作品選択に戻る

最強格闘王女伝説綾香

 

二章・修練(51)

 

 今、俺にできること。

 大したことはできない。浩之はまだズブの素人と言っていい練習期間しか積んで来ていないし、相手が葵では、相手にならない。

 それでも、できることがあるはずだ。葵に勝つためにできることが。

 実際問題として、浩之にはそれなりの勝算があった。打撃技は完全に葵の分野であり、浩之がどう逆立ちしたところで、追いつけるものではない。

 しかし、組み技は違う。葵は、その部分に関して言えば素人に近い。少なくとも、打撃技と比べれば、はるかに練習量は少ないはずだ。

 だったら、今まで浩之もほとんど手のうちを見せてこなかったのだから、かなり有利に戦えるはずであった。葵の実力でも、慣れていない組み技相手に、そういつもの強さを出せるとは思っていなかったのだ。

 だが、それは、浩之の単なる甘い考えだった。

 葵は、むしろ今の方が動きが良いのではないかと思えるほど、浩之の技に反応できているし、動きもいい。いつもと比べると打撃に切れがないようにも見えるが、それだって、あのガードをすり抜ける掌底のための準備に過ぎなかった。

 浩之は、その打撃を避けはした。しかし、その後に、もっとすごい方法で自分の技を避けられたのだ。引き分けと言うには、浩之の分が悪すぎる。

 タックルは……効かないか?

 浩之は別に修治からタックルを習っているわけではない。浩之なりに考えて、タックルが一番効率が良いと思ったので使っているだけだ。

 もともと、打撃でも組み技でもない、素人の浩之には自分の得意とする技がない。だから、その技の効率で考えるしか選ぶ方法がなかっただけだ。

 しかし、少なくとも葵に対しては、タックルは効率が良いとは言えなかった。何の芸もなく単体で打つと迎撃されるし、超高速タックルは、さっき無効化されたばかりだ。

 いくら何でも、あのクラウチングスタートの格好をもう一度させてもらえるとは思わない。間違いなくあの体勢に入ったら狙われるだろう。

 だったら……他に俺の使える組み技か……

 打撃を使ってはいけないというわけではなかったが、打撃を使って日ごろ負けているのだ。打撃ではどうにもならない。

 今は安定性よりも、勝機が必要だ。打撃は、とりあえず捨てよう。

 組み技の動きは、打撃とそう変わらない。相手に向かってつかみにかかるか、相手の打撃を避けてカウンターでつかむか。その二つしかない。浩之は、ついさっき向かっていくことを封じられたばかりだ。後は、相手の打撃を避けて、隙をつくしかない。

 葵ちゃんがミスをするのを待つ、消極的な方法だけどな。

 しかし、その間、完全に本気になった葵の打撃をさばかないといけないのだ。それが、さて、どれだけもつか……

 葵が、息を整える。来る、そうわかっていても逃げれないというのは、不憫な話だ。葵からオーラでも感じそうなほど、葵の目が本気だと訴えてくるのだ。浩之としては、本音で逃げたくて、そして、それ以上に戦いたかった。

「センパイ、行きます!」

 律儀にも葵はそう叫ぶと、浩之に突っ込んだ。浩之の超高速タックルよりは遅いが、浩之が反応できるには、いささかスピードが速い。

 パパンッ!

 葵のワンツーを、浩之は綺麗に受けた。いや、葵の綺麗なワンツーを、浩之が受けたと言った方がいいだろう。

 ちゃんと受け流しているのにも関わらす、腕にずしっと来る痛みの残るパンチだ。小柄なその身体で、どうやってそんな重いパンチを打っているのかはわからないが、直撃すればただではすまない威力であるのは間違いない。

「せいっ!」

 葵の中段蹴りを、浩之は後ろに下がって避けた。本当は距離を取ると反撃をすることができないのだが、しかし、中段蹴りはガードしても威力を殺しきれないと判断したのだ。

 だけど、俺だってやられてるばかりじゃないぜ!

 ギリギリのところで中段蹴りをかわして、浩之は自分の瞬発力にまかせて葵との距離を縮めた。無理な動きに身体が悲鳴をあげるが、そんなことにはかまってられない。

 葵に、隙などないのだ。だから、自分で勝機を作るしかない。

 改心の動きだと思った。中段蹴りが宙を切りできた一瞬の隙をついて、葵の腕をつかもうとしたのだ。

 しかし、葵はそれを読んでいたかのように、身体を横回転させて、裏拳で浩之を迎え撃つ。

 ボウッ!

