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最強格闘王女伝説綾香

 

二章・修練(37)

 

「実際、一対一ならばな。だが、柔道は、その利点をほとんど消してしまった。スポーツとなった格闘技は弱くなる、典型的な例よの」

 雄三は、飛びつき腕十字をかけた状態のまま、大きくため息をついた。

「飛びつき腕十字を防ぐのは、案外簡単にできる。両手を握って、腕を伸ばされないようにしてしまえばいいだけだ。そうすれば、腕ひしぎ十字固めには入れぬ」

「あ、そうか」

 言われてみれば、いくら飛びついたとは言え、所詮腕ひしぎ十字固めだ。それが有効な技だというのは誰しもが理解しているし、だからこそ格闘技の世界でよく使われるのだ。

 しかし、反対に言えばそれに対しての対抗策も、多く練られている。その中で一番簡単かつポピュラーなのが、手をフックすることだ。こうするだけで、相手は腕を伸ばして関節を極めることができなくなり、それで避けることができる。

 飛びつき腕十字は、入り方は確かに華麗ではあるが、何のことはない、単なる腕ひしぎ十字固めでしかないのだ。回避の方法も、当然腕ひしぎ十字固めと一緒なのだ。

「でも、だったら使えない技だということに……」

 もちろん、かかることもあるだろうが、それにしたって、受けたことのある相手にとってみれば、簡単に回避できる技になってしまう。何故なら、相手を捕まえてから腕の伸ばすまでの間に、かなりのタイムラグがあるからだ。雄三のような素早い動きができればいいのかもしれないが、それには長い鍛錬の時間が必要となる。

「いや、そうとも言えぬ。言った通り、その体勢になるだけでも、かなり有利な状態に持っていくことが可能だ。だが、柔道ではそれが使えぬ」

「何でですか?」

 柔道でも、やはり相手を捕まえて、自分の有利な状況で寝技に持っていけたなら、かなり使える気もした。

「何、単純なことだ。柔道では、立ち技から関節技に移行した後に、もしその技がかからなかった場合、すぐに待てがかかり、試合を止められるのだ。それに、あまり立ち関節などを狙ってかけ逃げをしていると、すぐに注意をされて、反則を取られる」

 柔道は、停滞を良くする格闘技だ。打撃が禁止となっているので、投げを狙うしかないのだが、しかし、良く鍛錬された者同士では、そう簡単に技はかからない。

 そして、自分から攻撃して隙を作るよりは、相手の技の隙をついて返した方が有利だ。そうでなくとも、ずっと組んでいるので体力の消費が激しく、相手にかけさせて疲れさせるのも有効な手なのだから、自分からかけていくものは、上級者になればなるほど減っていく。

 しかし、やっている者は当然真面目にやってはいるが、見ている方にとっては面白くないのには変わりない。柔道が国際化するにつれて、そういう部分のルールも大幅に変更になったのだ。

 特に、かけ逃げについては、すぐに注意を受けてしまう。

 かけ逃げというのは、技をかけているふりをしながらも、相手が隙をつけないような浅い場所で技をかけるだけで、実際は間をつないでいるだけという行為だ。

「かけ逃げを禁止された以上、はっきりかけ逃げのできる立ち関節は廃れた。もっとも、難しい技なので、その前から使い手などほとんどいなかったようだがの」

「やっぱり、難しい技ですか?」

 浩之としては、実用性のない技では困るのだ。それが使えると聞いたからこそ、わざわざ危険をおかしてまでその技にかかったのだから。

「難しい技だな、やはり。修治なら使えると思うが、浩之には難しいのではないのか? 相手の一瞬の隙をついて、相手に飛び込むのだぞ。一歩間違えば、ただバランスを崩して、倒れて絶対絶命という状態にならないと言い切れはせん」

 有効で簡単な技というのは、ないと言ってもいい。だからと言って、複雑だから強いというわけでもない。

 格闘技の技というものは、不安定なものなのだ。単一のものではなく、使い手によっても、その練習量や状況においても、大きく変化する。

 浩之もそのことをわかっていないわけではないのだが、やはり使える技というものは存在するのだ。例えば、腕ひしぎ十字固めのような、現代格闘技の中でもよく使われるような、有効な技もあるにはあるのだ。

「だが、使える。練習にもよるが、うまくすれば、打撃系に対しての奥の手ともなる、広い汎用性と、確かな威力を持った技だ。わしもよく使うから、まずはこれから教えるとしようか」

