作品選択に戻る

最強格闘王女伝説綾香

 

二章・修練(40)

 

「それで、何で私がそんな茶番につきあわないといけないの?」

 池田は、むすっとした顔で、森近の話を聞いていた。

「そう言わないでくださいよ、池田先輩。僕や他の一年じゃあ全然参考にならないですし、男の先輩は何故か一人も来てないんですよ」

「……ちょっと、それって御木本の陰謀なんじゃないの?」

 ここの空手部で一番サボるのは御木本だ。正確に言うと、御木本と、後は3年の先輩以外が部活に出てこないことはかなり少ない。

 それだけのテンションをいつでも保っていられる、そういう部活だからこそ、空手部はこの学校でも強豪を保っていられるのだ。

 だが、何故か今日は2年の男子部員が一人もいない。いや、ニヤニヤした御木本はいるのだが、少ない残りの2年の二人の男子部員が、何故か出てきていない。

「でも、他の先輩方を御木本先輩の毒牙にかけるわけにもいきませんし……」

「……そりゃ、私ならそういうこともないだろうけどねえ……」

 池田は、顔はそこまで悪いというわけでもないが、どちらかと言うと男のような姿をしている。胸もあるのだが、いかんせん身体が太い。もちろん、筋肉でだ。

 坂下は、確かに他の女の子と比べれば体格は大きいほうだが、それでも横というよりは縦に高い。筋肉も、ウェイトのことを考えてそこまでビルドアップには努めなかった。

 だから、実はこの空手部で一番「大きい」と評価されるのは池田だ。太っている者が一人もいないのだから、必然的に筋肉をつけた池田が一番大きくなるのだ。

 反対に、御木本はどちらかと言うと細い。「ごつくなりたくない」と本人が言っているように、なるべく優男でいたいようだ。

 で、ご存知の通り、御木本は女好きで、ついでにスケベだ。おそらく、他の2年の男子部員は、どこかで簀巻きにされているか、御木本の脅しに屈してここに来ていないのだろう。

 坂下も、頭を痛めていた。

 御木本は悪いやつではないのだが、やると決めるとおかしなことも平気で実行してくる。今回、タックルをやると言い出したときのニヤケ顔をもっと深く考えておくべきだったと深く後悔していた。

「その点、池田先輩なら大丈夫です。心おきなくあの変態、いえ、人類の敵を倒してあげてください」

「おいこら森近、てめえどっちの味方だ」

 森近はふっと笑って御木本から目をそらした。森近はこういうキャラだったろうか?

「もちろん、強い方の味方に決まってるじゃないですか。誰が変態とののしられる、実力的にも負けてる方につくんですか」

 御木本は弱くない。むしろ、変な強さを持っている。後輩が全員かかっていっても、御木本はうまくかわして全員倒すだろう。空手というルールに縛られなければ、ついでに言えば良心という言葉を必要としない場面では、御木本ほど怪しく強い者を坂下はあまり知らない。

 だが、それも池田と坂下がいなければのことだ。

 御木本よりも、頭一つ以上この二人は強いのだ。森近がこの二人の方についたのは当然の話なのだ。

「池田で多分どうにかなると思うんだけど、やってくれない?」

「タックルをつぶせばいいんでしょ? まあ、それぐらいならやってあげるけど、その後御木本がどうなっても知らないよ?」

 いたずらをしようとしたなら、それが未遂でもそれなりのリスクは背負ってもらわないと、と池田は笑った。しかし、それでも余裕のある御木本の態度が気になるところでもある。

「じゃあ、OKってことで。俺はタックルと組み技しか使わないから。池田は、空手の打撃技だけ使ってもいい、これでいいよな」

「OK、付け焼刃のタックルなんて私に効くとも思えないけど、御木本を公然とこてんぱんに倒せる機会はそうないしね」

 よく公然とどついている気はするが、こう言うからには、それこそ今度こそ殺すつもりでやるということだ。

「ごめんね、坂下。あんたが食べる分は残せないかもしれないよ」

 そう言って柔軟をする池田は、間違いなく本気だ。坂下としても、それはそれでいい。坂下としては、空手の実力さえわかってもらえれば、御木本がどうなろうと知ったことではないのだ。

 ま、生命力はゴキブリ以上だから、死ぬことはないだろうけど。

 それこそ、坂下でも本気を出して、半殺しが限界だろう。この憎まれっ子は、何が何でも世にはばかろうとするのだから。

「じゃあ、審判は森近にまかせるけど、不当に池田に有利な判定を出してもいいから」

「はい、全力で御木本先輩を倒せるようがんばります」

「森近、てめえ、後から覚えとけよ」

 御木本の脅しに、森近は一歩下がるが、坂下は大きくため息をついた。

「あんたが自分で売ったケンカでしょ。男なら男らしく、自分で責任取って死んで来い」

 実際、池田には殺る気はかなりあるようだ。

「どうせ俺はいつも一匹狼さ。誰も仲間なんかじゃねえ」

 そう言いながら御木本はいじけているが、どう見ても保護欲がわいたりはしない。ここまでにくたらしくいじけるというのも、なかなかできる芸当ではない。

「じゃあ、二人とも準備してください。すぐに始めますよ」

「そうそう、あんまりこんなことで部活の時間取られるわけにもいかないからね。さっさと御木本を倒していつもの練習に入るわよ」

 池田はいつになくやる気だ。おそらく、その御木本のニヤニヤ顔が気にくわないのだろう。坂下も、今日は止める気はまったくない。

「じゃあ、いきますよ」

 それを合図に、池田と御木本がかまえる。池田のはいつものスタンダードな構え。そして、御木本は、手を前に突き出したような、組み技を狙う構え?

 坂下は、その御木本の構えで、ぴんと来るものがあった。

 こいつ……素人じゃない?

 御木本は素人ではない。いくら腕力にすぐれた者でも、空手をやっている者に、空手の土俵で勝つことは難しい。ケンカに強いというのは、確かにケンカでは強いだろうが、だからと言って空手の大会で優勝できるわけではないのだ。

 空手をやっているのだから、御木本は素人ではない。むしろ、中では強い方だ。それは坂下もよく知っている。

 しかし、御木本の構えは、空手ではない。

 そして、空手ではない構えを取ったのに、御木本は素人ではなかった。

 御木本は、組み技の素人では、ない。

「始め!」

 しかし、坂下がその疑問に確信を持って、試合をやめさせようと思うよりも先に、試合が始まった。

 

続く

 

前のページに戻る

次のページに進む