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最強格闘王女伝説綾香

 

二章・修練(42)

 

 必殺とも思えた池田の正拳突きが空を切り、御木本は、池田の腰と脚を捕らえた。

「っ!!」

 後は、さしたる抵抗もできなかった。完全にタックルは決まっていたのだから、いくら池田が筋力に優れているとは言っても、耐えれるものではない。

 ズダーンッ!

 空手の道場には珍しい、床に倒れる音が響く。

 打撃だけとは言え、池田も運動神経が悪いわけではない。何とか頭を打つことだけは避けたが、そのかわりに背中を床で打って、一瞬動きが止まった。

 御木本は、その隙をついて、池田の腰の上に乗る。

 完璧なタックルであり、完璧なマウントポジションであった。

 マウントポジション、形を簡単に言えば馬乗りだ。仰向けに倒れた相手の腰の上に乗る。ただそれだけの体勢だが、それは上に乗ったものの勝利をほぼ確定させてしまう。

 エクストリームでは、倒れた相手に対しての打撃は禁止されているが、単純に寝技だけを使うとしてもその体勢は非常に有利だ。

 まず、相手は攻撃をできない。しかも、自分は首だろうが腕だろうが取りたい放題だ。しかも、上に乗っていることにより、押しつぶす格好となり体重もかけ易い。

 マウントポジションを取られて逆転するのは、ほぼ不可能と言ってもよかった。ひどく実力差があったとしても、その体勢まで持っていかれれば、どうにもならないのだ。もちろん、実力差があるのなら、そんな体勢には持っていかれないのだが。

 そして、池田の実力と、御木本の実力には、言ってしまえばそこまでの差はない。

「くっ!」

 自分がかなり不利な状況になっていることを池田も理解はしていたが、それでも果敢に下から御木本の顔面を狙ってパンチを繰り出す。

 が、それはことごとく御木本にはあたらなかった。御木本のガードもさることながら、下からでは距離が遠すぎて、威力のある打撃は打てない。

 もとより、腰も動かせない、足を踏み込むこともできないような体勢からでは、何もできないのは当然なのだが。

「無駄無駄、こうなっちまえば、池田だってか弱い女の子さ」

 御木本は、おそらくわざとなのだろう、にやにやしながら池田の攻撃を受け流している。攻撃すればするほど、当然池田は疲れる。ただでさえ体勢が悪い状態で打撃を連打しているのだ、疲労しない方が無理というものだ。

「さ〜て、どう料理しますか」

 打撃を使えないのに、いかにも自信ありげな御木本のネタはこれだったのだ。御木本は、空手しかやっていないはずなのに、何故か組み技も使えるということだ。

 エクストリームという総合格闘の場で戦う綾香のような存在があるとは言え、実はこれは非常に珍しいことなのだ。

 本来、日本では空手や柔道は道、つまり、精神修行のためという名目が多いし、大会も高校などが多いので、どうしてもフェアな、あまり危険でない動きになってくる。すると、当然空手では組み技は反則であるし、柔道で打撃を使えば怒られるのは目に見えている。もちろん、柔道で打撃を使えば反則だ。

 そういうことを考えると、打撃と組み技がどちらも使えるというのはあまりいない。というより、教える人も場所もないのだ。打撃も組み技もしたかったら、プロレスに行くのが一番手っ取り早いぐらいなのだ。

 そして、そんな打撃と組み技の両方を使える少ない人材として、何故か御木本がそこにいるのだ。

「くっ……」

 池田は歯軋りでもせんばかりの表情で自分の上で手をわきわきと動かしている御木本をにらみ付けた。

「とりあえず、これが男なら締め技でも関節技でもするんだけどなあ、一応女だし」

 池田がピクッと動く。そういう見方をされるのを、池田は極端に嫌うのだ。もっとも、御木本のことだから、わざとそんな態度を取っているのだろうが。

「あんたねえ……」

「というわけで、攻撃方法はこれ」

 御木本はにやりと笑うと、腕を池田に伸ばした。

 池田としては、待っていた唯一の反撃のチャンスであった。普通の体勢ではパンチも届かないが、身体を倒してくる一瞬は、打撃の当たる距離になる。倒れている非常に不安定な状態ではあるが、池田ならば、その体勢からもある程度力を込めることもできたし、腕力である程度の威力を出すこともできるはずであった。

 一発当てれば、活路は開ける。

 活路と言うより、御木本を殺すための方法なのだが、池田としては、ここまでされれば負けるわけにはいかなかった。

 が、池田の起死回生の打撃も、打つ時間を与えられなかった。

「ちょ、ちょっと……あ、あははは! ひ、卑怯だぞ、御木本、あははは!」

「いや〜、日ごろの恨みはやっぱこれで晴らすに限るな」

 御木本は、そう言いながら池田の脇の下をくすぐっていた。

「やめろって言ってるだろっ!」

 池田は一応は自由に動く腕で脇の手を払いのけ、パンチを打つが、御木本はそれをうまくガードして、さらに脇を狙う。

「ひゃっ、ちょっと、やめろって、あはははははっ!」

「ほれほれ」

 一応は腕で脇の手をはじくのだが、どうしてもその後攻撃をしようとするので、また脇に隙ができ、それをさらに御木本に狙われるという状況だった。

「くっ、卑怯だぞ!」

「卑怯結構、いつもの体勢じゃあ、池田には勝てないしな。とりあえず、このさい、うさを晴らしておこうかと……」

 御木本は、それを言い切るよりも早く腕を引いた。

 ズバシィッ!

 坂下の前蹴りが、御木本の側頭部を直撃した。

 細いとは言え、上背はそれなりにある御木本の身体が、蹴りが入った部分とは反対側に横回転をしながら吹き飛ぶ。

「御木本、あんた、真面目にやりなよ」

 座った相手の側頭部に前蹴りを打つなど、あまりに危険すぎる技で坂下はふざけていた御木本を吹き飛ばした。しかし、坂下も予想してはいたのだ。

「好恵、てめえ、ちょっとは手加減しやがれっ!」

 やっぱりか。

 坂下の渾身の前蹴りを、あの体勢から受けたくせに、御木本は何もなかったように起き上がった。

 ガードはされた感触はあった。だが、例え腕の上からとは言え、あの体勢なら必殺の威力を込めた前蹴りを受けて、普通はすぐには立ち上がれないはずだ。というより、坂下は最低鼓膜をやぶるつもりで前蹴りを放ったのだから。

「あの体勢からガードできるってのはほめてあげるわ」

 おそらく、ガードした腕の裏側から、あの一瞬で自分の腕に裏から掌打を打ち、さらに腰を浮かせるようにして威力を殺したのだ。普通の空手家にはできない動きだ。いや、坂下でさえ、とっさにそこまでできるか自信はない。

 だが、それをほめる気にはなれなかった。

「御木本、あんた、空手をなめてるわね」

 坂下は、鋭い眼光で御木本をにらみつけた。

 

続く

 

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