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最強格闘王女伝説綾香

 

二章・修練(27)

 

 綾香の家、というより屋敷には、綾香のためのトレーニングジムがある。

 普通の女子高生どころか、有名な格闘家であっても、これだけの設備を個人で持つことはまず ないだろうが、綾香はエクストリームチャンプというだけでなく、来栖川財閥のお嬢様なのだ。服や 宝石にお金をかけることを考えれば、大して無駄使いはしていない、と綾香は思っている。

 趣味が変だと言うのなら、姉の芹香のための大掛かりな儀式の部屋に比べれば、まったく普通の 設備だとも思っていた。

 トレーニングルームを見渡しながら、真緒は深々とため息をついた。

「しっかし、相変わらず成金ねえ」

 しかし、当然真緒から見れば金持ちも金持ち、自分とは次元の違う世界に住んでいると思って しまうような作りだ。

 真緒は確かに女子柔道では日本1と言っても過言ではない実力があるが、所詮は1女子高生だ。 むしろ、普通の生活は派手に遊べないだけ質素と言ってもよかった。

「成金って、お金があるんだから、使わないともったいないじゃない」

「でも、あんたのお金じゃないんでしょ?」

「私のお金よ。エクストリームで優勝したのよ。いくら高校の部だって言っても、普通の大会とは ケタが違うわよ」

 賞金で選手を集めるという手法を取っているのだから、当然賞金は高い。成人の部と比べれば 微々たるものだが、それでも、ここの設備の半分以上はその優勝賞金でまかなったのだ。

「でも、それを言ったら、真緒だって500万ぐらいはもらったんじゃないの?」

 まがりなりにもエクストリームの準優勝だ。1高校生には大金な額をもらっているはずだ。

「そんなもん、全部親に押さえられちゃってるよ。まったく、あの親は子供のこと信用してない んだから」

「でも、使えたら無駄使いするんでしょ?」

 真緒は、にっと笑って答えた。

「もちろん」

「……そりゃ親も心配するわよ。そんな性格知ってたら」

「そうかな〜、私としてはめぐまれない子供達の募金にどーんと半分募金して、半分は遊び疲れる まで無駄使いするつもりなんだけど」

 あながち真緒の性格なら、冗談ではないだろう。

「何かギャップある話ね」

「有効なお金の使い方だと私は思うんだけど」

 つまり、真緒はやはりどこか普通と比べるとおかしな性格をしてるのだ。もっとも、それを当の 本人は楽しんでいるようにも見えるが。

「さて、綾香をうらやましがるのはこれぐらいにして、時間もないからちゃっちゃとやる?」

「もちろん、何も私をうらやましがりに来たわけじゃないんでしょ?」

 綾香と真緒は、何故か男性用と女性用に分けてあるロッカールームで、当然どちらも女性用の 方で着替える。丁重にも、ロッカールームの奥には、一つだけだがシャワー室まで用意してあった。

「ねえ、そっちの男性用って、誰か使ったことあるの?」

「あるわよ。それを想定して作ったわけじゃないんだけどね。」

「へー、あるんだ」

 真緒は含みのある笑いをする。男が使ったと聞いて、おそらくいかがわしいことを考えたの だろう。

 残念ながら、違うのよね。純粋に練習に来たなんて言っても信じないだろうけど。

「あ、あの執事のおじいさんとか言うオチはなしよ」

「セバスチャンは私の相手をするときもいっつもあの格好よ」

「それは……何というかどっか恐いわね」

 あの窮屈そうな格好以外を、綾香でさえ見たことがないのだ。それを聞かれると、セバスチャンは 「一張羅ですので」と笑いながら答えたが、いつも新品同然なので、絶対に嘘だとは分かる。

 動き易い格好をする間でもないってことかしらね……

 その余裕に、むかっと来ることもあるが、セバスチャンは確かに綾香と対等以上に強いのだ。 もっとも、練習にはほとんど付き合ってはくれないが。

 まあ、セバスチャンとくんずほぐれつしても何も楽しくないけどね……

 それをするぐらいなら、浩之とこう……

「おーい、綾香。何ほうけてるの?」

「あ、ごめんごめん、ちょっと考え事をね」

「さっさと始めないと、私の方が暇人の綾香と違って時間ないんだから」

 真緒はそう言いながら、持ってきたスポーツバックから道着を取り出す。真緒は、口ではどう 言いながらも、自分が柔道家だと言うことに、ある程度の意識は持っているようだった。

「私も忙しいのよ……多分」

 綾香と真緒は、そんなに時間もないのだが、ゆっくりと柔軟をする。綾香はそこまで気にはしない のだが、真緒の方が準備運動を中途半端で終らせることの危険性に敏感なのだ。

