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最強格闘王女伝説綾香

 

二章・修練(54)

 

「無差別とまではいかないけど、今度エクストリームで大学生以下の部が追加されるんだろう?」

「待って、その話、初耳よ」

「あれ、そうなのかい? おかしいなあ、私にまわってくる方が確かに早いとは思うけど、それでも君に教えないわけがないと思ってたんだけど」

 こんなところに取材には来ているが、藤浦は会社の中でもそれなりの地位を持っているはずだ。そういう情報なら、一番最初に知る場所と言ってもいい。だからこそ、情報の流出には気をつける立場にあるのだが、当然そうな顔をしているところを見ると、かなり前の情報のようだ。

「少なくとも、エクストリーム大会の応募用紙は、高校生の部しか送られてこなかったけど?」

 綾香はエクストリームチャンプなので、それなりの待遇はある。地区予選を戦う必要はないし、応募用紙と、招待の手紙が送られてくる。

 しかし、その中には大学生以下のクラスの説明など少しもなかった。

「何かの手違いなんじゃないかい? 君を呼ばなければエクストリームとしても大損害だろう?」

 テレビ放映もされることが決定しているのは綾香も知っており、そうなればなおさら強い選手、華のある選手を呼びたいはずだ。新しい階級を作るなら、当然それがメインとなってくるはずだ。その分、そこに選手を偏らす方が面白くなる。

 綾香には、華がある。格闘センスにしてもそうだし、顔もいいし、何より非常に強い。綾香を出さずに、誰を出すというのだろうか。

「私もそう思うんだけど。というより、私をそんな楽しそうなものに呼ばないなんて、どういうつもりなのかしら」

「……もしかすると、わざとなのかもしれないね」

「何でそんな必要があるのよ。まさか、私が年齢の幅を上げたぐらいで、勝てなくなるとでも思ってるっての?」

「そうなのかもしれないね。君に教えない理由なんて、それぐらいしか考えられない」

 綾香には華がある。むしろ、エクストリームとしては、思ってもいなかった逸材なのだ。彼女は何としてでも売れる格闘家になって欲しい。そして、そのためには顔だけでは駄目なのだ。

 強い、それが格闘家に求められる一番の資質。

 そして、強いということは、勝つということだ。

 勝つためには、自分が強くなるしかない。そしてそれは、他人にはサポートはできても、本人の資質や努力に頼ってしまうものなのだ。

 綾香は強い。おそらく、大会と取り仕切っている誰しもがそう思ったろう。しかし、それはあくまで高校生としてのレベルでだ。

 大学生や、プロとしてやっている選手の中に入ると、案外弱かったりするかもしれない。関係者はそんなことを思ったのかもしれない。

 せっかくの逸材だ。ゆっくり育てよう。

 綾香は、関係者の考えが手に取るようにわかった。

 ある意味、先を見越した素晴らしい育成術なのかもしれない。経営の面で関しても、目先の欲にとらわれず、二年後、三年後を見越し、今は損を取るという、経営陣のモラルの高さもうかがえる。

 だが、その行為は、綾香にとってみれば。

「くそくらえね」

「おいおい、強くて可憐なエクストリームチャンプが、その言葉使いはないんじゃないかい?」

 藤浦がちゃちゃを入れるが、綾香はそこでおだやかに笑ってやる気などまったくなかった。何せ、一番のおもちゃをもらい損ねるところだったのだから。

 怒りのオーラを発する綾香に、藤浦は大きくため息をついた。

「22歳以下の選手ならば、体重も年齢も問わない。確かそんな感じだったから、今度は本当のプロの格闘家も沢山出てくるけど、それでも戦いたいのかい?」

「もちろん、当たり前じゃない」

 綾香は即答した。

 退屈を紛らわす、綾香にとっての格闘技はそんな言葉によく似ている。そう、退屈を紛らわせる、単なる玩具だ。

 退屈ならば、自分の退屈しのぎに戦争でも起こしかねない綾香の、世界でも有数な、危険な退屈を紛らわせるための、絶対不可欠の玩具。

 綾香は、それを大事にはしないくせに、見た端からとにかく欲しがる。

「藤浦さん、応募の資料、取り寄せてくれるわよね?」

「ここで断るほど私も命知らずじゃないよ。それに、何より、私も君の戦ってる姿を見たいからね。相手が強くなればなるほど楽しみだよ」

「ま、それでも私を驚かせるほどの相手がいるともあんまり思えないけどね」

「言うねえ、もう男子の部にまざるしかないんじゃないかい?」

「男と言えば、一人いい選手がいるわよ。高校生だけど」

 男に混ざって戦うのも、いいのかもしれない。綾香は、少しだけ期待を持って考えていた。この世界で、生物的に男は女より強いなどという常識など、3分で覆してみせるとまで思える。

 だが、まあ、とりあえずは目の前の玩具に気を取られるつもりだった。

「へえ、君が男を誉めるなんてそれこそ珍しいねえ。彼氏かい?」

 少しだけ考えてから、綾香は答えた。

「ま……そんなところかな?」

「見てみたいもんだねえ、君の彼氏なら。やっぱりかなり強いのかい?」

「素人に毛がはえたみたいなもんだけど、なかなかの素人よ。まだ格闘技を習い始めて2ヶ月だけどね」

 ははっ、と藤浦は、綾香の冗談だと思ったのだろう、軽く笑った。

「それで、その素人をエクストリームに出場させたりするのかい?」

「まーね、そのために鍛えているんだし、まあ、それなりにはいいところまで行くんじゃないの? もっとも、高校生の部で出すなんて甘っちょろい話はいわないけど」

 出すのなら、絶対に22歳以下の部だ。高校生の、しかもまだ素人と言っていい格闘技経験だと言っても、そこは綾香の自称彼氏として、がんばってもらわなくてはいけないだろう。

「君の彼氏ともなると大変だろうねえ。敵多そうだし」

「大丈夫、浩之ならちょちょいと何とかするんじゃないの? あれも、一応は天才だし」

「おお、綾香君がのろけてる。よほどいい男なんだねえ」

 藤浦はそう笑うが、綾香としては冗談で言ってるわけではない。浩之は、綾香と同等の天才なのだ。多少の敵など、簡単に倒すに決まっている。

「君の彼氏は、エクストリームで見させてもらうよ。じゃあ、何部か応募用紙を送るから」

「うん、お願いね。経営陣が文句つけたら、私がぶん殴りに行くって言っといて」

「はは、わかったよ。君の場合冗談じゃなさそうだからね」

 藤浦は、綾香の本気を、ある程度察しても顔色一つ変えずに取材を終えた。

 

続く

 

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