは関係ない斜めに、まるで怪物にでも引き千切られたかのよう に折られていた。

「……普通、こういうのは木目にそって割るんじゃないのか?」

 木目に垂直にというなら、浩之にもある程度分からないでもない。割れにくくはあるが、反対に 力は入りやすいので、割ることも威力さえあれば可能だろう。

 しかし、修治の打撃は、まったく木目を無視して、斜めに折られていた。しかも、ただ折られた だけでなく、板が二つに千切れているのだ。

 浩之が十分驚いているのに満足したのか、雄三が解説を始める。

「打撃には、最終的に目指す場所が二つある。一つは、木目にそうように、つまり、破壊する物の 弱点をつき、最小の力で相手を折ること。もう一つは、ただ単純に力とスピードで、相手を、破壊 すること……だ」

 木目とは関係ない斜めに折られた板を見ながら、浩之はぞっとした。これが人間ならば、受けた 部分の骨が折れて、恐らくそれだけでは済まないだろう。

「修治の振り下ろしの肘は中でもなかなか威力だけはある技だからの。まあ、一度は見せておいた 方がよかろう。組み手中に、使うそぶりを見せたら死に物ぐるいで避けぬと、えらい目にあうから のう」

「へんっ、じじいの場合は、どれも死に物ぐるいで避けても、必ず当ててくるじゃねえか」

 憎まれ口というにはあまりにも恐ろしいことを言いながら修治が割った板の半分を片付けて 戻ってきた。

「当たり前だろう。打撃は、相手を破壊するためにあるのだ」

「弟子を破壊しようとしてどーすんだ」

「何、そう簡単に破壊されるような弟子を持った覚えは……」

 雄三は、ちらりと浩之の方を見て言った。

「最近まではないぞ」

 実に取りも直さず、浩之は簡単に破壊できると言っているのだ。それは知ってはいるが、やられ たらたまったものではないだろう。

「達人なら達人らしく、もうちょっと乱暴じゃなくならんのかなこのじじいは」

「わしはわしなりに開眼しておるのだ。どんな名刀も人を切らぬと切れ味を無くしていくものよ」

 だからって人を切るのはどうかと思う浩之だったが、今口を出せばだいたいにおいてよくない ことが起こるのは目に見えていたので、黙っておくことにした。

「さて、浩之。一応わしに教えをこうと言うことは、最終的にはそのどちらの打撃も使えるように なることを意味する……が、当然鍛錬は厳しいものになる。とりあえずは、ここらは無視しておくか? おそらく、エクストリームには必要のないものだろう」

「必要ないって、打撃の威力がですか?」

「一応KOもあるようだが、わしの聞くかぎり、どう見ても組み技の方が有利なルールなのでな。 まったく、額も肘も目潰しも金的も反則など、打撃の面白みを半減させるような……」

 雄三はぶつくさと言っているが、浩之から見れば当然かなり危険な発言だ。

「だいたい、倒れた相手を蹴ってはいけないなど、多数にかこまれたときにどうするつもりだ。 相手を素早く引き倒して首なりひざなり頭なり胸なり踏み抜けばそれで一人無力化できるというもの を、格闘の本質を忘れてしまいおって」

「じじいじじい、今の日本じゃ別に多数の相手と素手で戦わないといけない状況なんてそう起きない ぜ。やるとしても、せいぜい4、5人だ」

「……4、5人ともやらないって」

 浩之はおもわず突っ込みを入れてしまったが、その前に4、5人は雄三や修治には「多数」に 含まれていないようなので、そこに突っ込むべきだったのかもしれない。

 どちらにしろ、常識外れな二人だった。

 いつか、俺もこの二人に追いつかないといけないのか……

 現段階どころか、永遠に無理のような気もするが、少なくとも、近づくことは無理でもやらなけ ればならない。

 俺がこの無茶苦茶なレベルに近づかないと、はっきり言って綾香や葵ちゃんの役にはたたない だろうからな。

 浩之は、再度決心を決めるのであった。

「しかし、せめて喉を突くぐらいは」

「死ぬって、じじい」

 ……しかし、それまでに浩之の命が残っているのかどうかは、かなり怪しいところではあった。

 

続く

 

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