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最強格闘王女伝説綾香

 

二章・修練(43)

 

「御木本、あんた、空手をなめてるわね」

 坂下の鋭い眼光が、御木本を睨みつける。

 確かに、池田の正拳突きをかいくぐってのタックルや、その後のマウントポジションへの移行の素早さ、坂下の前蹴りへの的確な対応と、御木本は信じられないほどの強さを示している。

 坂下は格闘家として、御木本をすごいと思った。

 だが、それだけの動きができるのならば、何故御木本はここにいるのか。

 高校生には、確かに総合格闘技の場所は少ない。部活としてあるのはせいぜい少林寺ぐらいなもので、後は打撃か組み技どちらかに偏る。

 御木本が少林寺拳法をするとは思えないので、活躍の場所がないのはわかる。しかし、それでも、わざわざ空手部に所属する必要はないはずだ。

 しかも、単純に空手のルールでは、見た通り御木本の方が分が悪い。もとが強いのだし、実際、空手部でも3番目の実力者だ。

 だが、空手で戦えば、池田や坂下の方が強い。例えそれがフルコンタクトでもだ。

 自分の不利な場所で、御木本は一体何をしてきたのだ?

「別に空手が弱いって言ってるわけじゃねえけどな」

 御木本は頭をふりながらその視線を受け流す。ガードは間に合ったのだろうが、それにしても坂下の渾身の前蹴りをあんな体勢で受ければダメージがないというわけにはいかなかったようだ。

「ていうか、好恵。頭に前蹴りなんて、俺じゃなかったら死んでるぜ」

「あんただろうと殺す気だったわよ、私は」

 少なくとも鼓膜をやぶって病院送りにするほどのつもりで蹴ったのだ。むしろ、今御木本が平気でしゃべっている方がおかしいのだ。

「ついでに、私の前に、池田の猛攻をしのぐことね」

 その言葉がひきがねとなり、半分呆けていた池田がはっと我に返って立ち上がった。

「ゲッ」

 御木本が心底嫌そうな声を出す。

「御木本、覚悟、できてるんだろうねえ?」

 さっきまでマウントポジションを取られた上に、くすぐられていたので息はあがってはいるが、池田は御木本を殺す気でいた。

「一回目はネタがわからずに遅れを取ったけど、一度目で私を殺しとかなかったことを後悔することだね」

 坂下から見て、ネタがわかっていたとしても、池田が御木本のタックルと争うと分が悪そうではあった。それほどに、御木本の動きは素晴らしいのだ。

 だが、反対に、御木本が池田を倒したとしても、その体勢で坂下の前蹴りをくらう可能性は高い。一度目がガードできたとは言え、二度目もガードできるとは言い切れない、坂下の前蹴りをくらう勇気は御木本にはなかろう。

 が、坂下は、池田と組んで御木本をリンチにする気はなかった。その気があるのなら、もっと前にさっさとリンチにしている。

「池田、御木本を殺すのはちょっと待ってくれる?」

「こらこら、素で殺すとか殺さないとか話すな」

 御木本はこんな状況なのにしょうこりもなく文句を言っている。当然、そんな言葉が通じる状態ではない。

「止めないで、坂下。今日という今日だけは、この変態殺してやる」

 声が静かなのは、怒りがすでに沸点を超えてしまっているからだ。人間、あまり怒りが強すぎると、反対にまわりからは落ち着いたように見えるのかもしれない。

「幸い、誰も御木本を殺す邪魔はしないだろうし、この際殺しておこうよ」

 こんな状況で御木本をかばう部員は、おそらくいない。というより絶対いない。むしろ、それを聞いてむしろ皆それを歓迎している雰囲気だ。別に御木本を嫌っているわけではない。単に、御木本に人望がないだけだ。

「だめだよ、池田。この状況じゃあ、空手にはタックルが通用しないことを教えることができてないよ」

「それはそうだけど……」

 確かに二人がかりならこのふざけた男もさしたる抵抗もなく全殺しにすることは可能だろう。だが、それでは目的が達成できない。

「タックルが、空手に通用しないことを教える目的はまだ達成してないよ。御木本がかなりできるのがわかったんだから、目的が達成しやすくなったと思わないと」

 池田をタックルで倒すほどの実力だ。部員の誰が見ても、そのタックルのレベルの高いことを理解できる状況。

 まさに、空手の強さを教えることができる、格好のチャンスだ。

「というわけで、御木本。ダブルヘッダーで悪いんだけど、次は私が相手だよ」

「俺としては、何か旗色が危ないので、逃げたいところなんだが……」

 もし、坂下をタックルで倒したとしても、全然別の理由で池田に蹴り殺されるのは目に見えている。

 ついでに、もし坂下にタックルを封じられれば、やはり坂下に殴られるのだ。どちらにしろ、御木本には安息の地がない。

 いや、あそこでくすぐりなどというふざけたことをせずに、タックルに取れたとこを見せて終わりにすれば、最低池田に蹴り殺されることだけは避けれたのかもしれないが、所詮後の祭りだ。ああいうときにくすぐりなどというふざけたことをしてしまう自分の浅はかさを呪うしか他ないだろう。

 退路、つまり道場の入り口は、何故か後輩達が壁になるように立っている。おそらく、これも坂下の教育のたまものだろう。いくら御木本が強いとは言え、逃げれば後輩をもし殴り倒しても、その間に後ろから池田に襲われるのだ。

「もしかして、俺って不幸なのかな……」

「自業自得って言葉、何度言ったら学習するんだろうねえ、あんたは」

 坂下は、中央に立つと、御木本を手で誘った。

「さてと、うまく私を倒せたら、生き残れるかもしれないよ」

「んな希望的観測ができるか。どうせ好恵を倒しても、お楽しみをする前に池田に殺されるに決まってるしなあ」

 お楽しみという言葉に疑問を持たなかったわけでもないが、坂下としてはまったく興味のない話だった。

 何故なら、御木本は間違いなく自分に倒されるのだ。池田には悪いが、タックルなど、少なくとも御木本のタックルなど、坂下の敵ではない。

「森近、じゃあ、合図だけ頼むね」

「了解しました、坂下先輩。心おきなく御木本先輩を仕留めてください」

「森近、てめえとは一度ちゃんと話しあわないと駄目みたいだな」

 御木本は森近をにらみつけるが、さして怒った様子はなかった。むしろ、この後自分にふりかかることを考えていると、後輩にプレッシャーをかけている暇はないのかもしれない。

「御木本、無駄話はそこまで。森近、合図して」

「はい、それでは……」

 坂下が構えるのを見て、御木本も嫌々ながらかまえる。何せ、かまえなかったら、そのまま殺されかねないのだから。

「始めっ!」

 御木本の、おそらくかなり自業自得な受難の日々の合図だった。

 

続く

 

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