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最強格闘王女伝説綾香

 

二章・修練(41)

 

「始め!」

 坂下の疑問を解決する前に、試合は始まってしまった。

 こうなると、坂下としては止めにくくなった。実際、この場面はどちらに有利不利なしの、れっきとした試合だ。真面目な坂下には、それを止めることはできない。

 御木本が反則でもすれば、すぐにでも止めれるけどね。

 確かに御木本の構えや重心は、空手のそれではなく、組み技のそれだ。坂下は空手一筋だが、綾香や葵、それに最近段々と組み技を頻繁に使いだした浩之と試合をしている。つまり、それは組み技を使うことも前提に入れた試合だ。おかげで、ある程度組み技もさばけるようになった。

 反対に、そういう相手をしていることにより、組み技の動きも見えてくるのだ。

 簡単に言うと、組み技の構えを一番端的に表すのは、その腕の位置だ。

 打撃を使う者の構えたときの腕の位置は、身体に近い。それは、素早く、さらに威力のある打撃を打つには必ず必要な構えなのだ。

 例えば葵の崩拳。あれは、半歩踏み出すだけで、腕のふりをほとんど必要としない打撃の最終形に近い打撃。ああいう打撃は、まれなのだ。

 極端な話、打撃は距離が離れていれば離れているほど威力をあげることができる。

 距離が近い方が威力があがりそうだが、腕や脚が当たるのなら、距離は遠い方がいい。その分ふりをつけれるからだ。

 ためしにやってみればわかるが、腕をのばした状態では、威力のあるパンチは打てない。反対に、後ろまで腕を振り上げると、威力のあるパンチが打てる。

 だから、打撃系は、なるだけ腕を自分の身体に近づける。もちろん後ろまで振りかぶればいいのだが、それでは隙が多すぎるので、結局、自分の身体にひっつけるようになるのだ。

 ボクシングは両手がそうであるし、空手でも、片腕はまず身体につけてある。それで打撃か組み技かを判断してもいいというほどに。

 そして組み技は、腕をなるだけ相手に近づける。

 これは簡単に言えば、なるべく速く相手をつかまえるためだ。つかまえるのには、わざわざふりをつける行動などいらない。腕をのばして、相手をつかまえれば、それでいいのだから。

 そして、腕をのばすには、もう一つ重要な意味がある。

 ただ腕を伸ばすだけで、防御があがるのだ。

 そんな簡単なことと思われるかもしれないが、たったそれだけのことで、防御は以上にやりやすくなる。

 身体に腕をつけた方が、硬いガードのように見えるだろうが、それは素人の考え方なのだ。実際の打撃で、身体にひっつけるようなガードでは、威力を殺しきれない。

 K1やボクシングでは、身体にひっついたようなガードをしているように見えるが、あれでも、うまく腕と身体の間に隙間を作っているのだ。

 そして、腕をのばすと受けが格段にやりやすくなる。伸ばした腕から身体の間までで受ければいいのだから、当然な話だ。それに、何より打撃者としては、腕を前に出されるとそれが視界をさえぎり、やりにくいことこの上ない。

 それをうまくあわせたのが空手だ。片手を前に出して、それを防御に使い、もう片方の手で渾身の一撃を繰り出す。

 だが、組み手の場合は、その渾身の一撃さえ考える必要はないのだ。ただ、相手の打撃をどう処理するか、その一点を考えればそれで十分。

 御木本の構えは、その考えに完全に理にかなっていた。

 そして、もう一つ注目しなければならない部分は、その重心。

 組み技の重心は、空手よりも上にあるのだ。

 普通、投げ技を使おうというなら、重心は低いように見えるだろうが、案外重心は高い。前かがみになってタックルを狙っているが、そのためには素早いフットワークで相手に近づかなければならないのだ。

 ただ、渾身のタックルを狙うだけなら重心を低くして、一撃を狙ってみるのもいいだろうが、それではリスクが多すぎる。要所要所で重心を低くしながら突っ込めるように、いつもは重心をあまり低く設定しないでいいのだ。

 そして、御木本はこの部分も完全に網羅している。

「池田、御木本、素人じゃないよ!」

 坂下は、仕方なくアドバイスだけにした。アドバイスしないには危険だと判断したし、プロにだってセコンドがついているこのご時世、別にスポーツマンとしてアドバイスをするのは悪いことではないのだ。

「わかってる、油断はしないよ」

 しかし、そう答えた池田だったが、坂下の言いたかったことの半分も理解しただろうか?

 池田は、確かに空手の腕は私に次ぐけど……

 初めて戦うタイプの相手には、やはりやりづらくなるのは確かだ。付け焼刃の柔道や、組み技には負けるとは思わないが、ちゃんと練習している組み技には、坂下とてそれなりの脅威を感じる。

 だが、おそらく池田は異種格闘技は初めてだろう。

 これなら、知識を知っている分、池田よりも森近の方がよかったかも……

 そんな心配をよそに、池田はこれと言って、御木本を脅威を感じてはいなかった。

 空手の腕は、はっきり自分の方が上なのだ。それを、付け焼刃の組み技でうまる差だとは思えない。それに、御木本はどういうつもりかは謎だが、空手を使わないと言った。空手ではすぐに倒せる相手ではないが、その打撃の恐怖がなくなるとなると、楽勝で倒せないとおかしいのだ。

 池田から見ると奇妙な構えで御木本がゆっくりと距離をはかっている。

 でも、この腕は曲者だ。打撃を当てるのには一苦労しそうだ。

 池田は、その腕の動きには注意を払っていた。重心の位置から見ても、フットワークに適しているのも見てわかる。組み技は素人であろうとも、格闘家としてはまったくの素人というわけではないのだ。その程度のことは見てわかる。

 よく考えているようだけど、その程度で、私がどうこうできるとでも思ってるの?

 打撃を当てにくいのは確かだが、打撃を打ってこないとわかっている相手には、そんなことなどまったく関係ないほど有利な状況なのだ。

 組み技? 打撃を使ってもいいと言われているのだ。つかまれても、すぐに殴り倒せる。

 距離が近くなれば、確かに威力は落ちるが、ナックルもレッグガードもつけていない状況で、防具なしの相手をなぐれば、どうなるかなど火を見るよりも明らかだ。

「さあ、来な、御木本」

 池田は、拳を自分の手元に引き込む。完全に攻撃に集中する態勢だ。打撃を恐れなくていい今、防御の意味はない。

「まあ、そうせかさなくてもいいだろ」

 御木本は、たっと3歩ほど踏み込んだかと思うと、すぐに距離を取る。

 簡単なフェイントだ。構えが違っても、やることにはあまりかわりがない。池田にも十分に読めている動きだ。池田が構えを取っているのだ、フェイントでふいをつく以外、手はないだろう。

 にしても、こいつ、フットワークいいね。

 あまり真面目に練習もしてないだろうに、御木本の動きは、実によかった。やはり才能があるのだろう。女だてらにこの空手部で2番目の実力を持つ池田でも、御木本の才能には遠く及ばないということは自覚している。

 しかし、それでも、空手にかけてきた時間が違う。

 御木本が、上体を低くして突っ込んでくる。この踏み込みは、フェイントではない。

 さっさとけりをつける!

 坂下は渾身の右正拳突きで御木本を狙った。

 ビシュッ!

「っ!!」

 その突っ込んでくる状況から、御木本はその右正拳突きを、避けた。

 正拳突きが空を切り、御木本は、池田の腰と脚を捕らえた。

 

続く

 

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