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最強格闘王女伝説綾香

 

二章・修練(29)

 

 もうちょっと様子見かな。

 綾香は、ちょっとそんなことを考えながら、真緒の顔面と鳩尾を狙ってワンツーを放つ。最初の左は顔面を、次の右は鳩尾を狙う、2連携のワンツーだ。綾香の打撃の速さと組み合わされば、まず受けることは不可能な、単純かつ強力な連携技となる。

 普通であれば、相手はどちらかと言うと、身体を半身にして、身体の中心を通る線、急所の集中した正中線を隠すような構えとなり、ストレートで鳩尾を狙うのは非常に難しい。さらに言えば、相手の打撃を受けてはじく方向は、相手の背中を取れるようにはじくので、次の打撃を打つのはなかなか難しいのだ。

 だが、そこは綾香だ。ワンツーの一撃目を横にはじかれるようなヘマはしないし、綾香の打撃精度を持ってすれば、横半身になった相手の鳩尾をストレートでとらえることだって難しくはない。

 それに、真緒はどちらかと言うと、正中線を隠さず、正面にくるようにかまえるのだ。

 綾香の神速とも言える左のストレートにも似たジャブで死角を作り、返す刀で鳩尾を打ちぬく。綾香の得意とするフィニッシュブローの一つなのだ。

 しかし、これで決まるとは、綾香は少しも思っていなかった。普通ならフィニッシュブローにもなる連携だが、それは相手が真緒ではなかったらの話だ。どれだけひいきめに見ても、まだ一つもゆさぶりをかけていない状態で決まるには、綾香と真緒の差は大きくない。

 これも避けられないほど、実力差が開いていたら、それは楽しむ価値もない。

 綾香は冷たい目でそう思っていた。もちろん、その奥では、当然それをかわしてくる真緒を期待しているのだ。弱い者をいじめて楽しむ性格は、綾香には、少ししかない。

 真緒は、その期待を裏切らなかった。

 まず、左のジャブを一歩後ろに下がり避けながら、もっと速いスピードで横に避ける。

 速いと言っても、綾香の拳速ほどではないのだが、極端な話、綾香の打撃であろうと鳩尾を直撃しない限りは、胸に受けてもほとんどダメージを受けないことを分かっているのだ。

 もっとも、それは自分の身体に自信のある真緒でこそできる芸当だろうが、その動きには無駄がなく、判断も早い。

 綾香は、まったく効果のあげれなかった打撃を打った後の隙を考えて、追撃をするのをあきらめて距離を取った。当然、それを追撃されても十二分に反撃ができる余裕を持ってだ。

 綾香は、一応組み技も一通りこなせるようにはなっているが、それはやはり打撃と比べると、格段に落ちる。そこらのエクストリームレベルならどうとでもあしらえるが、真緒ほどのエキスパート相手では分が悪い。

 そして、ついでに真緒の打撃の消し方は独特で、打撃を使う物にとってはやっかいな相手だった。

 真緒は、打撃を自分の打たれ強さと、鍛え上げられた反応にたよって、頑丈な部分で受けたり、距離を殺して打撃の威力を消すのだ。

 打撃を打てば、どんな使い手でも隙ができる。もし距離が離れてしまっていたり、腕をガードに使っていたりすれば、その分相手をつかまえる時間は長くなり、逃げられてしまう可能性が高い。真緒は、その時間を短くするために、独自の打撃殺しを完成させているのだ。

 もちろん、真緒であろうと、いつでもその無理な動きができるわけではないが、その動きができるとできないでは、最後の決め手となる技が大きく違う。

「……衰えてはいないみたいね」

 まったく冴え渡った動きを見せた綾香が、ひねくれた言葉でほめる。

「ご期待にそえてうれしいよ、こっちも」

 皮肉たっぷりに真緒は言葉を返してるが、綾香に自分の腕が衰えていないことを分からせるために、わざわざ難しい避け方をしたようにも見えないでもなかった。

 真緒は柔道では完全な現役であり、綾香はどちらかと言うと、一般の高校生活を満喫しているが、それでも綾香に衰えというものは見えてこない。真緒も、柔道とエクストリームが違うことを十分に承知しているので、真緒の方がブランクがあると自覚しているのだ。

 何より、真緒にも見えるのだろう。綾香が、また一段と強くなっていることが。

 その皮肉の顔の奥にも、ちらほらと驚愕の表情が見え隠れしている。真緒とて遊んでいたわけではないが、綾香との差はまだほとんど縮まっていないことは、明白だった。

 今の避けるのも、一歩間違えば一撃でKOされていた……

 綾香としては試しただけなのだろうが、真緒にとっては必死の回避となったのだ。

 やっぱり、綾香は強い。まだ、私では勝てないかもしれない。

 それでも、勝負は時の運なのだ。前も言ったように、綾香と真緒の間には、すぐに決着がつくほど決定的な実力の差はない。

 真緒とて、格闘家のはしくれ。そして、スポーツマンとしては一流だ。例え不利な状況であろうが、勝つ可能性があるのなら、止めるわけにはいかないのだ。しかも、目の前にいるのは、自分が1番戦いたく、そして倒したい相手なのだから。

 捕まえれば、活路は開ける。

 真緒は、ゆっくりと手を上に掲げる。真緒独特の構え、そこからくり出される素早い動きで、何度も相手を捕まえてきたのだ。捕まえきれなかったのは、綾香一人だけだ。

 長身の身体が、まるで上半身と下半身が別の動物かのように素早く動きながら、綾香を上から包みこむように襲いかかる。

 当然、その場合は胴体ががら空きになるが、真緒にも自信があった、打撃の打ちづらい距離にまで入ってしまえば、例えどんなにがんばっても一撃で真緒を仕留めることはできないのだ。そして、真緒は、どんな打撃だろうと、耐えて捕まえれると。

 だが、それは相手が綾香でなければの話だ。綾香は、まずその距離まで入らせてはくれない。その場合、真緒の構えは急所をさらけ出して動いているようなものだ。

 だが、真緒とて作戦がないわけではなかった。

 綾香は、そんなことは百も承知なので真緒の脇腹や鳩尾を狙って突きを繰り出すためにいったん腕を引いた。

 今だ!

 その一瞬の隙をついて、真緒の下半身は本当に別の生き物の動きで、綾香の足に滑りこんだ。

 一瞬、綾香の反応が遅れる。本当にほんの一瞬だ。

 それで十分!

 真緒の身体がしずみ、マットの上を滑って綾香の脚に、自分の脚をからめた。

 

続く

 

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