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最強格闘王女伝説綾香

 

三章・試合(1)

 

「ねえ、最近ヒロって付き合い悪くない?」

 志保は、夏季限定のチリペッパーバーガーを食べながらあかりに言った。

「そうかな?」

 一方のあかりはオーソドックスなヤックセットだ。大きく外れはしないが、当たりもない無難な線である。

「そうよ。だいたい、最近全然休みには遊んでくれなくなったし、放課後はいそいそと一人でどっか逃げちゃうし」

 志保は機嫌悪そうにズズーッと音を立ててコーラを飲む。

「前は確かにめんどくさそうだったけど、遊びにはそれなりにのってきたのに、最近は全然よ。誘ってもいっつも断るし」

 志保にとっては、遊ぶ相手が浩之だけではないのだが、それでも一番遊びやすい相手なのは間違いない。それなのに、最近は何故か遊びにも行っていない。

「浩之ちゃん、夢中になるものができたみたい」

 あかりは、それをまるで母親のように喜ばしいことのように口にした。こういう部分は、正直志保にはついていけない部分ではある。

「あいつが夢中ぅ?」

 それこそ、まったく想像できない話だ。浩之は、志保でさえ認める天才だ。本人には言ったりしないが、理解はしている。

 だが、反対に言えば、浩之は天才でも志保と同等だった。浩之は、その才能ゆえに、そしてそれ以上に性格が、何に対しても本気になることはなかったのだ。

 天才だけれども、やる気がない。

 そういう人間は、得てして何でもできてしまうが、反対に言えば、何もできないのだ。そして、浩之は何もできない。好きなこともこれと言ってない。

「一体、何にそんなに夢中になってるのよ。あのヒロがよ?」

「うん、確かに浩之ちゃんがこんなに夢中になるのは初めてじゃないかな?」

「何にそんなに夢中になってんの? まさか、女?」

 ありえない話でもない。志保はそういう話にはうといが、健全な男の子が女の子に夢中になるのは何となくわかる。浩之が夢中になるというのは、やはり想像に難しい話なのだが、それでも、ないとは言い切れない。

 志保の推論に、あかりは苦笑した。

「違うよ、格闘技だよ」

「格闘技?」

 ますます話がうさんくさくなった。志保の素直な感想はそんな感じだ。いつもは自分がうさんくさい話をしているのだが、それにもまさるうさんくささだ。

「何でまた、格闘技なのよ? せめて、もうちょっと健全っぽいことに夢中にならないかな?」

「私達がそんなこと言っても仕方ないと思うけど……綾香さんって知ってるよね?」

「ん、ああ、あの寺女の子ね。ヒロに紹介されたことあるわよ。あの来栖川のお嬢様らしいわね。まさか、逆玉でも狙ってるの?」

 金に目がくらむ男ではないと思っていたが……まあ、綾香という子もえらく美人だったので、顔に目がくらんだのかもしれない。

「だから、女の子じゃないって。浩之ちゃん、最近部活に入ったんだよ」

「あのヒロが? ますます怪しいわねえ。一体何部?」

「えーと……ストーム……じゃない、エクステンションだったっけ? 何か、そんな感じの格闘技の大会を目指す部活って浩之ちゃんが言ってたよ。同好会に入って、最近は道場にも通ってるんだって」

「ふーん、珍しいこともあるもんねえ。で、それとあの綾香って子がどう関係してるの?」

「何でも、綾香さんってその大会の優勝者らしいんだ」

 志保は、浩之に紹介された、志保でも完全に負けたと思った美人の女の子を思い出した。顔もスタイルも抜群ではあったが、普通の女子高生だった記憶しかない。

「それで、同好会では綾香さんとも一緒に練習してるんだって」

「ということは、やっぱり女にたぶらかされたんじゃない」

 志保は肩をすくめてふんっと笑った。

「でも、ちょっと心配だな。最近の浩之ちゃん、生傷が絶えなくて」

 あかりは心配そうな顔で浩之のことを思っているようだ。志保からしてみれば、あかりほどの女の子、これは親友という贔屓目に見ても、大して間違っていないと思う、かわいくてやさしい女の子が浩之にこだわる理由が、まあわからないでもないのだが、正直こだわりすぎだと思う。

