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最強格闘王女伝説綾香

 

二章・修練(32)

 

「タックル殺しねえ」

 真緒は、自分の受けた打撃を分析しようとしたのだが、残念ながら、今まで真緒が受けたどんな打撃にも綾香にKOされた打撃とは違っていた。

「いまいち、何をされたかわからなかったんだけど、あれって何よ?」

 打撃を受けた場所は、延髄、つまり後頭部のやや下だというのは痛みでわかる。かなり鈍い打撃痛がまだしこりのように頭の奥をゆらしているのだ。

 普通の人間なら、吐き気を感じて倒れていてもおかしくない。

「まあ、私もKOされるのは慣れないけど、ないわけじゃないしさ。残念ながら、こんなところに打撃を受けたことはないけど」

「そういや、私のウサ耳パンチは避けたわね」

「ウサ耳パンチって……」

「綾香お嬢様、あまり良いネーミングセンスだとは思われませんが」

 横で真緒の手当てをしているセリオでさえも冷たい突っ込みを入れる。

「私はそんなことないと思うけどなあ。我ながら、よくできた名前だと思うけど」

「で、何さそれ?」

「ラビットパンチの変形の、私が良く使うパンチがあるでしょ」

 綾香の得意技の一つであり、さらに言えばKO率の高い、もっと言えば、今までそれを避けたのは真緒と浩之、それに修治だけである。浩之が一度避けたことがあるが、とりあえずそれはあきらかなまぐれと言ってもいいので、カウントしなくてもいいかもしれない。

 ボクシングでは反則技であるラビットパンチ。正面からのパンチを懐に飛び込まれて避けられたときに、そのまま返す刀ならぬ拳で後頭部を狙うのだ。

「ああ、あれね。まったく、あれって後ろから危険な場所狙うんだから、卑怯だね」

「何よ、ルールにはのっとってるし、何より、避けれないのが悪いのよ」

「まあ、まったくだな」

 自分は避けたことがあるので、真緒としても綾香にわざわざ文句を言うつもりもなく、結局追随してえらそうなことを言っていたが、セリオは相変わらず聞き流したようだ。

「あれって、丁度うまく決まると、耳の後ろ辺りを拳が抜けるような格好になるのよ。で、ラビットだから、ウサ耳パンチってわけ」

「……まあ、あんたしか今のところ使ってないし、どんな名前つけようと、私にゃ関係ないけどね」

 しかし、平和そうな名前だが、実際はかなり危険度の高い技である。でなければボクシングで反則になったりしない。

 特に、それがうまく決まると、頭を抱きこむようにして、まるでコマのように相手の首を横回転させるのだ。もちろん、そんな打撃を受けた相手が無事で済むわけはなく、当たれば確実なKOを誇っている、いつかは死人を出すのではないかと思えるほどの技だ。

 だが、綾香はそれを使うことを止める気はない。大なり小なり、エクストリームという舞台に立つためにはリスクを背負うのだ。綾香だって、何が起こるかわからないのだ。たまたま避けそこなった一発のパンチで、下半身不随になることだってありうる。

 だが、それは、覚悟していた。それが覚悟できない者が、あの舞台に立つことの方が罪なのだ。

 そして、それを証明するように、綾香はルールが許す限り、危険な技を駆使する。

 まあ、そんなのだから、綾香は確かに実力はトップだし、強さには疑いようもないが、関係者にはあまり評判が良くない。実力差があっても、危険な、そこまでする必要のない技を使って倒すからだ。

 だが、それを相手も綾香に直に言うことはできない。誰でもそれで自分が覚悟していないと言われるのは許せないし、もし実力差が均衡していれば、危険な技を使ってでも勝とうとするものは何人でもいるのだ。自分のことを棚にあげて、他人に文句ばかり言うには、その舞台に立つものは低くなれない。所詮は、勝負の世界だ。自分の技であれば、そしてそれが反則と取られないからには、どんな手を使ってでも勝つべきなのだ。

 しかし、綾香にKOされるのは仕方ないだろうが、それがウサ耳パンチなどというふざけた名前では、浮かばれないのも確かな話だ。

「で、そんなバカな名前はいいから、私って何の打撃を受けたんだ?」

「何かひっかかる言い方ねえ。まあいいわ、教えてあげる。真緒は空手はやってないから知らないだろうけど、私の今さっき使った打撃は、手刀よ」

「手刀?」

 真緒は首をかしげた。

「知らないの?」

「知ってるよ、ここだろ?」

 そう言って、真緒は手の小指のある方の側面をさすった。

「でも、別にわざわざそんな硬くない場所使わないでも、拳でも、ひじ……は駄目だったか。まあ、色々あると思うんだけどさ」

 やはり、単純に硬いもので殴られれば痛い。もちろん掌打のような、そんなに硬くない場所での打撃もあるが、真緒から言うと、手刀というのは、どう見ても打撃に適していなかった。下手をすると、自分の手を傷めてしまいそうだ。

「やっぱり、あんまり強くなさそうだけど」

「そうでもないわよ。手刀は、練習次第なら、岩だって砕くんだから」

 よく空手の試し割りで使われるのは手刀だ。物理学的に言って、力が均一にかかるので、その線にそって割れ易いというのはあるだろうが、後はせいぜい拳よりはまだ痛め難いからというぐらいしか理由を思いつかない。

「でも、わざわざ使う必要ないと思うけど。綾香なら、拳だって掌だって、使い慣れてる打撃なんていくらでも……」

「もちろん、理由はあるわよ。何の理由もなく使ってるわけじゃないわよ」

 そう言って、綾香は別に構えたわけではなかったが、手を上に伸ばした。構えがないものの、それは真緒がKOされた形そのものだった。

「ちょっとだけ見せてあげるわね」

 そう言うと、綾香はゆっくりと腕を下ろした。丁度、手刀を、真緒が飛び込んできたときに当てたときと同じように。

「どう、わかる?」

「わかるって言われても」

 真緒には、綾香が何を言いたいのかがさっぱりわからなかった。確かに、一直線に落ちてくる手刀は、まるで舞踊のようで綺麗だが、それにそれ以上の意味があるのかはさっぱりわからない。

「何がしたいかさっぱりわからないんだけど」

「だから、手刀じゃないといけない理由があるのよ。ここにね」

 そう言って、もう一度、綾香は腕を振り上げた。こんなに脇を無防備にさらけ出す綾香など、見たことがない。

 それはそうだ。綾香はほとんど腕をこんな上にまで上げない。脇をしめないと、スピードも鈍るし、隙もできるからだ。

 そもそも、打撃に上からというのはないのだ。何故なら、それを打つためには腕、または脚を大きく振り上げなくてはならない。そんな悠長なこと、現代の格闘技でやっていたら、簡単に隙をつかれて倒されてしまう。

 まあ、だからこそ上からの打撃に対応しきれなかったんだけど……

「……あっ」

「わかったみたいね」

 そう、打撃が上から来ることなどない。それが普通の常識だ。

 だが、さっきの打撃は、上から来た。

「手刀は、上から相手を攻撃するための打撃なのよ」

 

続く

 

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