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最強格闘王女伝説綾香

 

二章・修練(49)

 

 驚愕に値する。それが、葵の、浩之に対する評価だった。

 いや、驚愕はしていない。驚いてもいない。葵は、それをよく知っていた。浩之ならば、それぐらいやってきても、まったくおかしくないことを、誰よりもよく知っていた。

 まわりからはどう思われているのかなど、葵にはまったく気にしていないが、自分がただ浩之になついているわけではない。もちろん、それもあるが、それだけではない。

 想像のつかないほどの才能。

 それはまぶしくもあり、うらやましくもあり、葵は近くにいて欲しかったし、近くにいようとした。

 葵の、悪い癖なのかもしれない。強い者の近くにいようとしてしまうのだ。努力が何よりも大切だと思っている、そう心から信じている葵は、何故か、その努力さえ無視してしまえるほどの、本当の天才、それは本当のこの世界にごく少数ながら存在する、それに惹かれてしまうのだ。

 うらやましくもあるし、そうなりたいとも思う。

 でも、その力はいらない。それが葵のスタンス。

 この世界で、一番才能を理解しているからこそ、葵はそれを欲しがらない。それを欲しがっても意味のないこと以上に、それを必要としない。

 葵は、変わっているのだ。その力を、自分の努力で同じものにまで持っていこうと思う。でも同じものはいらない。

 もしかしたら、綾香や浩之、天才にありがちなわがままよりも、さらにわがままな態度なのかもしれない。その力無くして、その強さを手に入れるなど、わがままもいいところだ。

 だが、葵はそれをしたい。そして、それをするためには、やはり目標が必要だった。

 例えば、エクストリームチャンプとか。

 例えば、わずか1、2ヶ月そこらで、ここまで強くなれる先輩とか。

 そういった「無茶苦茶なもの」を、葵は欲してしまうのだ。もうこれは葵が、そういう性質というしかない。

 そして天才のセンパイは、また私にその片鱗を見せてくれる。

 形意拳の老師から教わった距離の強さ、その距離によって威力を変化させられたりしない、どの距離においても完璧なる、手さえ届けば必ず相手を破壊せしめる、最強の一撃。高等な打撃を、葵は使えない。

 だから、葵はそれを逆行した。

 どんな技でも、修練してこそ、葵はその理論を曲げる気はないし、それが真実の9割をしめていることをよく理解している。

 だが、ひらめきで出る技も、あるにはあるのだ。

 葵は背が高くない。坂下と戦うときなどは、少し見上げる位置になる。綾香も決して低い方ではないし、浩之は言うまでもない。

 そんな自分よりも背の高い相手をしていくうちに、葵は一つひらめくものがあった。下から見ると、そのガードに穴があるように見えることがあるのだ。

 ガードというのは、基本的に上にある。相手の頭部への打撃をガードするためだ。それも、ボクシングのガードみたいに、ぴったりとくっついていることはない。少し身体と手の間で、腕はのびている。

 ガードの隙間、それを葵はいつも何ともなしに見ていた。隙間と言っても、拳を通せるほどの隙間も、時間もない。

 だが、どこかに必ず隙間がある。

 葵は、そこを狙うことを考えた。普通なら、それは無理な話だ。だが、葵は距離の話を聞いて、まったく別のことを考えた。

 その距離でしか使えない打撃。

 ガードの隙間を抜けるように腕をしならせ、さらに、それを掌底という必殺の威力の出せる打撃へとつなぐ。距離を縮め、腕を曲げても、掌底があごを狙えるまで近づかないと使えない打撃。それでも、それは葵にとっては開眼したようなものだった。

 初めて、自分のオリジナルと思える技だった。教わるしか能のない、弱い自分でも、新しい技を作れる、それは、葵にとっては大切な自信となった。

 オリジナルの技に、実際は何の価値もない。基本こそ奥義、どの格闘技でも、それだけは何一つ変わらないだろう真理、それに相反して、うまくいくわけはないのだ。

 だが、その打撃は、おそらく目覚しい成果を出せるだろうと葵は信じて疑わなかった。ガードというものが、自分の打撃をさらに見難くしているのだ。そんな技を避ける自信が、葵自身になかった。

 ここまで言えばわかるように、葵は、浩之を倒そうとした。完膚なきまでに、何の言い訳もできないほどに、完全にKOするつもりだった。

 そして、浩之はその打撃を避けた。

「ふっ!」

 浩之が掛け声とともに、素早いジャブを放つ。しかし、それは葵にとっては、遅くはないが、避けれないスピードにはほど遠い。

 もとより、けん制の打撃なのは完全に理解している。フェイントでしかないジャブに、そんなに反応するほど葵は弱くはない。

 しかし、葵の掌底は、このジャブよりも、もっと速く、さらにもっと避けにくいはずなのだ。

 あの掌底を避けられても、葵は少しもあのしならせガードを抜ける打撃を弱いとは思わなかった。むしろ、十分にこれからも使える打撃だと信じれた。

 葵は、あの一撃を避けれなかったろう。そして、浩之が避けれただけの話だ。

 ぴくっと浩之の身体が動くが、そのまま距離を取る。葵が完全に浩之の動きを読んで、次のタックルが完璧に迎撃されるのを予想したのだろう。

 センパイは、やっぱり、何でこんなにかっこいいんだろう。

 葵は、試合中なのに、うっとりしそうになった。それは格闘を第一とする葵にとってみれば、当然のこと。恋とか、そういうものがあってもなくても、浩之の強さに見惚れても、それは当たり前のこと。

 それほどに、浩之は、美しい。

 いつか、自分が抜かれることも、それは予想済みで、きっと、また自分はセンパイを目指す。それが、多分、私の……

 浩之が、今度こそタックルを狙い突っ込んでくる。

 葵は、それを冷静に見て、回し蹴りを放つ。低い弾道で、横一線することにより、威力は落ちるが、それでもガードなしでは耐えれる打撃ではないし、何より避ける場所がない。

 ズバシッィ!!

 浩之は、ガードはしたが、もろに下段回し蹴り、ローキックに似た打撃を受けて、一歩歩みを止める。それは、自殺行為と言われても、どうしようもない状況だった。

 葵は、すぐに上から浩之に打ち下ろしのパンチを連打する。

 3発目をガードしたところで、浩之はたまらず距離を取った。悔しい顔をしていないのは、一度のタックルでは決めれるとは少しも考えていなかったからだろう。

 そして、まだ、浩之は葵に勝てない。

 私は、まだ勝たせる気はありませんよ。

 負ける気など、さらさらあるわけがない。浩之が強くなるためには、自分がこのレベルでは、まだまだつりあわない。もっと、自分が強くないと、浩之の強さにつりあわない。

 もっと、もっと強く。

 きっと、センパイは私を追い越すから。

 でないと、私は、センパイを目指せない。

 それが、多分私の、恋だから。

 まだ、負けません!

 

続く

 

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