 確かに、ゆっくりと準備運動をした方が身体もほぐれてよく動くのは確かなので、綾香もそれに 付き合う。

 真緒は、さすがに次期オリンピック金メダル候補と言われるだけあって、柔軟のやり方だとか 準備運動の仕方はよくこつを覚えている。綾香も多くを参考にさせてもらったものだ。

 綾香はありていに言えば天才なので、スポーツ生理学だとかの助けをほとんど必要としないの だが、だから反対に他人にはそういうことを教えることができない。

 真緒は、確かに変な性格ではあるが、むしろ学校の先生が向いているのではないかというぐらい 教えるのがうまい。綾香のスポーツ生理学の知識は、ほとんどは彼女から得たものなのだ。

 十分に身体をほぐしてから、二人は部屋の真ん中に立った。

 部屋の中央には、丁度エクストリームで使われる広さが、赤線で区切られている。床は、 エクストリームの試合場で使われる特殊なマットで覆われていた。

「どう? エクストリームの試合場に合わせて作ってみたんだけど?」

「へー、さすが金持ちは違うわね」

 そう言いながら、真緒は中央の方でピョンピョンとはねて固さを確認する。

 エクストリームの試合場は、マットが赤線でし切られただけの試合場を使う。畳ではないが、 それはむしろ柔道場に近い雰囲気があった。

 エクストリームほどの大会になれば、はっきり言って投げ技を使える機会など、ほとんどないが、 それでも固い板の上で投げをやられては命にかかわるので、ある程度やわらかいマットの上で戦う のだ。

 だが、それは柔道経験者にとっては畳よりは十分危険な固さな上に、打撃者はその表面だけやわ らかいマットに足を取られて、足のふんばりが効かずに威力のある蹴りや突きが出せないという、 打撃技不利の部分もあった。

 今は色々とルールや試合場も改定されようとしているが、おそらく少なくとも次の大会ではこの ままこのやわらかさを持ったマットで戦うことになるだろう。

「相変わらず、表面はやわらかいわね、このマット。タックルかけるのに出足が鈍って嫌なんだ けどなあ」

 組み技系の格闘家が、寝技に持ち込むために行うタックル、柔道で言うところのもろ手狩りだが、 これも出足がマットに取られて、スピードが殺される。

 結果、どちらも威力やスピードが落ち、有利不利半々という感じのマットだが、綾香としては さっさと固いマットに変わって欲しかった。

 せっかくレベルの高い試合ができるのに、それを物が落したんじゃあ、楽しくないじゃない。

 おそらく、真緒も同じ気持ちなのだろう。どこか憎らしげな表情でマットの上で飛んでいる。

「まあ、文句言っても仕方ないし、このマットでも相手を倒せるタックルがかけれない自分の精進 が足りないってことにしとくわ」

 もっとも、真緒のタックルで倒せなかった相手は、綾香一人だけだったりするのだが。

 真緒の試合を何度かテレビで見たことがあるが、彼女がタックル、つまりもろ手狩りを試合中 に使ったことは一度もなかった。

 なのに、彼女のタックルに、アマレスの選手がなすすべも無く倒されているのだ。それだけ鋭い 、完全に自分の技としているタックルを、柔道で使わないのもおかしな話だ。

「真緒のタックルは恐いけど、バカの一つ覚えみたいなタックルじゃあ、私には効かないわよ」

 何より、綾香はついこの間真緒よりも鋭いタックルを見せつけられたのだ。そして、綾香はその タックルをことごとく撃退、というより無効化している。

 もちろん、真緒も遊んでいるわけではないので、前よりも進歩はしているだろうが、綾香も綾香で 進歩しているのだ。

 この差をつめるのは並大抵の努力じゃあできないわよ。自分のことながら、綾香はそう心の中で 言い切れた。

 しかし、真緒のことだ。期待は裏切らないだろう。何せ……

「セリオ、レフェリーお願いね」

「はい、了解しました、綾香お嬢様」

 綾香は、大きく息を吐いてから、真緒と向き合った。

 みなぎる気力、充実した時間が、今から待っているのだ。待ちどうしくてたまらない。闘う前 だと言うのに、自然と笑みがこぼれる。

 真緒も同じような顔をしている。

 やはり、真緒と私はよく似てる。真緒も、退屈していたのだろう、柔道界に。

 私も、退屈していたのだ。空手というものに。

「レディー、ファイトッ!」

 真緒は期待を裏切らない。何せ、私が空手を止めて、1番最初に闘って楽しいと思えた相手 なんだから。

 真緒も、綾香と同じ顔をして、笑っていた。

 

続く

 

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