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最強格闘王女伝説綾香

 

二章・修練(36)

 

「さて、まずは、軽く一度かかってみるか?」

 雄三は、そう言うとおもむろに浩之の腕をつかんだ。

「ちょ、ちょっと待った!」

「何だ、準備運動はもう十分行っていると思うが」

「い、いや、そうじゃなくて、心の準備が……」

「ふむ、まあ、いきなり技をかけられることに恐怖感を覚えるのは間違いではない。下手をするとそれで殺されることもあるからな」

 実に平和そうに、そう雄三はありがたい言葉をのたまわった。もちろん、浩之の心が落ち着くわけはない。むしろ、乱されまくっていると言っていい。

「だが、安心しろ。わしも、いきなり弟子の腕を折ったりはせん。いくら実践に近い方が良いとは言え、そんなことをいつもしておったら、いくら弟子がいても足りぬからのう」

 正論ではあるが、弟子が足りるなら、それでやるつもりだという気持ちで言っているのは迷惑なことに明白だった。

「とりあえず、力を抜いておけ。もし、無理な力が入っていたなら、失敗してひどい怪我を負うかもしれんからのう。安心しろ、おぬしが力を抜いている限り、ついつい力を入れてしまったなどという無責任なことは言わぬ。手加減ができることも、技術の一つだ」

「まあ、そこまで言うのなら……」

 もちろん、まだかけられることを納得したわけではない。何せ、全然達人ぽくない雄三だ。平気で浩之の腕を折ってしまうことも十分ある話なのだ。

 しかし、結局ここでは逆らえないのが、正直な話なのかもしれない。

 雄三は、浩之の腕をつかんだ。さして力を込めて握っているわけでもないはずなのに、それだけで何故か浩之の動きが止められる。

「まずは、一般的な飛びつき腕十字だ」

 雄三は、浩之の右腕を、左手で持つ。

「飛びつき腕十字は、その名の通り、飛ぶ。そして、脚で相手の腕を挟み、自分は背中から落ちる」

 雄三は、そこまで説明すると、左脚を跳ね上げた。丁度、蹴りのようでもあったが、軸足になるはずの右脚も浮く。

 雄三の左脚が、浩之の頭を蹴るのではなく、そのまま前を抜け、浩之の顔面を覆うようにひっかかる。右脚は、浩之の右脇に入る。

 そのまま、雄三は自分で背中から床に落ちた。完全につかまえられている浩之は、当然巻き込まれてひざをつくが、痛いということはない。ただ腕を脚にはさまれて、抜けないというだけだ。

「とりあえず、これが基本の入り方だ。次に、この体勢から、相手を倒す」

 そう言うが早いか、雄三は脚で浩之を横に引き倒す。雄三の身体が、背中を床につけた状態から脚を伸ばしたのだ。

 当然、体勢もあるし、雄三の脚の力に対抗できるわけもなく、浩之は仰向けに倒される。

「これで、飛びつき腕十字の完成だ」

 浩之は仰向けに倒され、脚に挟まれていた腕は、雄三の脚が伸びるのと同時に、完全に極められた状態で伸びきっていた。

 浩之が力を抜くことに細心の注意を払ったということもあるのだが、完璧に腕ひしぎ十字固めが極まっていた。

「どうだ、概要はわかったか?」

 雄三は、約束通りに、浩之の腕を折ることなく技を解いた。

「はい、だいたいは」

 役に立つかどうかはわからないが、どうやって技に入っていたのかはわかった。

「しかし、えらくトリッキーな技ですね」

「ふむ、確かに、関節技にしては派手……というのも変だろうが、派手な技だからのう。だが、だからと言って別に使えぬ技というわけではない。見ているだけでもそうだが、やられた方は、何が起こったか理解しにくいだろうしな」

「でも、そんなに複雑な技というわけでも……」

 ただ一回かけられただけではあるが、概要は理解したし、十分反撃のチャンスはあるように思えた。単純に、相手を思い切り床に叩きつけるだけでも、十分逃れることができるような気がした。

「実際は、こんなゆっくりとした技ではないからの。何なら、少し早くしてかけてみせるが?」

 浩之が否定するよりも早く、雄三の身体が動いていた。

 右手を取られた、はっきり言ってその瞬間しか理解できなかった。次の瞬間には、浩之は床に叩きつけられ、腕を完全に極められていた。

「これは少し奮発しすぎかもしれんが、熟練すればこれぐらいの芸当は簡単だ。言わずともわかるとは思うが、格闘家同士の戦いで、片腕を折られれば……」

 ギリッと浩之の腕を極める。

「イデデデデデデッ!」

「負けだ」

 そう言うと、雄三は浩之の腕を折らずに、放してやった。本当は本気で折るつもりだったのかもしれない。

「それに、普通の格闘家は、飛びつき腕十字などという邪道に見える技にはほとんど見向きもせんからのう。初めてかけられる技には、対応しづらいものがあるものだ」

 雄三は、そういいながら、浩之を片手で起こすと、また浩之の手を取った。

「ま、まだやるんですか?」

 確かに折りはしなかったが、痛くしないとは一言も言っていなかったので、多少技を極められても文句は言えないのだ。浩之の浅はかな考えから招いたとは言え、そんな痛い目を喜んで受けるほど、浩之はマゾではない。

「あたり前だろう。まだ基礎までしか教えておらんのだからな。ここからは応用だ」

 雄三は、浩之の言い分をわかっているのかどうかはわからないが、嬉しそうに浩之の腕をつかんだ。

「それでは、ここで本題に入る。何故柔道の飛びつき腕十字が使われなくなり、サンボで使われるのかのな」

 雄三は、そういうと、もう一度浩之を飛びつき腕十字に切ってみせる。ただし、今回は、浩之を倒さず、脚を曲げたままだ。

「わしの脚力なら、このままおぬしを倒すことが可能だが、浩之に、もしもっと力があったりすれば、当然倒れないこともある。だが、問題は倒せないことではない。この体勢は、実際は下にいるものがかなり有利だ。この後に、そのまま腕ひしぎに持っていけるし、三角締めなどに移行してもいい。打撃を使おうにも、こう固められていては使い難い」

 そう言われれば、背中を床につけた状態なので、どちらかと言うとつぶされたようにも見えるが、腕を脚で挟んでいるので、下とは言え、組み技の観点から見ると有利なようにも見える。

「それに、これが優れているのは、腕を片手でつかめれば、そこからすぐ技に移行できることだ。隙が少なく、相手が打撃系なら、一瞬で自分の有利な状況に持っていくことができる」

「なるほど、かなり使える技なんですね」

「実際、一対一ならばな。だが、柔道は、その利点をほとんど消してしまった。スポーツとなった格闘技は弱くなる、典型的な例よの」

 

続く

 

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