「飛びつき腕十字固めからですか? せめて、もうちょっと基本な技から……」

 有効な技を鍛錬して習得するのはいいが、浩之にしてみれば、一番大切なのは実用性だ。すぐに自分が使えるようになり、また、すぐに葵や、うまくすれば綾香に教えれるようにならなければならない。いくら飛びつき腕十字が有効な技であっても、習得に時間がかかっては、葵や綾香に教えるのは遅くなるし、当然葵や綾香が習得するのにも時間がかかる。

「ふむ、基本と言われてものお。格闘技というものは、元来ほとんどが単一の技だ。どれも基本と言えば基本ではあるが、どれを取っても教え方は異なる。全ての技に共通で必要だからという、前提条件のような格闘技は存在せん」

 パンチ一つにとっても、例えば空手では中段正拳突きが基本の技だが、これとフックはまるで違う技だ。その練習方法はまったく違う。しかし、正拳突きを練習しなかったからと言って、フックを練習できないかと言うと、そういうわけではない。

 格闘技をやっていれば、技はうまくなっていくし、素人に遅れを取るようなことはほとんどないはずだ。だが、だからと言って、全部の技が総合的に強くなるわけではない。

「今、浩之はわしと修治の鍛錬についてきているから、昔よりは筋力は上がったろう。だが、それは単に筋力が上がったに過ぎない。筋力が上がれば、当然相対的に打撃の威力も上がるし、組み技にも有利になるが、それは浩之がうまくなったというわけではなかろう?」

「まあ、そうですけど」

 筋力は、鍛錬によって思うよりも上げやすい部分だ。今までさぼってきた浩之になら、その上げ白も沢山ある。それは重要なことだ。

 だが、それと技とは、まったく関係ないことなのだ。技の鍛錬というものは、ひどい話、身体能力を上げる訓練とは、まったく別のものだとさえ言っていい。

「まだ、浩之には一度も技の鍛錬はさせておらん。それは、別にもったいぶっているわけでもなく、単純におぬしの身体能力では、技についていけないからだ。そのための身体の鍛錬ではあるが、技は、単一のもの。応用というものはできるが、基本というものはない。気をつけることだ」

 この技を覚えておけば、他の技のときに便利だ。そういう考えが、実は一番危険なのだ。

 技は、どんな技であろうとも、鍛錬をしてきたことが重要であり、反対に言えば、ぶっつけ本番で出した技には、たいした威力も効力もない。

 雄三は、むしろ一線の格闘家なので、そこをはっきりさせておかないわけにはいかないのだ。もし、そんな勘違いをされたら、門の恥と言ってもいいのだ。

「鍛錬していない技を使うな、とは言わん。だが、鍛錬していないのなら、所詮はその程度の技だ。大きな結果が生まれると思うな」

「は、はい」

 あまりの気迫に、浩之は少し驚きながらも返事をする。雄三は確かに古風な格好をしてはいるが、あまり厳しい姿は見せたことがなかったのだ。それだけ、格闘のことになると人が変わるということだろう。

 まあ、反対に修治は横で何が面白いのか笑いながら見ているので、あまり重要な話ではないのかもしれないと思ったりしないでもなかった。

「しかし、教えぬと話が進まぬのも確か。修治、浩之にある程度適当な技を教えてやれ」

「へいへい、俺は忙しいのになあ。じじいが教えてやればいいだろうに」

「だから何度もじじいと呼ぶなと言っておろうが。わしとて、鍛錬の時間は必要だ。いちいち弟子にかまっていられるか」

「おいおい」

 浩之の突っ込みには、二人とも気づかないふりをしたようだ。

「それを言うと、俺としても嫌なんだが、まあ、仕方ない。じゃあ、まずは必殺技の一つや二つは伝授してやるか」

 かなりありそうな話をしながら、修治は浩之を見ていた。

「とりあえず、じじいよ」

「だからじじいと呼ぶなと言っておろうが」

「いや、俺はいいんだけどさ……」

 修治は、大きく肩をすくめた。

「そろそろ技外してやれよ。だいたい、その格好じじいもつらくないか?」

「……ふむ、正論だな」

 そう言うと、雄三は技を解いて何事もなかったかのように立ち上がる。

「んじゃ、俺がビシバシしごいてやるよ。とりあえず、終わって生きてたらいいな」

 不吉なことを言いながら、修治は浩之の腕をつかんだ。

 

続く

 

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