 どんな丸太を振ったのだと言わんばかりの音で、しかし、葵の裏拳もかわされた。浩之は、一瞬の判断から、上体を倒して裏拳を避けたのだ。

 しかし、その動きはいささか急過ぎた。形だけを見れば、葵は打撃を放った後であり、浩之は近距離で上体を倒している状態なので、タックルするのには恰好の機会だとも言えなくもなかったが、浩之はすでに身体が伸びきっていて、動きが取れなかった、言うならば「移動白」がすでになかったし、進行方向は、葵の腰と言うよりも、地面につんのめるような体勢だった。

 一瞬でも迷えば、葵の膝蹴りの的にされることは間違いなかった。

 だから、浩之は迷わなかった。

 体勢は悪かったが、浩之はここから出せる技を知っていた。理想とは言わないが、それに近い打撃を、浩之は見ていたのだから。

 その体勢から、浩之は大きく前転した。

 由香にチケットをもらって見に行ったプロレスの試合で、由香のタッグパートナーの使っていた技。

 綾香の『三眼』や、葵の崩拳には劣るかもしれないが、それでも、理想に近い威力を出した、その浴びせ蹴りに、浩之はかけた。

 前転の威力を踵に乗せて、浩之は至近距離から葵の頭部を狙った。

 ドッ!

 鈍い音と共に、身体が2メートルほど飛ぶ。

「なっ!」

 浩之は、あわてて、しかし、体勢だけ整えて、立ち上がらなかった。

 結論から言うと、浩之の浴びせ蹴りは失敗した。

 あの一瞬で、葵は浩之よりも速い反応をしたのだ。

 裏拳を避けられた葵は、そのまま身体を回転させて、今度は反対の腕で浩之の回転してくる脚の付け根に掌打を入れたのだ。

 幸か不幸か、浩之の浴びせ蹴りにはまったく威力がなかった。だから、浩之の身体は力を抜いて宙に浮いているような体勢になり、2メートルと飛んでしまったのだ。

 これも失敗か。

 浩之は、次の作戦を練りながら、しかし立ち上がろうとはしなかった。

 簡単な話だ。エクストリームは倒れている相手への打撃を禁止している。浩之が倒れている以上、葵には手が出せないのだ。

 ダメージで倒れているわけでもないので、綾香もカウントはしていない。あまり休んでいるようならやじの一つや、蹴りの二つぐらいは飛んできてもおかしくはないが、少し作戦を練る時間ぐらいは搾り出せるだろう。

 しかし、浩之が顔をあげると、そこには、すでに葵がいた。

 とっさに、浩之は顔面をガードする。葵にかぎってそんなことはないだろうが、綾香は倒れたにもかかわらず、全然気にせずに打撃を繰り出してきたこともあるのだ。反射的に動くのは仕方のないことだろう。

 だが、当然と言えば当然なのだが、葵は打撃を打ってこなかった。

 かわりに、葵の腕が、浩之の胸倉をつかんだ。

「はっ?」

 浩之は、一瞬硬直した。葵は打撃を専門としており、組み技はほとんどできないはずだ。その葵が、何故自分をつかむのか、理由がわからなかった。

 しかし、次の瞬間には、我に帰ってその腕を捕らえようとした。相手の胸倉をつかむということは、腕を無防備にさらしていると同じことだ。

 それから逃げるように、葵は腕を引くが、ほんの少しの時間で、浩之は完全に葵の腕をつかんでいた。それは完璧に関節技のかけれる体勢だった。

 だが、そのほんのわずかな間に、葵の腕に釣られて、浩之は立ち上がっていた。

 ブンッ

 葵が右腕を後ろに振りかぶるのが目の端にかかる。

 やばい、この体勢は、あの掌底だ!

 ガードを抜けてくるのはわかっているが、どちらにしろ葵の細い腕をがっちりつかんだ浩之の手は、打撃が打たれるまでに放すことは不可能であった。

 しかし、来るとわかっていれば、ただの打撃、避けることは、さして難しく……

 ない、というまで、浩之は動けなかった。

 グンッ

 胸倉を持った葵の左手が、浩之の頭を逃がさなかった。

 やばい、と思う暇もなく、浩之は訳もわからないまま、葵の掌底を。

 スパァンッ!

 直撃で受けた。

 浩之の身体が、がくっ、と前に折れる。しかし、浩之は、ギリギリの所で意識を保った。

 このままだと、負ける。何とか時間をかせがないと……

 無意識に伸ばした腕を、やわらかい手がつかむ。

 それが葵の手だということはわかっていたが、その感触を味わうには、浩之はダメージを受けすぎていた。

 次の瞬間、浩之の身体は、少しだけ宙を舞って、地面に叩きつけられた。

 

続く

 

前のページに戻る

次のページに進む