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最強格闘王女伝説綾香

 

二章・修練(47)

 

 浩之は、完全に準備を終えた。

 葵もあまり気乗りはしないようだが、それでも準備を終えている。もちろんいつものブルマ姿にウレタンナックルをつけた状態だ。

 しっかし、葵もあんな挑発的な格好しなくてもいいのに。

 ブルマなど今どきの学校でまだやっているというのもすごいが、いくら動きやすいからと言ってあれで練習しないでもいいのに、と綾香は思う。

 もしかして、あれで試合出たりしないわよね?

 自分がいつもここではだいたいスカートでいるのを棚にあげて、綾香は失礼なことを考えていた。しかし、確かに道着姿と、制服姿と、この体操服の姿以外の葵を綾香もあまり見たことがない。自分の試合着というのを持っていないのは普通だが、私服を持っているのかさえ怪しいと思っていた。

 ま、試合用の服は私が用意してやるか。

 道着で出るわけにもいくまいが、どうせ葵のことだから、そんなことは少しも考えていないのは明白だった。

「んじゃあ、準備OKね」

「おう、いつでも来い」

 浩之が妙に嬉しそうに答える。このスケベは、自分の不利も忘れて葵に色々したいらしい。

 もちろんそんな態度を取られれば、葵としては複雑な気持ちだろう。いや、多分葵にしても嫌ではないから余計に複雑なのだろうが。

 ……とりあえず、今度折檻ね。

 自分が挑発しておいてあまりにもあまりだが、綾香に限らずだいたいの女の子はわがままなものだ。ただちょっと綾香が飛びぬけてわがままだというだけで。

「あの、それでルールは?」

 一応、格闘技をしたいらしい葵は、おずおずとそう聞いてくる。あまりやりたくないという気持ちもあるのだろう。それでも止めないのは、やはりどこか期待しているのか、それとも、相手が浩之だろうが、組み技の相手と戦っておきたいのか。

 だめねえ、私なら嬉々としてこの試合するのに。

 その結果、浩之が役得をするのか死ぬのかはまた別の話だ。綾香としてはどちらにしても楽しいことになるので、この試合を受けない理由はない。

「エクストリームのルールでいいんじゃない? 目つき、金的、頭突き、肘、倒れた相手に対する打撃なし、後、別に公式の試合じゃないから、危険な技は避けてね」

「とか言いながら、綾香はすぐにラビットパンチ撃つじゃねえか」

 綾香命名うさ耳パンチ、危険度の高い、そのかわり実用性も高い一撃必殺の技だ。綾香の得意技の一つでもある。

 実際、後遺症が残る可能性を考えると、非常に危険な技だ。綾香も、そのところは考えて使っているつもりだが、なるほど、ぽんぽん使っている。

「私が試合するんじゃないからいいのよ。それに、エクストリームだと禁止されてないんだから、本試合では使えるのよ」

 某立ち技系の大会でさえ禁止されている、「後頭部への打撃」だ。しかも綾香の場合は、腕で頭を巻き込むように打つので、避けるのは難しい。そんな技を得意技とされれば、まわりの者はたまったものではない。

「まあ、葵で言えば……何か浩之の場合崩拳受けても、次の日には元気にがんばってそうね」

「私でも、しばらくはダメージが抜けなかったんだけど」

 崩拳を受けた坂下は、身体は丈夫な方なのだ。それでもしばらくはダメージが抜け切らないほど、芯に来る打撃だったのだ。

「人を怪物か何かと間違えてねえか?」

 確かに、意味もなく頑丈にはできているが、崩拳を受ければ、一発KOだけは間違いないだろう。

「というわけで、エクストリームで反則でない技なら、何を使ってもいいわよ」

「はい、でも、私は普通に打撃しか使えないので」

「ま、それもそうね。よかったわね、浩之、倒したらやりたい放題よ」

「あ、綾香さん」

 葵は困っているが、正直、浩之の実力では、そうそう葵を倒したりすることはできないだろう。葵にもそれはわかっているだろう。

 だが、それなら浩之には?

 理解はしているようだが、何故浩之は止めないのだろうか。

「よし、ルールは理解したから、すぐやろうぜ。綾香、合図頼む」

「……つまり、浩之がエロオヤジだっただけね」

「人をエロオヤジ呼ばわりするんじゃねえ。さっさと始めろよ」

「仕方ないわねえ……葵、こんなエロオヤジすぐにやっちゃいなさいよ」

「え……は、はい」

 葵は、あわてて構えを取る。浩之も、いつもとは違う構えを取る。組み技系の構えだ。腕を前に出して、少し前屈した上体になる。

 何だ、なかなかさまになってるじゃない。

 一応基本を押さえている浩之の構えに、綾香は少しだけ見直した。

「じゃあ、いくわよ」

 綾香は、声を張り上げた。

「レディー、ファイトッ!」

 綾香の合図を受けて、葵が一歩前に出る。

 フェイントじゃない、葵、まさか終わらせる気?

 よほど触られたくない、というわけでもないだろうが、葵は試合をすぐに終わらせるつもりのようだった。素早い踏み込みから、ワンツーからの右ハイにつなげる。

 パパッズバッ!

 しかし、葵の方が実力があっても、それでは決まらない。何せ浩之のそれは防御の構えなのだ。しかも、葵の方がかなり実力が上とは言え、すぐに倒せるほどの差があるわけではないのだ。

 それに、踏み込みが浅いわよ。

 浩之は、葵の左をはじき、右をよけ、右ハイを完全にガードする。まったくダメージのない状態で、葵の先制攻撃をしのいだことになる。

 まあ、でも葵にも隙は見当たらないけど。

 あせっていたわけではないようで、浩之に反撃のチャンスを与えた様子はなかった。隙があれば浩之も倒しに行くはずだろうし、無理に行かないのも予測できる。

「何さ、けっこう藤田、様になってるじゃないか」

 坂下が綾香に耳打ちする。ついこの間浩之のタックルを一発で落とした坂下としたら、それなりに動ける浩之に疑問を持ったのだろう。

「あのねえ、好恵。あんた、何か忘れてない?」

 同じく小さな声で言いながら、綾香も、一つ思い出していた。

 そう、綾香も忘れていた。浩之がすごいのは、その成長率。

「浩之は、天才なのよ。3日もあれば成長するわ」

 そう、そうやって、あの賭けは浩之が勝ったのだ。浩之は、普通の人間ではない。天才であり、ほんのわずかな期間で、極端に成長するのだ。

 だったら、もしかしたら、いい勝負ができるんじゃないの?

 綾香は、そう思いながら試合を見た。

 

続く

 

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