「いいんじゃないの? 格闘技って、つまりケンカでしょ? よく昔はケンカしてたって言ったじゃない。それに、ヒロならそう簡単に負けたりしないわよ」

 志保も浩之がケンカをする場面などほとんど見たことはないが、その少ない回数でも、浩之がどれだけ一般人と比べると強いのかはわかる。

 努力しなくても、やはり天才は強いのだ。

 あのヒロが、もし努力したら……

 志保は浩之のことをそんなに評価していない。悪友のことを誉める悪友というものはいない。それでも、今のうちにサインをもらっておくのもいいかもしれない。本気でそう思ったりもするのだ。

「ま、でも、女にうつつを抜かしてる間はそんなに心配する必要ないんじゃないの?」

「誰が女にうつつを抜かしてるって?」

「おわっ!」

 志保はびっくりして後ろを振り返った。そこには、あかりが言った通り、生傷が絶えない浩之が、しかし、いつも通りやる気なさそうに立っていた。

「浩之ちゃん、どうしたの?」

「いや、部活も終わって腹ごしらえに来たんだが……俺がいつ女にうつつを抜かしたって言うんだ、ええ?」

 志保にガンを飛ばしながらも、浩之はあかりの横に座る。ちょっとあかりが嬉しそうだったのを、志保は見なかったことにして、浩之に食ってかかった。

「そのなんとかっていう格闘技の大会の優勝者だったっけ? あの綾香って子に骨抜きにされてるんじゃないの?」

 まあ、並の男なら骨抜きにされてもおかしくないほどの美人だったので、あながちない話でもないところが怖いところだ。

「ばーか、そんなんじゃねーよ」

 しかし、浩之は別にそれ以上食ってかかることもなく、そのかわりに半額のハンバーガーにかぶりついた。

「……あんた、これ一人で食べるの?」

「悪いか?」

「というか……よくこんなに食べるわね」

 ハンバーガーが6個。女の子の中ではけっこう食べる方の志保としても、さすがに辛くなる量だ。

「ん? ああ、これぐらいじゃあ腹は膨れないけどな。食べないよりはましだな」

「浩之ちゃん、最近ひもじいの?」

 あかりが心配そうに浩之を覗き込む。言われてみれば、最近少しやせたようにも見える。そのわりには、細くなったという感じがしない。

「いや、小遣いはだいたい全部食費に消えてる。よく食ってるぜ」

「ふん、太るわよ」

「それがなあ、なかなか体重が増えねえんだよな。早く筋肉つけないといけねえんだけど、こればっかりは体質があるかならなあ」

 浩之は、志保のにくまれ口も軽く流してハンバーガーを口に運んだ。あっという間に浩之の身体の中にハンバーガーが消えていく。

「何なら、今度夕食作りに行こうか?」

 あまりのたべっぷりに、あかりが心配そうに言う。

「ああ、頼めるか? やっぱり外食だと金がかかるからな。今の俺には、正直きつい」

 そう言っている間に、ハンバーガーは無くなってしまった。

「ヒロ、そんなに格闘技って辛いの?」

 運動をすれば、痩せもするだろうし、食事の量も増えるかもしれない。だが、さすがに志保から見て浩之は食べすぎだ。

「格闘技が……というより、俺のいる環境が特別なんだろうなあ」

 浩之は、しみじみと言うと立ち上がった。

「あれ、もう帰るの?」

「ああ、なるべく早く帰って自己錬と休息取りたいからな」

 そう言って離れようとした浩之は、ふと思い出すものだあったように立ち止まった。

「そうだ、今度エクストリームっていう格闘技の大会の地区戦があるんだ。よかった見に来るか?」

「格闘技の大会ぃ? そんなの、見に行っても面白くも何ともないわよ」

 志保は、思ったことをそのまま口にした。だいたい、女の子に格闘技を見させても、大して盛り上がらないぐらいわからないのだろうか?

「いや、面白いぜ、格闘技は。ま、いいさ。誘ったのも気まぐれだからな。気が向いたらまた言ってくれよな」

 浩之はそう言うと背を向けて行ってしまった。

「じゃあな」

「うん、バイバイ、浩之ちゃん」

「シッシッ、さっさと帰れ!」

 言われる間でもなく、浩之は帰っていってしまった。

「ねえ、志保。何だか、浩之ちゃんの肩幅、大きくなってない?」

「……さあ、私は気付かなかったけど?」

 というより、志保は、そのどこか余裕ありげな部分が気にくわなかった。

 それほど、格闘技というものはすごいのだろうか。あのヒロをどこか落ち着かせるほど。

 ほんの少しだけ、志保は格闘技に興味を持たないでもなかった。

 

続く

 

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