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最強格闘王女伝説綾香

 

二章・修練(34)

 

「そう言えば、飛びつき腕十字ってわかるか?」

 浩之は、結局また基礎練習で力つきて倒れたまま修治に聞いてみた。

「ああ、もちろん知ってるが、それがどうかしたのか?」

「いや、前プロレスを見に行ったら、使ってたやつがいてさ。よくわからなかったから、修治に聞いてみようかと思ってたんだ」

「プロレスか……」

 何故か、修治はプロレスと聞くと渋い顔をした。

「プロレスにはあんまり近づきたくないもんなんだが……まあいい。飛びつき腕十字について聞きたいんだったな?」

 正拳突きの練習を止めて、修治が振り返る。

「しかし、あの技、エクストリームとかいうやつで使えるのか?」

「とりあえずルール的には問題ないと思うんだけどな。立ったままの関節技がだめとは書かれてなかったはずだから」

 今の今まで忘れていた浩之が言うのも何だが、あの技は使い勝手が良いように感じた。普通なら、相手を寝転ばしてでしかかけれない関節技を、立ったままかけれるのだ。もし使える技なら、覚えておくにこしたことはないと思った。

「とりあえず、まずはサンボの説明からだな。じじい、頼んだ」

 修治は横で立ったまま眺めていた雄三に話をふる。もしかしたら、自分の練習を邪魔されるのが嫌だったのかもしれないし、単に面倒だっただけかもしれない。

「うむ、それでは、身動きの取れない浩之のために、わしがありがたい話をしてやろう」

 そう言う雄三は、どこか嬉しそうだ。もしかしたら、というか、多分、この達人はそういう話をするのが大好きなのだろう。

「では、浩之。サンボのことをどれだけ知ってる?」

「サンボって言うと、ロシアの格闘技だったと記憶してます」

「うむ、まあ、間違ってはいないが、不十分だ。サンボは、日本からロシアに伝わったものだ」

「日本から?」

 それは浩之には初耳だった。

「そうだ。サンボは、思うほど歴史は古くない。少なくとも、日本の柔道ができた後に作られた格闘技だ。ルーツが柔道にあるのだから当たり前だがな」

「でも、サンボって言うと、どっちかと言うと関節技しか思いつかないですけど」

 日本の柔道は、実はそんなに関節技に精通しているわけではない。関節技の数も、有名なものは片手で数えれるほどしかない。それは、関節技に対する規制が多く、一定の形でしか関節技を使えないからだ。

 まず、手首の関節は取ってはいけないし、極める部分も、肩に限られる。それに、他の首や脚に関する関節技は反則になってしまう。

 柔道をやっている、例えば浩之には面識はないが、真緒などは、どちらかと言うと関節技が得意だが、それは自分の鍛錬の種類が違っただけで、実際、柔道となるとほとんど関節技を使う余裕などない。それよりは押さえ込んだ方が楽だからだ。

 まあ、柔道には締め技という特権もあるが、これに関してはかなり修練を積んでいるだろう。が、脚への関節技はないはずなのだ。

「じゃあ、どうしてサンボには脚関節が?」

「何も柔道がルーツだからと言って、そのまま伝わるとは限らないし、そのまま進化しないわけでもなかろう。琉球空手と、近代空手が似ても似つかないように、サンボは柔道から派生したものだが、柔道とまったく同じではない」

 確かに、近代空手は、琉球空手にはあるものを多く無くしている。しかし、それでも技はほとんど増えていないはずだ。柔道とサンボは、似ているようにも見えないこともないが、ただ組み技だという部分以外、似ても似つかない。

「柔道は、日本という国柄が変わったように、段々とスポーツ化していったが、サンボは、むしろコマンドサンボと呼ばれるように、実践に近づいていったと言ってもいいだろう」

「コマンドサンボって……」

「軍隊格闘技だ。はっきり言って、軍隊格闘技では打撃は無駄な攻撃とされている」

「無駄にはならないと思いますけど」

 綾香や修治の打撃なら、一撃で相手を倒せるのだ。むしろ、一瞬で済ませれるだけ、軍隊格闘技に向いているような気がする。

「それが無駄なのだ。打撃は、もとより多くの修練を必要とする。確かに、ある程度の威力は必ず出せるが、反対に、人間を一撃で殺そうとするには、多くの時間を要する。修治や、あの来栖川のお嬢さん、わしでさえ、必ず相手を一撃で殺せるとは言えん」

 確かに、それだったら修治と綾香が戦ったときに、どちらかが死んでいるはずだ。もっとも、あのまま戦っていたらどちらかが死んでいたかもしれないが、時間がかかりすぎているのは確かだ。

「近距離戦で人を殺すのに、一番適しているのは、何だと思う?」

「えっと……とりあえず、頭への打撃ですか?」

「不正解だ。頭の骨は硬い。下手をすると、反撃を受ける可能性さえある。もちろん、相手を一撃で昏倒、まはた朦朧とさせれば次で殺せるかもしれないが、それでは遅い」

「だったら、金的とか……」

「戦場ではあまりないだろうが、女が相手ではどうしようもないだろう。もっとも、あの来栖川のお嬢さんでもない限り、女と普通に戦っても勝てるとは思うがな」

 雄三は古い人間だから、女性を見くびっていてもおかしくはないのだが、それでも綾香には敬意なり、実力を認めているなりしているようだ。浩之からすれば綾香にだろうと葵にだろうと坂下にだろうと勝てないので、大きなことはいえない立場なのだが。

「……すみません、降参です」

 それを聞くと、雄三はえらく嬉しそうに笑って答えを教えてくれた。

「相手の動きを封じるのだ」

「でも、それだとやっぱり時間が……」

 相手の動きを封じれば、確かに狙いはつけやすくなるだろうが、やはり殺すまでやるには時間がかかると思われた。それでは、頭への打撃と同じだ。

「何を言うか。その後に首なり心臓なりをナイフで一突きすれば、それで終わるであろう」

「ナイフって、格闘技の話じゃあ……」

「軍隊格闘技だ。その本質は、むしろ武器の補助という色合いが強い。ナイフを使えるというなら、相手の動きを封じれば、それで事足りる」

「それはまあそうですが」

 相変わらず、修治もそうだが、雄三も極端なことを言う。問題は、それが冗談のうちはいいのだが、やるとなると間違いなく本当に実行してくるであろうことが予測できることだ。

「相手の動きを封じるならば、打撃より組み技の方が有利だ。打撃は、残念ながら熟練を必要とする上に、確実ではない。だが、例えば締め技ならば、極論だがやり方さえ知っていれば、誰でも人を気絶させることができる。それも、静かに、一撃でだ」

 雄三が、首をかっきる仕草をする。古風ないでたちでそのポーズは、ミスマッチなのも相まって、かなり怖い。

「おっと、話がそれたな。簡単に言えば、サンボは締め関節に偏った柔道だ」

「なるほど。だから飛びつき腕十字が生まれたわけですね」

 雄三は、首を横にふった。

「勘違いしておるな、浩之」

「はい?」

「飛びつき腕十字は、れっきとした柔道の技だ」

 いたずらが成功した子供のように、雄三はにやりと笑った。

 

続く

 

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