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最強格闘王女伝説綾香

 

二章・修練(39)

 

 坂下の所属している空手部は、実際強豪と評価される部類の部活だった。

 最初からあまり運動部に力を入れている学校ではないし、運動系で一番お金を必要とすると言われる野球部が弱小なので、かなり公平に部費は学校から支給されている。

 しかし、それでも強い部活、評価を出した部活には、それなりの部費を確保することができる。サッカー部などがそのいい例だろう。

 何度も言うが、坂下の所属している空手部は強豪である。坂下以下、坂下に鍛えられた後輩は、それなりの結果を出す。

 だから、空手部というあまり大きくはならない部活でも、広い部室と、空手部女子専用の更衣室と、専用の道場と、それなりに良い設備を持つ。

 女子と男子にわかれていないのは、単純に男子の部員が少ないからだ。一応更衣室は空手部女子の部室のようなものなので、誰もそれに不満は出していない。

 そして、広い部室に、今日のお昼も何人かの部員がたむろしていた。

 坂下も、だいたいお昼はここで昼食をとる。クラスに友人がいないわけではなかったが、坂下は他の女子のように一箇所に集まって、何をするのも一緒という、そういう行動を取らない。もちろんそれは、坂下が珍しいのだ。

 基本的に、部活に力を入れているだけであるし、別にそれについてまわりからどうこう言われたことはない。坂下は部活では厳しいが、普通は優しいし、礼儀正しいし、気もきくのだ。

「で、何してるのさ?」

 普通の男が食べるのではというぐらい大きなお弁当箱を片付けてから、坂下は部室の中で何かわいわいとやっている後輩と御木本に訊ねた。

 というか、お昼に御木本がいるのは、一週間に一度程度だ。坂下と違い、遊びまわっている御木本は、比例するように友人も多く、まわる場所が沢山あるのだ。

 部活ではやる気がないが、人が悪く、おおっぴらで、性格も悪い。考えてみたら坂下とは正反対の性格である。これであまり問題なくこの空手部で過ごせているというのは、本心からバカではないということだろう。

 しかし、わざとバカをするので、ある意味、一番たちが悪い相手なのかもしれないが。

「あ、はい。昨日、テレビで異種格闘技やってたんですけど、空手家の人がタックルをやられて、倒されてそのまま関節技で負けたんです」

 森近は、空手の腕はそうでもないが、格闘技全般が好きで、たまに坂下が知らないような情報を持ってきたりする。

 今回のその話も、今日初めて聞く話だった。まあ、坂下は最近は忙しくて、ニュース番組程度しかテレビを見ていないので、知らないのは当たり前なのだが。

「なので、空手の技で、タックルを封じるにはどうしたらいいのかって話になったんです」

「研究熱心なのはいいんだけど……」

 空手に力を注ぐことに関しては、坂下としても嬉しい話だ。だが、そういう総合格闘技の話になると、かなり話が違ってくる。

 坂下は、そういう話を聞くと、どうしてもあの総合格闘技の怪物、比類なき天才のことを思い出すのだ。

「この一生で、森近がタックルの得意な柔術家と何度も戦うとは思わないけど、そんなに難しいものじゃないわよ」

「そうですか? 坂下先輩ですからそんなにつらくはないかもしれませんけど、素早いタックルを回避するなんて、かなり難しいと思いますけど」

 森近が空手の力を信じていないのは仕方ない。森近は、空手の腕前はいまいちなのだ。だが、坂下にとってみれば、空手が一番上位なのだ。

「そりゃそんなに上の話になると知らないけど、少なくとも高校レベルのタックルなら、私は簡単に迎撃できるわよ」

 ついこの間も、葵の相手をしに行って、不意をついたつもりの浩之のタックルを潰したところだ。確かに組み技もOKと言っていたので、まさか使ってくるとは思っていなかったのだが。

 だいたい、タックルなど空手家にとってみれば、すぐ潰せるのだ。

「そりゃ好恵なら、一撃だろうけどな」

「何か含みのある言い方だね、御木本」

 御木本はそっぽを向いて口笛を吹く。おそらくこの後に人間凶器だのそういう言葉が続くはずだったのだろうが、おそらく坂下の握り締めた拳に恐れをなしたのだろう。

 御木本は、確かに性格は軽いかもしれないが、この空手部では3番目の実力者だ。坂下が本気で戦っても、そう易々と倒せるような甘い相手ではない。

 しかし、それでもあまり怖く見えないのは、やはり性格が軽いせいだろう。

「丁度良いわね、ここにいる部員全員に言っとくけど、空手を鍛錬すれば、総合格闘技なんて恐るに足らないよ」

 坂下には、その確信がある。それだけのポテンシャルが、空手にはあるのだ。

「それは、エクストリームチャンプになった坂下先輩のお友達のお話をしてるんですか?」

 あまり格闘技に詳しくない田辺などは名前を覚えていないのだろうが、格闘技が好きな森近、空手を長いことやっている池田、それにかわいい女の子のことは忘れない御木本などは、名前を覚えているだろう。

「綾香のことね」

 しかし、坂下は苦笑するしかなかった。確かに、綾香の動きは空手をベースにした動きだ。試合のほとんどを打撃技で決めているあたり、空手家と言っても差し支えないのかもしれない。

 しかし、綾香は空手家ではないのだ。

「あいつは、空手家じゃない。格闘家よ」

 あれのおかげで、坂下の人生がどれだけ変えられたことか。もし、綾香がいなかったら、坂下はこの場所に立っていなかったかもしれないのだ。

 もっと早くに……空手を捨ててた?

「綾香は確かに空手を最初に習ったけど、空手だけにとどまらなかった。ま、綾香が空手だけ鍛錬しても、他の格闘家に負けるとは思わないけどね」

 綾香が勝ったのは、綾香が強いから。それ以上でも、それ以下でもない。格闘スタイルなど、綾香にとって見れば、はっきり言ってどうでもいいのだ。

「あれは特別。綾香が強すぎるからね。でも、あんなレベルでなければ、タックルなんてすぐ打ち落とせるわよ」

「ふーん、んじゃあ、今日の放課後ためしてみるか?」

 そう言って、御木本が何故かニヤニヤしながら言う。

「そんなおかしなことに部活の時間取られるのも嫌だけど……まあ、いいわよ。空手の威力を知っておくのは、いいことだしね」

 空手を信じられなくなったら、それで終わりだと坂下は思っている。空手からエクストリームという舞台に立った葵でさえ、中国拳法などを習ってでも、空手の基本スタイルは消さなかった。それは、坂下にとっては嬉しいことだった。

 そして信じて練習していれば、空手は自分に必要な力を与えてくれる。それを勝ち取るために、坂下は苦しい練習に耐えているのだ。

 まさしく、妄信しているもののためだ。貴重な練習の時間を割くことも、坂下は気にはならなかった。

 

続く

 

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