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最強格闘王女伝説綾香

 

二章・修練(53)

 

「それじゃあ、今回の大会も優勝間違いなし?」

「ま〜そうだと思うわよ。高校生で私に勝てる相手なんていないだろうし」

 綾香は、その質問に平然と答えた。

「いや、相変わらずすごい自信だねえ」

 聞いている方も、それについては別段不快に思わなかったようだ。

 綾香をよく知っていれば、その言葉があながち嘘ではないことはわかるだろうが、それにしても綾香らしく大きなことを言う。

「でも、そんなに大きなこと言ってると、また煙たがられるんじゃないかい?」

「いいんじゃないの? やっかみには慣れてるし、記者さんとしてはリップサービスも欲しいでしょ?」

 そう言われた記者は、ははっと軽く笑った。

「確かに、私らとしてみれば、謙虚な格闘家ってのはあんまり絵にならないね。でも君の場合、リップサービスというより、本気で言ってるからよけい他の格闘家からは煙たがられるんじゃないの?」

 綾香は、わざとらしく大きなため息をついた。

「そうなのよ。まだまだ日本だと謙虚な方がいい印象を与えるみたいで、私のような性格だと損をするのよねえ」

 まあ、綾香に関しては確信犯なので、それも仕方ないような気もするが。何せ、綾香はリップサービスでも何でもなく、心からそう思っているのだから。

 綾香は、雑誌の取材を受けていた。格闘技専門誌の記者で、綾香の記憶では、この記者の名前は藤浦満、綾香がエクストリームに転向してから、ずっと綾香の取材はこの男がやっていた。

 中肉中背、どこにでもいるような風貌ながら、格闘技に関する目は確かな男だ。プロレスやボクシングの解説もたまにしている。

 ある意味当然のことなのかもしれないが、藤浦はいたく綾香のことを買っていた。エクストリームに転向する前も、綾香は空手で日本一になっているので、別に注目されていなかったわけではないのだが、この藤浦は、すぐに綾香に目をつけた。

 その容姿目当てに近づいてくるジャーナル関係は多かったのだが、綾香は別にアイドルになりたいわけでもなかったので、テレビや、何とグラビアをやらないかとまで言われたのだが、全部断ってきた。

 結局、残ったのは格闘技関係の雑誌が何冊かだけとなり、藤浦が属する月刊リアルファイトは、エクストリームのスポンサーの一つでもあり、一番綾香に肩入れしている雑誌でもある。

「しかし、こんなうらぶれた雑誌の相手なんてせずに、テレビ局とかと契約した方がいいんじゃないかい?」

「別に私はアイドルになりたいわけじゃないもの。テレビなんかに出るとうるさくてやってられないわ。それに、自分の会社をうらぶれたって言うのはどうなの?」

「いや〜、私としてもさっさとこの会社切り捨てたいところなんだけど、そうなるとどこにも行くあてがなくてねえ」

 それは嘘だろう。格闘技解説としてもそれなりに名の売れた男だ。その気になれば、綾香ではないが、テレビ局と契約ぐらいできるだろう。

「それで、リップサービスはいいとして、実際のところどうなんだい?」

「どうって、私が優勝できるかどうか?」

 綾香は意地悪く笑って答えた。綾香にとってみれば、優勝することはそんなに不思議なことではない。それが自信過剰などではなく、本当にそうであることを、綾香はよく知っていた

「違うよ、相手になりそうな新人とか、いないの?」

「それは藤浦さんの方がよく知ってるんじゃないの?」

 記者からは名前に関する文句がなかった。ということは、名前は間違っていないようだ。

「そうだねえ、高校生としては、今度の大会にはいろんな格闘技から参戦してくるみたいだけど、みんな小粒かなあ」

 こまったものだという顔で藤浦は腕を組んだ。ある意味、この男が一番綾香が苦戦することを願っているのかもしれない。

「高校生なら……一応、一人注目しておいて欲しい選手がいるんだけど」

「へえ、綾香君の推薦か、珍しいねえ」

 綾香は、他の選手をあまりほめない。それはただほめないわけではなく、自分と比べるとどうしても見劣りするからでしかない。もちろん、それでも綾香としてはかなり譲歩しているのだが、実際にほめることはまずない。

「昔の私の後輩でね、松原葵っていう子よ」

「昔の後輩ということは、空手かい?」

 綾香が昔空手をやっていたことを知らない男ではない。後輩というと、そうなるだろう。

「そうよ。もっとも、今はエクストリームに向けて部なんか作っちゃったけど」

 綾香としては、実は一番こっちには来ない人間だと葵のことを見ていた。真面目な葵には、エクストリームという激流は、激しいが、濁り過ぎていると感じていたのだ。

 だが、葵は飛び込むと決心すると躊躇しない。昔からそういう子だった。

「嬉しそうだねえ、綾香君。君が戦えるのを喜ぶ相手ってのは、真緒君ぐらいかと思ってたんだけどねえ」

「そんなに私、嬉しそう?」

「そうだね、少なくとも、去年の決勝戦ぐらいは嬉しそうだね」

 去年の決勝戦、確かに、それは今までの格闘人生の中で、十本の指に入るぐらい楽しかった。それほど、自分は葵を求めているのだろうか?

「その子とは決勝で当たりたいのかい?」

「うーん、さすがに決勝まではそうそう残れないかもしれないわねえ」

 綾香はさしてレベルが高いとは言わないが、エクストリームのレベルは高い。少なくとも綾香が経験した空手とは大違いの層の厚さだ。どうしても固定されてしまう空手の選手に比べて、入れ替わりも速ければ、上達のスピードも速い。

 正直、あの中を葵が決勝まで残れるとは思えない。それなりに健闘はするだろうが、それまでだろう。葵のレベルがどうこうというより、単純にエクストリームのレベルがそれだけ高いだけだ。

 それに、去年よりもさらにレベルが上がってるだろうし……

 藤浦は小粒と言ったが、それでも、中には知られていなかった強敵というのもいる。それにぶち当たる可能性がエクストリームほど高い格闘技もないだろう。

 エクストリームは、まだまだ成長段階の大会なのだ。綾香は、それに過剰に期待していた。綾香がどうあがいても勝てないかもしれないレベル、あの『三眼』を必要とするレベルまで、いつかエクストリームは到達するだろうと信じて疑わない。

 だが、それでもまだまだ。自分が本当に腕を思い切り伸ばすには、高校という幅は狭すぎる。

「無差別級とかないのかなあ」

 高校生だろうと、30過ぎようと、強い者は強い。綾香は、その強い者と戦いたいのだ。高校、大学、社会人などと分けられるのは、残念なことなのだ。

「あれ、綾香君、知らないのかい?」

 藤浦は少し意外な口調で言った。

「無差別とまではいかないけど、今度エクストリームで大学生以下の部が追加されるんだろう?」

 

続く

 

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