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最強格闘王女伝説綾香

 

二章・修練(26)

 

「いらっしゃい、真緒」

「ひさしぶり、綾香」

 その日、綾香の家を訪ねてきたのは、175センチはあるだろう大柄の女の子だった。

 髪は短く切りそろえられ、腕はまるで男を思わせるほどに太い。いや、並の男よりは太い身体だ。 もちろん、その太さは贅肉ではなく、筋肉であるが。

 かわいいというよりは、かっこいいタイプの女の子だ。もう少し筋肉質でなければ、モデルと 言っても通るかもしれない。しかし、少なくともその動きは、キビキビとしている。

「どう、そっちは?」

「なかなかエクストリーム対策には時間取れないよ。インターハイとかもあるしね。コーチとか 学校は、もうオリンピックとか口にしてるし、肩こって仕方ないよ」

 彼女は、渡辺真緒。数ある高校柔道の大会をことごとく総なめにし、すでに国内には敵なし。 次はオリンピックと言われる、いわば日本女子柔道会の宝である。

 にもかかわらず、本人はそのまわりの言葉をうとく思っているようで、オリンピックなどという 言葉を聞くと、あからさまに嫌な顔をするのだ。

 普通、ここまで来れる選手はどこか結果を残すことにやっきになるところがあるのだが、何故か 真緒にはそんな部分がない。

 だからこそ、彼女はまわりの反対も押し切ってエクストリームに参加したのだ。

 優勝確実、とまで言われた彼女を決勝で倒したのが、綾香なのだ。

 綾香も空手で全国で1位になったりもしたので、まったく注目されていなかったわけではないが、 いかんせん空手と柔道では、柔道の方がメディアに出ることは多い。

 そして、柔道と空手の女子日本1が異種格闘技をするという、まれに見るドリームマッチが 行われたのだ。

 結果は、言ったように綾香のKO勝ち。

「またまた、金メダルは正直欲しいんじゃない?」

「金メダルねえ、まあ、もらっても悪くはないとは思うけど、そうそううまくはいかないって。 銅ぐらいは何とかなるんじゃないの?」

 悪びれもなく真緒はそう言うが、あまり嫌味ではない。彼女のさっぱりした性格を知れば、 むしろ好感が持てるほどだ。

「それに、ちゃんとあんたを倒さないと、私も気持ち悪いしね」

「へーっ、言うわねえ。決勝では私にKO負けしたくせに」

「それを言われると辛いわ」

 そう言って、二人は笑った。

 綾香はすでに空手には手を出していないが、真緒は柔道をしながら、エクストリームに出て きたのだ。

 まわりの反対は多かったようだが、追放はされなかったようだ。それほどに、真緒は回りからは 期待されている選手なのだ。

 そんなどこかよく似た二人が、決勝で戦って、その後もちょくちょく会っているというのは、 必然なことなのだろう。

 真緒にしてみれば、今まで同世代には誰一人敵はいなかったのに、初めて完全に倒された数少ない 、いや、初めての経験だった。

 綾香は綾香で、空手でない場所で、空手でないものを使ってくる、中でも一番歯ごたえのある 相手だと真緒のことを感じたのだ。

 最終的には綾香が圧勝したことになるが、あの大会の中で、初めて苦戦したと言っていい相手 なのだ。両方が両方に敬意を払えるし、両方とも相手を良いライバルだと思えるのだ。

「で、今日はゆっくりして行くの?」

「そうしたいんだけど……なかなか暇なくてね。今日は夕方に帰ればいいんだけど、最近は遊ぶ時間 もなくって。こんなんじゃあ彼氏も作れないわよ」

 真緒は寮暮らしで、コーチや学校が生活にはうるさく口を出してくるのだ。

「まあ、仕方ないんじゃない? オリンピックのことも考えると、さぼらせるわけにもいかないん じゃない? あ、入って」

「んじゃおじゃましま〜す。いやさ、私も練習は嫌いじゃないんだけど、やっぱり一女子高生と しては彼氏の一人でも作りたいわけよ。もちろんうんとかっこいいヤツを」

「うーん、それは暇があっても無理じゃないの?」

「うわっ、友人に向かってその態度。私はえらく傷ついたわ」

「それぐらいで傷つくようなタマじゃないでしょ」

「ま〜ね、綾香の次ぐらいには面の皮厚い自覚あるし」

「真緒も言うようになったわねえ。あ、セリオ、真緒にお茶入れてあげて」

 横に付き添っていたセリオに、綾香は頼む。

「はい、分かりました」

 セリオが音もなくキッチンの方に消えていった。

「さすがお嬢様、命令するのがえらく手馴れてるわね」

「育ちが違いますから、オホホホホ」

 気持ち悪い笑いをしながら、二人は綾香の部屋についた。

 綾香はもちろん冗談で言ったのだが、普通に町を歩いていても真緒に声をかけてくる男はいない と思ったのは本気だった。

 何せ、その上背に、目はまるで肉食獣を思わせるように鋭い。かっこいいのだが、男が近寄れる 雰囲気ではない。おそらく学校では女の子にえらくもてているだろう。

「そういう綾香はどうなのよ? 彼氏の話なんて一回も聞いたことないけど」

「え、私はね〜」

 綾香はちょっと考えた。当然浩之のことをだ。

 ちゃんと告白したことはないが、まわりから見れば恋人に見えないこともないだろうと思ったり するのだが、それを言うと浩之のまわりの女の子は浩之に対して距離が短いからなあ。

 でも、別に自信過剰ってわけでもないと思うんだけどなあ。あれで私に気がないとは思わない けど……浩之はわかんないところあるし……

 そしてさらに考えて、ちょっとだけ顔を赤くしながら、真緒の質問に答えた。

「ん、ま、ま〜ね」

「何よ、その微妙な態度は」

「いる……と言われると、いるような気がするんだけど……」

「……はは〜ん、片思いだな」

 真緒はピンと来るものがあってニヤニヤしながら言った。

「違うわよ……と思う」

「へー、綾香に彼氏ねえ。まあ、別に不思議じゃないけど、やっぱ不思議だわ」

「言ってることが矛盾してるわよ」

「だって、綾香って顔はいいかもしれないけど、変だから、並の男じゃついてけないじゃない」

 かなり的を射た言葉である。綾香は確かに美人だが、その分並の男ではつりあわないのだ。

「悪かったわね、変で」

「気にしない気にしない。変わり者って言うんなら私も変わり者だし。でも、ちゃんと今度は その彼氏見せてよ」

「……気が向いたらね」

 浩之を彼氏として紹介したら、浩之はどういう態度を取るだろうか? 嫌がるだろうか……それとも ……いや、きっと、突っ込むか平気な顔で「貸し1な」と言ってくるだろう。

 別に、友達にいい顔がしたいわけじゃないんだけどね。

「ほらほら、勝手に頭の中で妄想に走らない」

「走ってないわよ。それで、今日は話しに来ただけなの?」

「んなわけないじゃない。せっかくここまで来て、綾香と話だけして帰ったんじゃあもったいない わよ。当然付き合ってくれるんでしょ?」

「……もちろんよ、今日も泣かせてあげるわ」

「へん、泣いた覚えは無いわよ。見てなさいよ、今日こそは私が勝つんだから」

 そう言いながら、二人は不適な笑みを浮かべた。

「失礼します」

 セリオがお茶を持って部屋に入ってきて、二人で不適な笑みでにらみ合いながら含み笑いをする 二人を見て、首をかしげた。

 

続く

 

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